第二話
「アンタいったい誰?」
目の前に現れた人物に尋ねる。ジーンズにTシャツにスニーカー。俺とあんまり変わらない格好だ。コイツもキャンパーか何かだろうか。
「そこは一旦おいといてさ、まずはコーヒー頂戴よ。」
俺が座っていた椅子を占領してドリンクを要求するとは、初対面なのに遠慮がないな。大人ならもうちょっと遠慮しろ。
一人分には少し多い量を作ってしまったせいか、いつの間にか素直にコーヒーの準備をしている俺がいる。人が良いなあ、俺。断ってもよかったんだろうに。
ま、いっか…。
カップにコーヒーを注ぎ、スプーンと練乳のチューブを渡してやる。砂糖だのミルクだのよりゴミを減らせるからこれがいい。もっとも俺自身はブラック派なんだけど。
荷台からもう一脚椅子を下して座り、突然現れたソロキャン氏(仮称)を観察する。カップに「マジか!?」というほどの量の練乳を絞り、かちゃかちゃっと軽くかき混ぜて飲む。うへぁ、見てるこっちが胸やけしそう。
「うん!甘い!コーヒーそのものも荒っぽく淹れて雑にサーブした味がする!」
『そりゃそうだろう』以外に何か言うことあるのか?あ、そうだ。
「突然現れて『時間をくれ』?『コーヒーをくれ』?『甘い』?雑な味で悪うござんしたね。もういっぺん聞くぞ。アンタ誰?」
「俺?俺はね……えいっ!」
椅子から腰を浮かせた男は俺にむけた人差し指をぐるぐる回し始める。何やってんの?おい、俺はトンボじゃね……え……ぞ……
よんよんよん よあーん よやーん よあやゆん
『パニック起こしたり、こっちのことをアレコレ詮索されたりしても困るんでね、勘弁してくれよ……。あんまり頭の中をいじるとパーになるんだが、これくらいなら……よし。んじゃ仕切り直そうか、兄弟。俺の言うことはわかるね?もういちど、俺に何者か尋ねるところから始めよう。……はいっ!』
「突然現れて『時間をくれ』?『コーヒーをくれ』?『甘い』?雑な味で悪うござんしたね。もういっぺん聞くぞ。アンタ誰?」
「俺?俺はね【※3秒間の無音発声】だよ。」
「【※3秒間の無音発声】?ああ、それで……。初対面なんだからわかんないのもムリはないか。」
「まあ完全に初対面ってわけでもないんだけどね。あ、コーヒー余ってたらもう少し入れてくんない?甘すぎたわ。」
練乳入れすぎだって。塩梅ちゅうもんがわからんのかな、【※3秒間の無音発声】のクセに……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあ、兄弟。オマエさん一週間前にさ、O山県の海にいなかったか?」
コーヒーを飲んだソロ(便宜上そう呼べってさ)が突然聞いてきた。
「一週間前か、そんな昔のことはわからな…ちゃんと覚えとるわ、まだそんな年じゃない。O山県だろ?一週間前ならH島県との境あたりをうろついてたかな。何か所か海岸に出たぞ、飯のおかずが必要だったんでな。」
「その時に、赤いクーラーボックスをどこかで見なかったか?」
「赤いクーラーボックスぅ?………あ、ある!見た見た!たしかK市だったと思う。堤防だろ?竿も二本くらい置いてたんじゃなったかな。人の姿は見えなかったけど。それがどうかしたのか?」
「はい!あったりーっ!!5人目でようやく該当者発見!身柄確保おおおおおお!!!」
ソロは懐からガラケーを出すとどこかに連絡を始めた。何語を話しているのかはまったく不明だ。まあ【※3秒間の無音発声】のすることだから、人間の俺には皆目わからん。ただ身振りや顔からなんとなく、どんな話なのかはわかる。ただ、声をアテるならこんなところかな。
『…ああ、オレオレ。【※3秒間の無音発声】。いたわ該当者。…うん、そう……〇〇〇〇。…な、まさかこんなところまで来るとは思わんかったよな。で、ソッチはどうなのよ?△△できそう?…あーそっか……うん、◇◇じゃ仕方ないわな。…うん、で結局どんくらいかかりそうなの?……そんなに!?マジかよ?……うん…うん…じゃあコッチは適当に誤魔化しとくから。…任せとけって…そんな大層なオツムしてなさそうだから。…ああ、じゃあソッチもうまくやれよ?じゃあな。』
って感じかな。あまりいい話ではなさそうだ。誰かがとんでもないミスやらかしてそのフォローにまわってるって雰囲気だ。あと、大したオツムでなくて悪かったな!
ソロはガラケーを畳んでしまうと俺のほうを向いて言った。
「兄弟、喜べ。グッドニュースだ!」
いや嘘だろ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「兄弟、赤いクーラーボックスを見たって言ってたろ?少しその時の話をしてくれないか?」
「話っつったってなあ、メシのオカズにアジでも釣ろうかと堤防に出たらクーラーと竿がありました。先客がいたのかと思いました。でも人の姿はありませんでした。せまい堤防だったんで邪魔しちゃ悪いと思い、場所を変えました。おわり。…くらいしかないぞ。それがどうかしたのか?ってかナニしてんの?」
ソロは指でつくった輪っかをメガネみたいにして俺を凝視している。
「ん……ああ……兄弟、オマエさんそれなりにファンタジー系の知識がある……よな?それだけじゃないみたいでもあるけど……」
「その格好と何の関係があるのかは知らんが、質問の答えは『Yes』だな。元々は小さい頃にはまったRPGかなぁ、有名どころは大概プレイしたと思うけど。小学生の時はUMA関係の本で読書感想文書いたりしてな。大学まではそういう連中の集まるクラブとかサークルにいたこともある。活動は真面目じゃなかったけどな。あ、そういえば最近はアレ、ほらあの『小説家になるゼ!』とか『オメガ☆プラス』とかもよく見てるな。」
「うん、じゃあもう結論から言うわ。兄弟、今オマエさん異世界に転移してる。」
………………はぁ?
「オマエさんが見たアレな、本来ならあそこで死んで転生するはずだったヤツのものなんだわ。」
「何それ?」
「本当ならアレの持ち主は落水して溺れて、『…ああ、俺ここで死ぬのかな…』で別世界に転生するって予定だったんだ。そういうの読んだことあるだろ?アレだよ。ところがその場に予期せぬ人物が現れた。」
「まさか俺?え、俺が悪いの?俺、別にその人を突き落としたりとかしてないぞ!待ってくれ、俺は無実だ!弁護士、弁護士を頼む!」
「落ち着け兄弟。もちろんオマエさんは悪くない。落ちたのはソイツのミスだし、オマエさんが来たときにはソイツはもう九割九分沈んでた。だがな、ソイツの命が尽きる寸前、ごくわずかな時間だが顔の一部が海面に出た時、ソイツの目にオマエさんが映った。間が悪いと言うか何と言うか。で、その時ソイツはオマエさんを見て『苦しい!チクショウ!なんで助けてくれないんだコノヤロウ!オマエみたいなバカ野郎は死んじまえ!』と、こう思ってしまったんだ。」
「ううわ、気分悪ぅ……。でも本当に何も見えなかったんだぞ?」
「ああ、それもわかってる。話、続けるぞ。その時、本来ならソイツの転生に使われるはずだった力が、オマエさんのほうに向いちまった。結果、ガイア世界の【世界処理ブレイン】がおかしくなった。魂を異世界に飛ばして、あまつさえなにかしらのオマケまでつけようかってほどの力が働いてるんだが、かといって予定にない死者を作って魂の頭数を減らすワケにもいかない。悩んだ【世界処理ブレイン】の出した結果は『それならいっそコイツを肉体ごと異世界に飛ばしてやれ~い』だったんだ……」
「……俺が今いるのは異世界、それもどうやらファンタジー系の世界で……」
「そう。」
「……『巻き込まれを含む、勇者としての召喚』系ではなく……」
「うんうん。」
「『ヘマこきゃあがったバカの逆恨み』のヤツ……」
「まあ、そうかな。『トラックが突っ込んできた』系の派生とも言える。」
「トラックは自分で突っ込んだりせん。ミスをするのは人間だ。『人間がトラックに乗って突っ込んできた』と言え……ってそうじゃなくてな?どうすんだよ?俺、実家のほうで就職先が半分決まってたようなもんだぞ!家族や先方にどう言ったらいいんだよ。『異世界に行ってたので試験に間に合いませんでした~』とか言えるかよ!黄色い救急車呼ばれるわ!……それに大事なことがあるだろう!?」
「…大事なことって?」
「俺、戻れるの?元の世界に。」
「あ~、しばらく無理。」
「どうすんの?剣と魔法の世界にいきなりアラフォー独身男性送り込んで何をしたいワケ!?アンタたちは俺に何を望んでるの!?」
「『何を望むか』…か…。そうだな、とりあえず『生き残って』くれないか?」
最悪の返事じゃないか、これって?