第十六話
「ううわ、こりゃひでえ…」
ラッシが言うのも無理はない。ダンジョン奥に向かって右側の壁面が、一部天井にいたるまで完全に崩れている。通路を塞ぐ土砂の前には先行した冒険者、たしかフィリップとかいうのと彼のパーティー、そして十人ばかりの冒険者が集まって撤去作業を……始めたのはいいけれど、あまりの作業量にどうしようもなくなって途方に暮れた感じでたたずんでいた。
「エーリク!これぽっちの人数じゃ絶対無理だ。もっと増援は来れないのか!?」
「ラファエルが外で編成中だが、負傷者も相当数いるから増援と呼べるほどの規模になるかどうかはわからん。ラハティから到着する後続を待たなきゃならんかもな…」
「くそっ…」
ラファエルから「可能な限り土砂を運び出す」よう要請された俺は、先導役のエーリクについてダンジョン第三階層の事故現場まで来ていた。ミルカたち『灯りを点す者』は俺の護衛役だ。幸いここまではモンスターと接触することもなく、無事に到着することができた。
「ソイツは?たしかギルドで顔を見たな。新しい職員か?」
いらいらした様子のフィリップが俺を見つけてエーリクに尋ねる。
「いや、秘密兵器の『ストレージ持ち』さ。名前は…」
「ツクル、だ。アンタはフィリップだろ?」
「『ストレージ持ち』ィ?そんなんで足りるわきゃねえだろ!この土砂の量を見ろ、『門』まで何クオールあると思ってやがる!?どんなに容量がでかくったって、二、三樽ずつ運び出してたんじゃ埒があかねえ。何考えてやがんだ?辛気臭えネコなんて連れてへらへらしやがって……」
おっと、随分イライラしてんな。俺から下手に話しかけないほうがいいか。
『辛気くさ……今この場で俺がしゃべりだしたら、きっとまた別の騒ぎになるんだろうなあ…けっけっけ……』
やめろよ、ロビン。いらん騒ぎを起こすんじゃない。ところで、
「…なあ、エル。クオールってなんだ?」
「ダンジョン内部で使われる長さの単位ですよ。あの崩れていない壁を見てください。」
エルが杖で示す壁を見ると、一定の感覚で白いラインが描かれているのに気がついた。
「マップを作るために目安として初期探索行の際に記されるんです。二つの白線の間がちょうど1クオールです。」
『鑑定』で調べると5メートルと出た。
「崩れたのが『門』のこちら側で、『赤線』は見えていませんから、おそらく通路は10クオール以上埋まっていると考えられます…」
50メートルね…。よござんす。内藤創、三十六歳。全力で取り掛からせていただきます。
「すまんね、ちょっとどいててくれるかな?」
「おい、オマエ…!」
茫然としている連中に後ろに下がるよう両手で促し、改めてこの絶望的な量の土砂に向き合う。『アイテムボックス』発動の前に、まずは『大鑑定』で通路のサイズを測定…幅8.4メートル、高さ3.1メートル。奥行きが50メートルとしても、今の俺のボックス容量なら一気に収納できる量だ。だがここは崩落事故現場、それをやったら次の崩壊を引き起こすかもしれんから、ここはひとつ慎重にいこう。昨日見たアレでいくか。
「…『アイテムボックス』カスタム、エリア収納…」
とつぶやくと、目の前に緑色に薄く光る箱が現れた。1辺およそ1メートルのその箱の表面には
[ サイズを調整してください。発声してもいいですが、念じるだけでいいんですよ。 ]
と親切に書かれている。じゃ、念じる方で。
縦1メートル×横1メートル×高さ3メートルの直方体にな~れっと
緑の箱がどどんと業務用冷蔵庫みたいに大きくなった。
『相棒、もっと大きくてもいいんじゃないのか?相棒のボックスならヨユーで入るんだろ?一気にやっちゃえよ。』
そうしたいのはもちろんなんだが、一息にごそっといくと次の崩落を招くかもしれん。とりあえずこの大きさで慎重に進めよう。
[ サイズを確定しますか? ]
返事は[はい]。
[ 常時展開しますか? ]
常時展開って何?
[ 右手をかざしている間、収納エリアはあなたの前に存在し続けます。移動しながら収納し続けることも可能です。 ]
あ、これが「掃除機みたいな使い方」ってヤツか。ならもちろん[常時展開します]。
[ 収納対象はどうしますか? ]
ぐ、カスタムだけあって細かい。ええと、[収納対象は土砂、岩石]。
[ 設定はよろしいですか?]
[はい]。おおい、早くしてくれ。後ろのフィリップの表情から「疑惑」が消えて「この嘘つきめ」になってきてるから……
[ それでは収納エリアを展開します。右手をご準備下さい。 ]
支持の通りに右手をかざすと、目の前の光る直方体の色が緑から青に変わった。よっし、んじゃ始めますよ。
右の掌を前に向けたまま、崩れた土砂に向かって歩き出す。フィリップが
「…なんで頭のおかしな奴をこんな現場に連れてきた……?」
と、たぶんミルカあたりに詰問する声が聞こえるが、まあ見てなって。
「せ~の、よっと。」
「「「「 はふぇ? 」」」」
周囲からすれば俺が土砂の山に飛び込んだように見えたんだろうが、実際はちがう。俺が前に進んだ分だけ、目の前の収納エリアの形に土砂がなくなったんだ。
「頭のおかしなヤツの『ストレージ』はな、こんなこともできるんだよ。」
そのまま歩きだすと、俺が歩を進める分だけ土砂がなくなって道のような空間が出来上がる。
「「「「「「 うぉおおおおおおおおお !!! 」」」」」」
「さて諸君、仲間を助けに行こうじゃないか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
収納エリアの設定は成功と言っていいだろうな。本当に掃除機で吸い込んでいくみたいに、土砂がどんどん収納されていく。崩れたのは通路の右側なので、壁は無事な左側に道を作ろうとエーリクが提案。別に反論する理由もないのでそれに従うが、右側の残った土砂が心配だな。
「ツクル~、右側は私が固めていくからアナタは前進して道を作るほうに専念してれるかしら~?」
ミレナがおそらく水と氷の二種類の魔法を右側の土砂に放ちながら声をかけてくる。カッコイイな。魔法らしい魔法を初めて見たわ。
「わかった!ケツは任せるからくれぐれも安全第一でやってくれ!」
崩れる心配をしなくていいんなら話は早い。あっちを収納こっちを収納しながら三十分も動き回ると、目の前にすり減って輪郭がぼやけた龍のレリーフのある扉が現れた。
「『霞龍の門』!おいおい、もう着いちまったぞ!?」
フィリップが扉に飛びついて周囲の土砂を手でかき分け始めた。
「すまん、そこどいてくれ。片付けちまうから。」
「…お、おう…」
ものわかりがよくなったらしいフィリップを移動させ、収納エリアのサイズを小さくして慎重に土砂を取り除く。三分もかからず、扉全体が姿を見せた。
「『収納エリア解除』。……これでいいだろう。さあ扉を開けて連中を出してやろう…」
「待て!」
ミルカが鋭い声で制止する。どうした一体?
「…閉じ込められてる連中はそれなりに腕の立つヤツらばかりとは言え、帰還中でボロボロになってるはずだ。もしもそこをモンスターの群れに襲われたりしていたら……最悪の事態もないとは言い切れん。それに、このドアの向こうはすでにモンスターだらけになっていると考えてもおかしくはない。……作業組は下がれ!何かあったときは俺たちのことはいいからすぐにダンジョンを抜けて、外のラファエルに知らせてくれ!エーリク、フィリップ、パーティーの前衛を出せ。後衛組は3、4クオール離れて警戒待機。ミレナ、右側はどれくらい持たせられる?」
「御心配なく、半刻くらいは大丈夫よ。」
「よし、俺が先頭で扉を開ける。ラッシ、松明をよこせ。」
ラッシが松明を渡すとこの場にいた三パーティーの面々が戦闘態勢で配置についた。
「ツクル、オマエさんも崩れの向こうまで…」
「下がらんよ。」
「ツクル!」
「何か出てきたときは収納した土砂を吐き出す。モンスターが埋まればそれでよし、そうでなくとも防壁くらいにはなるだろう?」
「……死んでも知らんぞ……」
「望むところ。」
ミルカが合図すると、前衛組は扉から少し距離をあけて下がり、後衛組もそれに続いて後退する。俺は前衛組のすぐ後ろに控えて右手を扉のほうに向ける。もしもの時は、何もかも埋め潰してやるわ。
『相棒よう…』
どうしたロビ……!オマエも下がってろって。こんなとこいたら危ないぞ!
『もしもの時はさ、俺、トラックの姿に戻るからさ、ずっとはムリでも少しは耐えられる……と思うから。だから俺をモンスターの足止めの壁にして、一緒に埋めちゃえよ……』
バカ言うんじゃねえっての!
ロビンの首の後ろを左手でつまんで後頭部に張り付かせてやる。
いいか相棒!こんなことで誰も死なせないってーの!
『相棒…』
なんだ?
『今のオマエ、主人公みてえでかっこいいぞ。』
みんな主人公でみんなカッコイイんだよ!!
「……開けるぞ!…いち…にの…さん!」
唾をのみ込む音すら大きく聞こえる静けさと緊張の中、ミルカが扉を開くと中から現れたのは……
一人のドワーフだった。
こちらを見てすぐそばのミルカに気づくと、
「ハア!?嘘じゃろ!?もう来よったのか!?」
と声をあげて、すぐに扉の向こう側に戻った。
「おおおおおおおい!!救助隊がもう来よったぞ!!『撃剣会』エステバンの独り勝ち、底抜け間抜けの超々大穴じゃああああ!持ってけドロボー!!!」
おい、オマエらこの状況で何してやがった!?




