第十五話
探索行前進拠点なんて言うもんだから、俺はテント村みたいなのを想像していた。ところがどうして、立派な「町」とまではいかないが、一つの集落がそこにあった。木の柵で囲まれた中に、結構大きななものも含めて丸太小屋が五、六棟。掘っ立て小屋のようなものも、篝火の中に見えるだけで十軒はあるだろう。テントも大小あわせて…数えるのが面倒くさいくらい見られる。ミルカたちはここに慣れているらしく、松明も持たずにずんずん進んでいく。すれ違う連中は泥だらけのヤツが多い。おそらく崩落個所で土砂の撤去作業をやっていたんだろう。血に汚れた包帯を巻いたり、添木を手や足に固定したりしているヤツの姿もある。
ちょうどベースキャンプの中心になるあたりだろう、ひときわ大きな丸太小屋のある広場に着いた。
「ミルカ!なんだ、もう来たのか!?」
ラハティを先に発った冒険者たちの一人、たしか…ラファエル?が声をかけてきた。
「ラファエル!エーリクたちはもう中に!?」
「ついさっき入ったばかりだ。いちおう土砂撤去のための連中も十人ばかり同行させてる。崩れのこっち側にいたヤツは全員避難・収容した。ケガ人はいるが、死人は確認できていない。」
「それだけでも今は福音に聞こえるな。それで、崩落個所の詳細はわかったのか?」
「第三階層『霞龍の門』のこっち側、セーフピットのあるあたりが全部だ……」
となりのラッシに聞いてみた。
「なあ、ラッシ。門とかピットっていったい何だ?」
「門ってのはダンジョン内部の何か所かにある、文字通り『門』のことっすよ。ほとんどの場合、扉に絵とかレリーフがあって、それでどこそこの門、ナニナニの門って呼ばれてるっす。門を境に出てくるモンスターの種類が変わったりダンジョン環境が変わったりするんで、まあ移動中の道しるべみたいなもんすね。
ピットってのはこれもダンジョン内にある特殊空間のことで、そこに魔物は入ってこないんすよ。だからダンジョン内で緊急避難に使われたり、長期探索行の拠点に使われたりするんす。」
「でもさあ、だとしたらすっごいヤバいんじゃない?第七ってたしか三階層から下が急にモンスター・ランクの上がる変則難易度ダンジョンなんでしょ?」
「ええ、しかも『霞龍』のセーフ・ピットが使えないとなると、その次は五階層まで避難できる場所はありません。おまけに明日は八日。中長期探索組の帰還の日ですから、閉じ込められているパーティはどこも水や食料、ポーションなどが不足しているはずです。装備品もガタがきているでしょうし、下手をすれば怪我人を抱えていることだってあり得ます。崩落事故はいつも時間との勝負ですが、今回はレベルが違いますよ…」
シニッカの問いに答えるエルの顔に、焦りと不安の色が濃くにじむ。エルは新人教育を受け持つパーティの神官だ。知ってるヤツ、以前教え子だったヤツが中にいても不思議な話じゃない。
皆黙りこくってしまったころ、現場指揮官殿との情報交換が終わったらしいミルカが戻ってきた。
「待たせたな。今は情報が少なすぎるんで、下手に突っ込むことはせず、先行組が情報を持ち帰るのを待つことになった。」
「しかし、それでは取り残された人たちが…!」
「エル、皆それくらいわかってる。これは時間との勝負だ。だが、二次災害を引き起こしたんじゃ元も子もない。苦しいだろうが少しだけ耐えてくれ。」
「…わかりました……」
「それでミルカ、私たちはその間何をすればいいのかしら?」
「まずツクル、持ってきた物資をあっちの集積場に出してくれないか。エーリクたちが一度戻るまで俺とエル、ミレナはケガ人の世話、ラッシは仮設テント設営の手伝い、ツクルは…すまんがシニッカと頼まれてくれないか?」
いいとも、なんなりと言ってくれ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺とシニッカの仕事は「水汲み」だった。ベースキャンプ内に何か所か井戸はあるんだが、今くらいの時期は水位が極端に下がり、中には枯れてしまう井戸もあるらしい。そこでキャンプから十五分ほどの場所にある沢から水を運んでくれとのことだった。運ぶのはアイテムボックス持ちの俺、シニッカは護衛だそうだ。ニカちゃん頼むよ、オジサンね、荒事は苦手なんだから。
空になった水用の大樽を見つけたはしから全部収納し、キャンプの柵を出て歩き始める。みんな待ってろよ、美味しい水持ってきてやるからな。
「ツクル!どこ行くの!?沢はこっち!」
道まちがえた。
十五分と言ってもそれは冒険者の足で、の話。夜に幅数十センチほどしかない道を伝って沢に下るのは、軟弱地球っ子の俺には結構厳しい。松明を片手に滑るように、と言うより半分滑りながら道を下る若いシニッカや本物のネコみたいに夜目が効くらしいロビンとは対照的だ。
いつ足を踏み外すかわからん恐怖と戦いながらたっぷり三十分はかけて、俺は沢に到着した。これだけで足腰がガクガクになってる。帰りもこの道通らにゃならんのか……。
『テント生活やらアウトドアやらに慣れてると言っても、運動不足は運動不足なんだよ。何か始めたらどうだ?相棒』
ああ、とりあえず生活が落ち着いたら考えてみるわ…
ボックスから一つずつ樽を出し、シニッカの手を借りて沢の水でざざっと洗っては水を入れてまた収納し、の繰り返し。膝まで水に浸かって中腰の作業をするもんだから肉体的ダメージがどんどん溜まっていくのがわかる。
「ねえねえツクル、もう十分なんじゃないかな?これ以上やったら、アタシ弓ひけなくなっちゃうよぉ。」
うん、俺も限界に近いし、樽はこれで最後だ。それに頼みの護衛役が武器を使えないんじゃ話にならん。もうやめよう、なっ?
「アイテムボックス/リスト/水樽」と念じて確認してみたら樽の個数は二十本。ひと樽が地球のウイスキー樽と同じくらいの大きさだから180リットルとすると、全部で3600リットル。…十分だろ……。
「ほれシニッカ。ご褒美だ、おつかれさん。」
アイテムボックスから飴ちゃんを出して渡してやった。
「何これ?」
掌の上の包みを見つめながら訪ねてくる。
「飴だ。包み紙から出して、口の中に入れてコロコロ転がしてみな。」
「……かろかろ……!!あま~い!こないだのミルク入りのお茶も甘かったけどあれとちがう~!クラニシャの味がする~!」
クラ…ニシャ???ドワーフ大将の店じゃ食材の名前は割と地球世界と共通だったと思うんだが。
「俺のいたとこじゃ、オレンジって言ってたんだが、こっちじゃクラニシャって言うのか?」
「…はんむっ……!え?なにが?これってオレンジの味でしょ?うん、おれんじオレンジ。オウレィンジ……だよ?」
「そうか、俺の聞き間違いか。やれやれ…トシはとりたくねえなあ……」
「ツクル、おっさんくさ~い!にゃははははは……ふぅ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シニッカは飴が完全になくなるまで転がす派だった。
けっこう時間がかかったように思うが、集めた水の量が量だ。少し休憩してたと言っても、たぶん許してくれるだろう。俺はボックスからバールを取り出し、杖かピッケルの代わりにして這うように、と言うよりほぼ這いながら来た道を戻った。やっぱり運動不足だわ、俺。
最初の広場に戻ってミルカの指示を聞こう。
「おーい!水汲んできたぞー!二十樽あるからしばらくはもつはずだ~!」
「ご苦労さん、十分すぎるぞ!そこの資材置き場に出してくれるか?」
「ほい合点。アイテムボックス取り出し、水樽全部!」
使いやすいように、ふた面を上にして立てた状態で五本の四列置き。うん、キレイだ。前後左右どこから見てもはみ出てるのはなくキレイに整列してる。
「「 ぽ? 」」
「どうだ?信用したか?」
「……あ?ああ!?……ああ、間違いなかった。こりゃ確かに怪物級の収納力だな。」
「戻ってきてみりゃ物資が揃ってるから何事かと思ったが…」
ミルカのそばにはラファエルと、先行してダンジョンに潜ったとか言ってた二人組のうちの一人がいた。名前は…もうわからん。
「ミルカ、彼がいるってことは中の様子がわかったんだろう?これからどうするんだ?」
「俺から言おう、ツクル…だったな?すまんが手を貸してくれ。たぶん、オマエしかできない。」
まあ、当然そうなるよなあ…。