第十四話
幸い、俺はマスターに叩きだされずに済んだ。理由の一つはミルカたちが俺をかばってくれたこと。そしてもう一つはミレナがマスターに
「彼の『ストレージ』容量の大きさだけは間違いないわよ?私が保証しますから、まずは試してみたらいいんじゃないかしら?」
と言ってくれたことだ。このマスターは女に弱いのか、ミレナが頬に指をあててにっこり笑いかけると、「仕方ない」とでもいう風に鼻息をふんすと吹いて俺を建物裏の広場に連れていった。
いくつもの篝火が焚かれて、ここら辺だけが変に明るい。でも煙たい。さっき副マスターが言ってた『救助用の機材や物資』があちらこちらに積まれている。板、丸太、棒杭、ロープ、シャベル、スコップ、ツルハシ、ハンマー、何かが入った大小の木箱に大樽小樽、天幕らしき布、太縄で編んだ網などなど。種類こそ多いが、数としてはまだそんなに揃ってないようにも見える。それにしても煙たい。電灯がないと、こういう不便な照明しかないんだな。エジソンに感謝。
「…カネのかかる品をツブされたんじゃかなわねえから、そこの板に丸太、それから水樽を順に仕舞ってみせろ。」
マスターが指さした方向に手のひらを向けて念じる。
アイテムボックス収納! ふぅおん!
はい、全品収納完了。
「次は?」
ふり向くと、マスターが「ぽ?」と言う声を出して固まり、ミルカたちがニヤニヤしながらそれを見ている。
いまいち信用しきれないのか「…いや…でも…しかし!…」などとマスターがうるさいので今度は全部取り出して
「スキルが足りない、信用できないって言うんなら俺はこれで帰る。」
と言ったら、
「いや…オマエさんに正式に依頼する。救助機材と物資を可能な限り詰め込んで、『灯りを点す者』と一緒にダンジョン群探索行前進拠点、第六・七分所に向かってくれ…。」
とえらく神妙な顔で答えてきた。
はい、お仕事頂戴いたしました!ありがとうございまーす!
自分で言うのも何だが、容量25000立方メートルってすごいな!ちょっとした倉庫かトンネルみたいなものだもんな。広場に集められてた機材や物資をすべてアイテムボックスに収納したらマスターもギルドの職員も、ついでにミルカたちもみんな「ぽ?」の形で固まってたわ。
足早にギルドを後にした俺たちは一旦二手に分かれ、準備を済ませたらパーティーのヤサに集合して出発することにした。俺はバックパックを持参していたので、宿に戻る必要はないからロビンを連れてミルカたち三人に同行する。
到着した彼らの拠点は一軒の家だった。おそらくリーダーであるミルカの指導なのだろう、居間にあたる広い部屋には彼らの装備がいつでも使えるように整理されて置かれていた。それぞれ自室で着替えた後、居間に再集合して装備を身に着けていく。ラッシとシニッカは向かい合ってお互いを確認しながら、ミルカは二人をまとめて確認しながらだ。
「大したもんだ。まるで消防士だな。」
「…?俺たちは時にこういう緊急案件に対応しなくちゃならん場合もある。休養日とは言え、ここに戻ればすぐに支度できるよう、準備は怠らんさ。…ほら、あの酔い覚ましを飲んだんだろう?口ゆすぎだ。」
若い二人より一足早く装備を身に着けたミルカがコップに水を注いで渡してくれた。
「ありがとう。……んく…んく…ぷはぁ、やっとすっきりした。まっずかったな、あれ。」
「大将の手製でな。何が入っているかは怖くて聞いたことがないが、効き目だけは間違いない。それよりもツクル…」
「なんだ?」
「まだ町に慣れてもないオマエさんに、とんでもない仕事を手伝わすはめになっちまった。すまん。」
「気にするなよ、困ってる友人がいるから助ける、それだけのことだ。」
「そうか…」
ミルカが拳を突き出してきたので、俺もそれに合わせる。こつん。
「あー、おっさん二人がいちゃいちゃしてる~。いやらし~。」
「あんまり見映えのいいもんじゃないっすね~。」
支度を終えた二人がいつの間にかこっちを見てた。ふふふ、男の友情ってカッコイイもんだろう?
しばらくして装備を身に着けたミレナとエルが到着した。ざっくり予定の確認をしたら家の戸締りをしてラッシが持ってきた松明に火をつけると、俺たちは冒険者街を後にしてベースキャンプへ続く夜の街道を歩き始めた。
『……相棒、聞こえてるか?』
『もちろん。それよりもいいのか?』
『何が?』
『おいおい、オマエの考えてることがわからねえほど俺ぁ馬鹿じゃねえよ。それよりも本当にいいんだな?』
『人の命がかかってるらしいんだ、いいに決まってるだろ。あまり大っぴらにしたくないのも本心だが、下手に隠して「あの時こうしておけば…」なんて後悔はしたくない。』
『よっし!それでこそ、このロビン様の相棒ってもんよ。地の果てまでも突っ走ってやるぜ。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「にゃははははは!本当に馬がいないのに走ってるうううう!!」
「スッゲエエエエ!ナニコレ?コレナニ?ウヒョオオオオオオオ!!」
「ネコの姿に変身可能な魔道具!しかも『馬なし馬車』ですって!?ツクル、後で教えてちょうだいよ!?誰が実用化に成功したのか!」
「あははははは鉄の馬車が勝手に走ってますよ?あははははははは…」
「ツクル!もう少しゆっくり…しちゃ駄目か。本当に大丈夫なんだろうな!?どっかにぶつかって放り出されるなんてことはないんだろうな!?」
五者五様でなかなかおもしろい。
荷台の若者二人は大笑いしてはしゃぎまわっている。落ちるなよ?
後部座席のミレナが異常に興奮して時々俺の首根っこ引っ掴んで揺らしてくるが、夜間の運転中は危ないからヤメロ。その隣のエルはエルで神の国に到達しかけているらしい。帰りの切符忘れんな。
助手席で案内役のミルカはシートベルトを両手で掴んでガッチガチに固まっているらしい。
キ・モ・チ・イ・イ~。
アイテムボックスの件もだけど、技術やら能力やら「ぶっ飛んだ何か」で人を驚かせるのがこんなに愉快なものとは思わんかった。
『俺、何かやっちゃいました?』ってのはクセになりそうだな。
「便利なもんだろう?俺の国じゃこうやって人も物も移動するんだ!」
「便利なのはわかるが……正直に言う!俺は恐ろしい!」
そんなにトバしてるつもりはないんだが、意外とミルカはビビリなんだな。オマエ、修羅場も相当くぐってきたんだろう?リーダーがそんなんじゃいかんぞ、少しは荷台の若者たちを見習え。
「兄さん姐さんたちよう、俺の乗り心地はどうだ!?乗用車じゃあないが、そんなに悪くはないだろう?」
「「「「「 ????? 」」」」」
「改めて紹介しとこう。これは俺の相棒のロビンだ。」
「よろしくな。ツクルも俺も世話になってばっかりですまねえな!」
「会話可能な人造知能!ツクル!あなたいったい私をどれだけ驚かせれば気が済むの!?いやああああん!!!!素晴らしいわぁああああ!!」
「…………。」
「父さん、どこにいったのでしょうね?ぼくの常識。ほら、波打ち際に一緒に作ったあの砂のお城ですよ。うふふふふふ……」
助手席の石地蔵はいったん置いとくとして、「神の国ゆき特別快速」に乗ったエルが心配だな。
「シャベッタアアア!あはははははは!!」
「おもしれええええ!いっけええええええ!!」
「ラッシ!シニッカ!はしゃぐのはかまわんが絶対に落ちるなよ!こんなんでケガしても労災はないぞ!……おっ」
スピードを少し緩めて開けっぱなした窓から荷台の二人に叫び、前を見ると前方200メートルくらいにいくつも篝火の焚かれているのが見えた。
「ツクル!ベースキャンプだ!頼むからそろそろこのイカレた馬車を止めてくれ!」
へいへい。リーダーの指示に従い、街道の真ん中だけど気にせずトラックを停める。ミルカのベルトを外してやると転げるように飛び出して四つん這いになって何事か叫んでる。まあ少し落ち着け。
「イカレたはねえだろう、ひでえなあ。」
ロビンがライトを点滅させて抗議する。まあ、自動車初体験だったんだから勘弁してやろうぜ?
「ツクル!いいわね!町に戻ったらこの『馬なし馬車』のこときちんと教えてもらうわよ?」
外に出たミレナはロビンの車体を撫でたり指で叩いたり弾いたりしてる。
「姐さんよう、頼むから傷だけはつけないようにな?」
「わかってるわよ~。ねえねえ、それよりもアナタ、私のところに来ない~?」
すごいな。もう普通にロビンと会話してる。ミレナの肝っ玉はかなり太く強いと見た。かわいいだけじゃないんだな。
「あ~おもしろかった!二か月分くらい笑っちゃったんじゃないかな~。ツクル!また乗せてよ!」
「いつもの馬車より早いし、揺れないし、言うことなかったな!リーダー!これウチでも買えねえかなあ?」
若者二人は楽しんでくれたようだな。乗せるのは構わんがラッシ、俺のは売らんぞ。俺の相棒だぞ。
「…ふう。よし、ここからは歩いていこう。ツクルのおかげで予定より早く着けたはずだ。皆、忘れ物はないな?」
「「「「 おう! 」」」」
「じゃあ改めて出発だ……エル?エルメーテ!?おい、エルはどこ行った?」
あれ、まだ降ろしてなかったか。後部のドアを開けると、神官様は体育座りのままで恍惚の表情を浮かべていた。
「えへへへへ、ぺるぺちゅあ~……。」
ずるりん ぱしゃあっ すぱん!すぱん! ぶるぶるん!
「エル!エルメーテ!エルメーテ・チェレンターノ!正気に戻れ!正気に戻って神に仕える者の義務を果たせ!」
「……はい……?……はいっ!」
ラッシが引きずり出し、シニッカが水筒の水を頭からかけ、ミレナが頬を二発ビンタして、ミルカが肩を揺さぶってやると意識が戻ったみたいだ。君らチームワークええなあ。