第十二話
夕刻、俺はミルカに案内されて南区歓楽街にある一軒の酒屋にやってきた。
「え~それでは、この度の対騎乗ゴブリン哨戒任務、ご苦労だった。目立った結果こそなかったが、無事に帰還できたことをまずは喜びたい。そして、われらの新たな友人ツクルと知り合えたことを地母神に感謝しよう。それでは……乾杯ッ!!」
「「「「「 かんぱああああいッ!! 」」」」」
並々とビール(エール?)の入ったジョッキを一斉にがこんとぶつけて宴が始まった。俺が知ってる異世界系の話では、こういうときは大概馬ションで一口飲むなり吐き出すくだりだったんだが、意外や意外、これはイケる。日本で飲みなれたビールとは違うというだけで、マズいわけじゃない。これはこれで十分ウマイと思う。三年も過ごせば、「やっぱコレでないとな~」とかいうくらい慣れてしまうかもしれない。それに冷やして飲んでることにも驚いた。日本みたいにキンキンに冷やしてはいないが、文字通りの馬ションほどぬるいわけではない。
馬ションなんて飲んだことも触ったこともないから味も温度もよく知らんけど。
「ほりゃああっ!料理ができたぞ!熱いうちに食え!そして酒を飲め!結果としてワシらを儲けさせろ!」
エプロン姿のドワーフが両手に持った皿を乱暴にテーブルに置いていく。身長は低いが体はガチムチのパンパン。それにあのごっついヒゲ!きっとあのヒゲが本体に違いない。ドワーフってやっぱりドワーフなんだな。
「今回も一人も怪我せず無事に戻ったようじゃな!重畳重畳!それに新しい客を連れてくるとはでかしたぞミルカ!『完璧男子 三段』の称号をやろう!今日最初のメニューは七種類のソーセージ盛り合わせにイモのバター和えパセリ風味、鶏肉とタマネギの串焼き、アガタ貝のずぼら焼き、そして野菜団子の石焼きじゃ!」
ほとんどは日本と共通の食材や名前なんでいちいち聞かなくてすむから楽だ。アガタ貝ってのはわからんかったが、こっそり『鑑定』で見たら菜っ葉畑に出てくる陸生の貝の仲間とのことだった。味や食感はマツブに似てた。ずぼら焼きってのは調理器具を使わずに焼くってことで、要はつぼ焼きのことだった。だからまあ、標準的な居酒屋メニューみたいなものだ。違うところを挙げるとすれば、食材の味が濃いという点だろうか。塩・甘・酸・辛などの話ではなく、素材の味の話。旨味が凝縮されている感と言えばいいのだろうか。
ただ一つ本音を言えば、
醤油かけてええええええええええ!
塩胡椒とか使いてえええええええ!
豆板醤とか柚子胡椒とかマスタードとか(以下略)
味付けが基本的に塩とハーブとうっすら香辛料だけなんで、地球っ子の俺には少し物足りねえ……。まあ、場をシラケせる気はないんで口には出さないが。
『贅沢言うんじゃねえよ相棒。ここのメシだってそんな捨てたもんじゃねえぜ?』
足元で食事中のロビンが念話で話しかけてくる。例によって店主から「縁起がいい」と喜ばれたロビンは、俺たちとは別の特別メニューを出してもらってえらく機嫌がいい。
『ま、飲みすぎんじゃねえぞ。相棒がツブれても、俺一人じゃなにもできねえんだからよう。』
わかってるって、バカな飲み方はしないさ。もう若くないしな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ツクルってヒゲがなかったら意外と若く見えるんだね~。ウチの父ちゃんと同じ年だとは思えないよ~。」
「ツクルさんが使ってたあの剃刀?すごかったよな。乱暴にざーっとあててるようにしか見えないのにあっという間につるつるになっちまうんだから!あ、シニッカ!俺の魚串とるんじゃねえよ!」
「知らないむ~ん、これニカちゃんのだむん」
俺は昼間行った風呂屋でかれこれ一カ月ぶりくらいでヒゲを剃った。長さがあったんで一度ハサミでざくざく切って短くし、安全カミソリで剃ってたらラッシはそれを見てえらいこと驚いてた。この世界にはまだ安全カミソリはないみたいだからな。ラッシもだがその隣のオヤジもびっくりしてたわ。
しかし、俺ってシニッカの親父と同じ年か…。まあ、こういう世界だからな。皆若くして結婚するんだろう。でも、俺と同い年で、こうして仕事をしてる年頃の娘がいるって…。やめよう、気が滅入る。
「信じらえないほろの容量のすとえーじ持ちでえ、どこらかよくわかあない国から来らなぞのたびびと……。ねえツクルく~ん、あならはいっらいなにものなのれしょうね~?」
ミレナはいつの間にかワインを飲み始めている。だいぶきこしめしてきたのか、呂律があやしくなってふにゃふにゃになり始めてる。ふっ、介抱なら任せな。オジサン、こう見えても酔った若い女性の面倒を見るのは得意なんだぜ?
『…嘘つくな~、このスケベ~…』
うるさい。黙って食ってろ。
「…ですからですね、いわゆるフェザー復古派の連中の言うことは、どこか矛盾をはらんでいてレすね…」
エルはアガタ貝の殻と豚の骨を相手に宗教学の講義を始めている。オマエさんも早いな、出来上がるのが。しかも仕上がり具合が半端じゃないぞ。聖職者がそこまで酒に飲まれるのは如何なものかと思うが、俺まで宗教学講座に入れられたらかなわんので、生ぬるい目で見るにとどめておこう。
「ツクル!しっかり飲んでるか?」
おっと、ミルカ先生のおでましだ。こっちも他の連中に負けず劣らず出来上がってきてんな。
「もちろん、嫌いじゃないからな、俺の知ってるのとは違うが、こっちの酒もうまいじゃないか。」
「だろう?ここのオヤジは舌も腕も確かでな、どっから仕入れてくるのかは知らんが酒も料理もいいものが揃う。打ち上げをするときはここと決めてるんだ。」
「…なあミルカ。」
「なんだ?」
「改めて礼を言う。俺みたいなワケありに親切にしてくれてありがとう。」
「はははは、まだそんなことを言うのかお前は!俺たちは、道に迷った旅人を最寄りの町に案内した、それだけのことだ。」
そうか、それだけのことか。カッコイイこと言ってくれるじゃないの、ありがとう…
「ところで、ツクルさんよ。冒険者の町、我らのラハティの印象はどうっすか?」
魚串をほおばったラッシが聞いてくる。
「まだ二日目だからよくわからんことも多いが、しばらくはここで暮らすのもいいんじゃないかと思ってる。もしも俺でもできる仕事があるなら、本格的に定住するのも悪くない。」
自分でも意外だが、たった二日で俺はそう思い始めている。あちこち旅して回るのもひとつの方策かもしれないが、それでここよりも良い場所が見つかる確証はないしな。とりあえずこのラハティに拠点を作って、異世界生活に慣れていくのがよさそうだよな。
「あんなにいっぱい入るストレージがあるんだしさ、ダンジョン攻略パーティのポーターとかは?」
「おう、そうだな。長期遠征組からすれば行動時間が大幅に伸びるわけだから、欲しがる連中は多いと思うぞ。……おおい!エールのお代わりをくれ!」
「でもダンジョンって言ったらモンスターが出たりトラップがあったりするんだろう?命の危険が伴う仕事はできれば避けたいかな……。普通に運送業者とかはどうだ?俺が荷物を収納して、馬車かなんかで運んでもらうってのは。」
『相棒、俺!俺がいるじゃん。別にウマなんかに乗る必要ないって。』
言ったろう?あまりオマエの本当の姿を見られたくないんだって。
「運送業関係は徒弟制度がガチガチでギルドの統制も厳しいれすからねえ、きっと最初は市内をまわる馬車便の馬糞拾いからのスタートれすよ?ひっく…ツクル殿のスキルのことを考えたら、ちょっと勿体ない話だと思いますけろねえ。最初のうちはお給金らって決して高くはありませんし……ういっく…」
マジか。仕事を選んでる場合じゃないんだろうが、稼ぎが少ないのはいかんな。
あと、エル。オマエ、無理はすんな。聖職者の飲酒はうるさく言われんのかね、このへんは?
「荷馬車なみの容量のストレージが使えてぇ、確か『鑑定』もできるんだよね?最初に会った時にミルカのこと見たって言ってたじゃん。それにあのあまーいお茶を淹れてくれたときの状況からしてツクルはきっと料理もできるとニカちゃんは推理した。やっぱり冒険者だよ!最高のサポーターじゃん!ねえミルカあ、ツクルのことスカウトしようよ~」
俺の服の袖を引っ張りながらシニッカが言うとラッシもそれに乗ってくる。
「そっすよ、何も冒険者の生活がいつもチャンバラなわけじゃないんすから。最低限自分の身を守ることさえできればいいんすよ?ね?ねねね?」
「あらラッシ、えらく熱心に誘うのね。いったいどういうことかしら~?」
「え?ツクルさんいたら、一番下の俺が荷物運びしなくてすむじゃないっすか……ってあああ!いや今のナシ!今のナシ!ツクルさん、聞かなかったことにしてくれええ!」
「「「「「 はははははははははは 」」」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれやこれやと考え、ミルカたちと話しながら飲んでいると、扉をぶち破らんばかりの勢いで男が飛び込んできた。騒がしかった店内が一瞬静かになる。
「『飛びカモメ』のレナートじゃないか、どうした?血相変えて…」
ドワーフの主人から声をかけられた男は数度の深呼吸で息を整えると大声で叫んだ。
「冒険者ギルドからの緊急通達!第七ダンジョンで崩落事故発生!救助要請が出た!」