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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第十八話



「……じゃ、アタシはこれで失礼するよ。何かあったときは知らせておくれ。」


「ああ、いろいろありがとう。それじゃ今後とも、よろしくおつきあいのほどを。」


「こちらこそ。…ホラいけ!」


 イーヴォはロバの曳く車に乗って帰った。

 振り返ると、そこそこ新しさのある小さな裏庭付き一軒家。そう、今日から俺が住まう家である。ちなみにお家賃は月2000ガラ、敷金2箇月の礼金なし。というかラハティには礼金という考えがなかった。黙っててよかった。

 外見は切妻屋根の平屋。ところが玄関をくぐって中に入ると、大きくはないが一応ロフトがある。思ったよりも広く使えそうな家なんで非常に助かる。床は一面石貼りで見栄えはいいが、冬にどれくらい寒くなるかが心配だ。それに靴を履いたまま室内に入る()()の家なんで、掃除もまめにしたい。イーヴォは「手直ししてもいい」と言ってたんで、木を組んで一段高い()()の床を作るか、それとも土足厳禁の家にするか、そこはおいおい考えていこう。


 ほぼ正方形の家の中は簡単な間仕切りがされた二間があって、西側がロフトのあるおよそ18畳、東側がおよそ6畳、あとはトイレと納戸だ。ラハティの賃貸物件に関する古い決まりに従って、俺が入居を決める少し前にトイレだけは仕立て直(リフォーム)したそうで、まだ新しい木のにおいがする。穴の底には……うん、元気なミミズがいる。半年おきに業者がやって来て点検をして、()()()()()()なら新しいのに変えるんだそうだ。

 窓はどれも大きく、今日のような天気が良い日に全開すると室内は結構明るく換気もいい。ただ、当然のように窓ガラスはない。この世界にそういう技術がない、というわけではない。近所の店舗の中には通りに向いた側がショーウインドーになってるところもあったから、恐らくは予算的な理由でそうしていないだけだろう。いつか金銭的な都合がついたら、ウチの窓にガラスを入れるのも考えていい。


 このなかなかよさげな物件の家賃が月2000ガラ、俺は1ガラ=25円として考えてるから月5万円。一軒家で小さな庭もあって、通りに面して日当たり良好で月5万円。こないだまで住んでた某県某市のアパートが7.5畳に台所と風呂トイレ駐車場1台つきの管理費込みで7万円(もっとも俺はロビンのために別に大きな駐車場を借りていたんだが)だったから、こりゃもう笑うしかない。


 ではなぜ、この家はこんなに安く借りられるのか?

 答えは全般的に()()()()で住みづらく、単に人気がないからだった。


 まずこの「たそがれ通り」という立地。この通りがある西区はラハティの中では一番歴史のある地区で、誇りを持って「本市街(()()()ではないそうだ)」と呼ぶ人も少なくない。だが現在のラハティは冒険者や商人の集まる東区や南区といった新興地区のほうが人気が高く、人口も集中していてにぎやかだ。イーヴォに聞いてみたら門外の冒険者街にある下宿の中には、ここより家賃が高いところもあるそうな。今やこの西区全体が「たそがれ」ている有様で、そんな地区にある小さな一軒家を借りようという物好きはそうそういないらしい。大概の者はもっと仕事に都合のいい地区を選ぶし、家族がいるならここよりもっと広い物件を望む。


 次に設備の問題。この家、簡単な流し場はあるのだが、日々の調理に必要な()()()がない。それに一軒家のくせに井戸がない。裏の通りを少し歩くと共用井戸があるのだが、ウチが一番離れている。だから毎朝自分でエッチラオッチラ汲みに行くか、近所の子供をバイトに雇うかしかない。古家なら改築や大規模リフォームも視野に入るんだろうが、そこそこ築浅なのもあってイーヴォも躊躇していたそうだ。

 最後に家賃の問題。俺は2000ガラを安いと思うのだが、これがまた中途半端なんだそうな。ラハティに暮らす一馬力世帯の平均的収入から考えれば「高いよ」となるし、二馬力以上の世帯なら「もう少し頑張って、もっといい家に住もうぜ」となる。

 等々の理由により、イーヴォがこの家を手に入れてからというもの入居者はなく、嫁さんからは「いっそつぶして更地にしたら?」とまで言われていたらしい。

 そんなところに信用のおける人物(トゥーリアやミルカ)の紹介で金払いのいい人間が現れて「小さな家を探してる」ときたから、まさに渡りに船というやつだったわけだ。

 上手くすれば購入だってできるかもしれんな…。


 俺にしてみりゃ家の()()()は気にならんし、冒険者生活をメインでやっていくつもりでもないから立地の点も問題ない。調理用の火ならカセットコンロもストーブもあるし、水なら崩落事故のあった夜のように、どこかで大量に汲み置きしておけば心配はない。更には令和日本の生活用品やキャンプ用品があり、『アイテムボックス』や『世界間貿易』のようなスキルもある。ギルドからもらった物資輸送の報酬や特別ボーナス、それにソロから渡された金銀ミスリルなども合わせれば一、二年くらいは無理に働かなくても家賃を払うこともできるだろう。


 だから、この家はまさに「俺のための家」だったようなもんで…


「相棒よう?」


「なんだロビン?」


「オマエ、さっきから誰に向かって話してんの?俺、心配になってきたんだけど…」


「誰って……どっかにいる「高次世界の住人」に対してだよ!()()()なんだから気にすんな。それよりオマエこそ外にいるのに普通に喋ってんじゃないよ。見つかったらどうすんの?」


「え~、もうミルカやミレナたちだって知ってんじゃん。今さらそんなこと言われてもなあ…」


「いいからもう『念話』にしろって。な?」


『へいへい。』


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   


 あらためて家の中を見る。うん、きれいだ。と言うより何もない。引っ越してきたばかりなんだから無理もないか。家具やなんかは早めに揃えたいところだが、しばらくは手持ちでどうにかしよう。


「アイテムボックス、リスト表示。」


 これをやると鑑定のときみたいに収納物リストが()()される。しかも『名称五十音順』とか『重量順』『体積順』なんかも可能。

 某木工所に特注した巻き天板の折り畳みテーブルとディレクターチェア、それにランタンとスタンドを取り出してセッティングする。


「おいおい……割とかっこいいんじゃないか?カフェっぽい雰囲気もするじゃないの。」


 広めの部屋の真ん中にシンプルなアウトドア用のテーブルセットと照明。これで観葉植物の鉢でもあれば、シャレオツな感じがそこはかとなくしない気もしないわけでもない。なぜだかニヤニヤしてくる。

 とりあえずこっちの18畳のほうをメインの生活空間にして、6畳のほうは寝室にしよう。

 部屋を移動してもう一度ボックスのリストを表示。


「ええと、だ…ダ…DA…あ、あった。」


 段ボールとブルーシート、古新聞、マット、寝袋を取り出してセッティングすると


「台風の避難所だな、こりゃ。隣の部屋とのギャップが……」


 いくらシートやマットがあるとは言え、石貼りとか絶対に冷えるやつだ。腰や背中のことを考えたら、早めにベッドを用意したほうがよさそうだ。そういやあんなにキャンプ用品揃えてたのに、折り畳みベッドだけは買わなかったんだよな。


 さて、引っ越ししたのだから近所にあいさつ回りをしなきゃならんが、ここには何か仕来りがあるのかな?手土産が要るとか……


「ごめんよ!いるかい!?」


 お客?はいよ…っと


「はいな。どちらさん?」


 おおう、エルフだ…。うわ色しっろ…。耳なっが…。酒場の大将みたいなドワーフがいるんだからエルフもいるんだろうけど、こんな町の中で?しかもこの季節に半纏みたいなの着てるし……


「…?どうしたい?俺の顔になにかついてっか?」


 そう言って目の前の男は自分の顔をぺたぺた触ってみせる。


「…いや、すまん。俺の故郷じゃエルフ(あんたたち)は珍しくてな。正直、初めて見たんだ。気に触ったんなら許してくれ。」


「ああ、んなん気にしなくったっていいさ。俺みてえに街場に暮らすエルフなんて確かにそうはいねえわけだしな。そうか、こんな家に好きこのんで住もうとかいう物好きがいると聞いたときゃ耳ぃ疑ったが、アンタ、見りゃあわかるが()()()だな?俺の名はファビオ、寿命と居住歴だけは長ぇんでこのへんの世話役をやってるもんだ。」


 男は右手を差し出してきた。あわてて右手をズボンでぬぐってから握り返す。


「ツクルだ。ついさっき越してきたばかりなもんでね、あいさつにはこれから行こうと思ってたところなんだ。先を越されたな。」


「あいさつ?それなら丁度いいや。ホレ…。」


 ファビオと名乗ったエルフが首を振って示すほうに何人か集まってこっちを見てた。


「今から『寄合』でな、一杯(ぺーいち)引っ掛けに行くところよ。暇ならオメエさんもつきあいな。」


 飲みに行くって……まだ昼間だぞ。


「見りゃあ家ん中ぁまだ何も入ってねえじゃねえか。どうせ『家具を見に行くのは明日にしようかな?』なんて呑気に考えてたんだろ、え?コノヤロ」


 見た目がっつりエルフなのに、喋る言葉は落語に出てくる江戸の下町の住人(熊さん八っつぁん)みたいで脳が処理に困ってる。


「とりあえず財布だけ持っときな。戸締り?いらねえいらねえ。泥棒なんて来やしねえよ、もしも来たってオメエさんとこぁ盗るもんもねえやな、よし行くぞ。おおい!ご一名様追加だ追加あ!」


 見た目以上の想像以上に力の強い顔役エルフに腕をつかまれて、俺は寄合とやらに顔を出すはめになった。


 

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