第十三話
レナートとかいう男が叫ぶやいなや、店内の雰囲気が変わった。ある者は帰り支度を始め、ある者は酔いつぶれた同席者を抱え起こし、ある者は大声で何事かを仲間に指示し、ある者は茫然とあたりを見回す。
最後のは俺だが。
「オマエさん!持ってきたよ!」
店の奥から、たぶんここの大将の女房だろうドワーフの女性が小瓶のつまった箱を持って現れた。
「ラファエル!エーリク!フィリップ!お前らんとこが今週の『後詰番』だったな!?これ飲んですぐギルドに向かえ!」
大将が声をかけたテーブルにいた連中はそれぞれが小瓶を受け取ってふたを開け、一気に飲み干すと店を飛び出して行った。何人か足元のあやしいのがいたが大丈夫か?
「それと…ミルカ!お前、第七は奥まで攻めたことがあったよな?何があるかわからんから、一応お前んとこもギルドに詰めとけ!」
先に飛び出して行った連中同様、ラッシたちが立ち上がって箱の小瓶を取りに行く。ミルカは頬杖でうつらうつらしていたエルを抱きかかえるとすまなそうに言ってきた。
「ツクル、ダンジョンで事故があったらしい。俺たちは救助支援のためにギルドに行かなきゃならんから、今日はこれでお開きにさせてくれ。飲み代の心配はしなくていい。そういうことになってるから。また宿のほうにでも連絡する。すまんな!」
シニッカがエルの口をこじ開けて小瓶を差し込み、中身を無理やり飲ませてる。何だアレ?
「ツクルさん、そういうことなんでまたな!」
「次はもう少し落ち着いた場所で飲みましょうね~。」
ミルカたちはエルを抱えてあっという間に店を飛び出して行ってしまった。
崩落事故?救助要請?大変じゃないか。
大変なのは理解できたが、じゃあこれからどうしたらいい?途方に暮れていると、ロビンが話しかけてきた。
『相棒よう』
何だよ。
『俺らこっちに来てからさ、アイツらにだいぶ世話になったよなあ?』
そうだよな…
『手伝いに行かねえ?』
オマエもそう思うか…
よし。
「大将!あの小瓶、恐らく酔い覚ましか何かと見た。俺にも一本くれないか?それとギルドまでの道を教えてほしい。」
「何ィ?アンタの気持ちはわかるが、トーシロの出番はねえぞ。悪いことぁ言わねえから、今日は大人しく帰ったほうがいい。」
テーブルを片付けながら大将がぶっきらぼうに言い放つ。
「素人なのは間違いない。だが、玄人が指示してくれりゃそれなりに使えるスキルがある。何より、友人の助けになりたい。」
そう言うと、大将がぐるんとふり向いて俺を値踏みするかのように見つめてくる。二、三十秒ほどもそうしていたろうか、軽く溜息をつくと大将が叫んだ。
「おい、かかぁ!こっちに一本よこせ!」
大将はライナーで飛んできた小瓶を片手で受け取ると俺に渡してきた。
「一気に飲み干せ、そのほうが効く。うまいもんじゃねえが吐き出すな。」
小瓶のふたを開けて、一度深呼吸。……っし…。
んぐっんぐっんぐっ…
うん、マズイ。マズイ塩水に何かのマズイ果汁とマズイ味噌とマズイ煮魚の汁をぶち込んで悪意を隠し味にした、それぐらいマズイ。
「四半刻もすれば酔いは完全に覚める。明日の一発目の小便が緑色だから驚くんじゃねえぞ。」
先に『鑑定』してから飲めばよかった…
「おいロドニー!お前は帰り道だろう、この客人をギルドに案内してやんな。」
大将に呼ばれた若い男がこっちにやって来た。「ついて来いよ」みたいな感じで首を振る。
「客人、無理はすんなよ。駄目だと思ったらすぐ引き上げろ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男の後を行くと、十五分ほどでギルドの正面に到着した。「うまくやんなよ」という男の声に見送られてギルドの扉を開ける。室内は何人もの男女が走り回ったり、荷物を抱えて右往左往してたり、壁の地図を前に何かを話しあったりと騒がしい。
『ロビン、おまえはこっち。』
『おう。』
邪魔にならないようにロビンを抱き上げ、少し背伸びをして目当ての人物を探すと……お、いたいた。
大机の上に置かれているのはダンジョンの地図か?あの「×」印が崩落個所らしい。邪魔にならないように、机を囲む連中の後ろにそっと控えることにした。
「…崩れの向こう側にいるのが確定しているパーティーは『撃剣会』『炎の山』『持ち帰る者』『夜明けを告げる鐘』『月に麦』の五つだ。確認できてないものも含めると、恐らく十二、三のパーティーがダンジョン内に取り残されてる。」
「救助用の機材や物資は間もなく第一陣が集まる予定だ。また、教会が治癒魔法の使える人間を何人か回してくれるらしい。」
書類を見ながら説明しているあの二人がギルドの職員、たぶんマスターとか副マスターとかだろう。地図を囲むうちの一人が手を挙げた。
「マスター、崩落個所付近のモンスターの状況はどうなってる?」
「ミルカ、この中で第七を攻めた経験があるのはお前だけだ。わかっていることだけでいい、話してくれ。」
マスターと呼ばれた男に促されて、目当ての人物が地図を棒で指しながら説明を始めた。
「崩落個所は第三階層の中盤、歩き目玉とか抱き着き魔が出てくるあたりだ。前回の起こしが五日前だったそうだから、数はそんなにいないと思う。それよりも問題は崩れた土砂の量だ。あの辺は以前から壁の弱さが指摘されていたから、ここで想像してるよりも大量の土砂が通路を塞いでいるのかもしれん。」
「土留め予算の都合がついたと思ったらこれだからな。世の中うまくいかんもんだ…」
さっきのがマスターみたいだったから、こっちは副マスターか?神経質そうな男が頭をかきながら悔しそうに独りごちた。
「ともかく人手と物資を集中しなけりゃならん。デニス、全ダンジョンへの探索行禁止通達をギルドの名前で出せ、期限は最低十日間!マティアスとアレクセイは商業、工業両ギルドに連絡して資材の追加を要請、板と丸太、それにロープは多めに見積もっとけ!アネッタは食料と水、薬の都合をつけてくれ…?もうできてる?早いな、出世できるぞ。それからラファエル、エーリク、フィリップの三人はすぐにパーティーを連れて現地に出発。ラファエルが現地指揮を執ってエーリクとフィリップは崩落個所まで先行探索、できれば露払いもしておいてくれ……」
マスターの指示を受けた三人の冒険者と、彼らのパーティーだろう連中が動き出す。
「ギ、ギルドマスター!えらいこっちゃ!」
「うるせえぞカーチス!今度ぁなんだ!?」
禿げあがった頭の男が汗まみれで息を切らして駆け込んできた。
「馬車が集まらん!多少集まるとしても夜が明けてから……昼前くらいになるって話だ!」
「おい待て、ふざけんな!こっちは一刻を争ってんだぞ!何でまた馬車が集まらんのだ!?」
「『自粛要請』を出しただろう?あれのせいでほぼすべての業者が馬を牧に放しちまってる。すぐに使えるのは市内でしか歩けんロバか老馬くらいしかいねえとよ!」
「なんてこった…すぐにでも運ばなきゃならん資材が集まるってのに……。カーチス!警備隊司令部に行って輸送用の馬車を借りられねえか交渉して来い!それから……」
指示を出す相手を探していたマスターと目が合った。愛想よく笑っておこう、にこにこっ。ほらロビン、お前も笑え。……感じよく見えただろうか?
「誰だお前は!?部外者が勝手に入ってくんじゃねえ!こっちゃ忙しいんだ、薄ッ気味悪りぃツラしてねえでとっとと出ていけ!」
「うすきみわるい」はねえよなあ。
マスターが怒鳴ると、今度はミルカたちが俺に気づいた。
「「「「 ツクル(さん、殿)!? 」」」」
「ツクル!なんでここに?」
「ミルカ、お前らの知り合いか?関係ない奴まで連れてくるんじゃねえよ。」
「マスターさん?『物資輸送の必要性がある』んだってな。ところが『夜が明けて昼になるまで馬車は集まらん』だっけ?」
「それがどうした?」
「『超大容量ストレージ』スキルの持ち主を一人、売り込みに来た。」