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たそがれ通りの異世界人  作者: 篠田 朗
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第十一話



 ドアをノックする音が聞こえる。


「兄さん、起きとくれ!部屋の掃除の時間だよ!それにアンタにお客さんだ!」


 ねぼけ眼をこすり、胸の上の相棒をベッドから降ろして立ち上がる。


「ふんにゃっ……。相棒……何事だよう……?」


 掃除の時間?うわ、ホントだ。窓から外を見ると太陽がそこそこ高く昇っている。しまった、こんな時間じゃ兄弟屋台は帰っちまっただろうな……。朝飯食い損ねたか。やっぱり二度寝は恐ろしい。


 あ、俺にお客とか言ってたな。誰だ?


「うぉはよ…。」


「ほら兄さん、洗面用の水!部屋は掃除するから中庭でやっておくれ。それとさっきも言ったけど、アンタにお客だ。」


「だれ…?」


「いよっす、ツクルさん。よく寝てたみたいっすね。」


「睡眠は健康維持のために重要ですが、寝すぎはかえって体に毒ですよ?」


 そこにはラッシとエルメーテが立っていた。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇     



 身支度をすませ、ロビンを連れて宿の受付まで行くと二人が待ってくれていた。


「すまん。昨日は荷物の整理やら洗濯やらで疲れてたみたいだ。ずいぶん待ったんじゃないのか?」


「いや、そんなには。朝飯がまだだったんで、二人でそこの兄弟屋台でパン買って食ってたんすよ。」


「そしたら女将(トゥーリア)さんが『もう日も高いし、部屋の掃除もしなくちゃならないから叩き起こす。ついてきな。』と。」


「で、いったいどうしたんだ?ミルカが言ってた夕刻まではまだ時間があるが?」


「そのミルカに言われて来たんですよ。いわく、『放浪を続けるんならともかく、腰を落ち着ける前提で生活を始めたら、何かと不足を感じるようになる。一日目はともかく、二日目ともなれば何かと不自由を感じ始めるはずだ…』」


「『…ツクルは街にも不案内だろうし、買い物しようにもどこが何やらわからんだろうから、時間があれば手助けしてやってくれ。』ってね。で、俺ら二人でこうしてやって来たわけっすよ。」


 …ミルカ……惚れてまうやろ…。気づかいの男め。


「それは助かる。実は昨日、洗濯をしていて気づいたんだが衣服……下着やなんかが少し心細くてな。店を教えてくれるとありがたい。」


「ならカークマン通りっすかね?あそこなら大体のものは揃うと思うっすよ?」


「ええ、買い物を済ませたら『狐の午睡』あたりで食事をして…」


「打ち上げ前にひとっ風呂浴びりゃ丁度いいくらいっすね。」


 風呂?風呂って言ったらあの風呂か!?


「今、風呂と言ったな!?なあ、今たしかに風呂と言ったよな!?」


「…あ、ああ。言った。言ったっすけど…」


「よし!すぐ行こう!ちゃちゃっと買い物済ませて飯食って風呂行こう!ロビン、行くぞ!」


「ふにゃ…?(ええ…?)」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇     



 カー…なんとか通りに行くまでの間、二人(主にエルメーテだけど)はラハティの町についてあれこれ教えてくれた。


「この町の歴史が始まるのは今から400年も昔の前王国時代のことです。元はレインデルス大森林から時々()()()くる魔物たちから周辺地域を守る、軍の駐屯地だったんですね。その後、アルフォンソ3世の農地拡張事業が始まると一転して、ここは開拓者たちの拠点になりました。やがてこの周りに数本の交易街道(トレイル)が整備され、それらが丁度交わるあたりに位置していたラハティは商業が発展し、人口も飛躍的に伸びていったんです。

 そして今からおよそ四十年前、ある冒険者パーティがここから徒歩で一刻くらいの丘陵地に「大ダンジョン群」を発見したことで、ラハティはまた別の発展を遂げることになります。国内はもちろんのこと、周辺諸国からも冒険者たちがこの町を訪れるようになりました。今やこのラハティはアキュラシア王国でも有数の商業と冒険者の町として、広くその名を知られているのです。ツクル殿、おわかりですか?」


「……ハイキイテマスヨー……(朝イチで授業は辛い)」


「冒険者に関しちゃ、ここのギルドに拠点登録してるパーティだけでもピンからキリまで常時三百以上って言うし、パーティを組んでねえ奴や()から来た連中、()()()()()()()()まで合わせりゃ何千人どころじゃすまねえんじゃねえかって話もあるぐらいっすからね。しかもその冒険者相手の商売人も集まるから…」


「…まさに『もうひとつの町』ってヤツだな。そんなに冒険者がいて、よく混乱とか起きないもんだ。」


「ラハティで活動する冒険者は主に三つのグループに分けられます。一つめはレインデルス大森林で様々な素材の収集を行うもの、二つめは大ダンジョン群で探索を行うもの、そして三つめがラハティとその周辺の村々の仕事を請け負うものですね。()()()()()()はそれぞれ近くに前進拠点、ちょっとした()()が作られていますから、普段はそちらで生活する者もそれなりに多いのですよ。」


「それでも三九日(サンキュウび)や安息日にはラハティまで戻るのも多いっすからね。その二つが重なった時なんかもうサイアク。()()は祭りとか暴動とか通り越して戦争っすよ、戦争。」


「まあ、普段はそれら三つのグループが阿吽の呼吸でお互いの()()を荒らさないように注意してますしね。十五、六年くらい前には今のように落ち着いたそうですよ。」


「じゃあそれまでは……?」


強盗(タタキ)窃盗(ふみこ)、詐欺に殺人、暴行、傷害は割とフツーだったって昔の人は言ってるっすね。今でも門外市が騒がしい日にゃ何があってもおかしくねっすから、ツクルさんも気を付けたほうがいいっすよ?」


 行かない!そんなおっそろしいところ絶対行かない!


「まあ、あの市は人の足許を見る商売人が多いですからね。どうしても、という時以外は行かないほうがいいですよ。」


「…お、話してるうちに着いたっすね。ツクルさん、ここが『何かはなくても、何かがある』ことでお馴染みのカークマン通りっす。」


 さして大きくない、むしろ狭いといいたくなる道筋に、どの店も商品を置く台だの箱だのをこれでもかと並べてるせいで歩きにくいことこの上ない。それでもラッシの言う通り品物の種類は豊富で、しかも値段はラハティのどこよりも低めなんだそうな。雑踏の中で品物を見ていると、ロビンが器用に俺の体を上って肩車の子供みたいに後頭部に張り付いた。


『相棒!こんなとこ歩いてたんじゃ、俺踏まれちまう!ここ!ここにいさせて!』


 別に構わんが、爪は立てるなよ?


『約束はできん!』


 しょうがないな……


 ラッシの先導で五分位歩くと男物の服ばかりの置いてある店に着いた。


「ここなら下着から()()()()まで何でもあるから、ゆっくり見てたらいいっすよ。おやっさーん、いますかあ!?」


「…ラッシか、久しぶりだな。」


 店の奥から出てきたのはでっぷり太った髭面で、深皿みたいな帽子を頭にのっけた……トル〇コだ!ト〇ネコがいる!


「お客さん連れて来たんすよ。下着とか服を探してるって…」


 ゲームの登場人物にあまりにもそっくりなんで「笑ってはいけない」顔を作って耐える。


「ほう?金眼の黒猫連れとは縁起がいいな。よし、お客人。どんな下着がご入用かな?」


 トルネ〇氏に見繕ってもらい、トランクス型の下着を十枚ばかり購入。俺の好きな固め生地のヘンリーネックTシャツ()のもあったんでこれも五枚ほど。宿に着いた日にトゥーリアから「変わった()()」と言われたことを思い出し、ズボンやシャツ、靴下にベストも揃えることにする。現地人と同じ服着りゃ好奇の目で見られることもなかろう。一応こっそり品物の鑑定をすると、どれも「並以上」か「上物」と出た。いや、ラッシや店主を信用してないワケじゃない。ただ、ボッタクリだけは避けたいんだ。

 算盤みたいな道具を弾いて、〇ルネコ店主が勘定する。


「…締めて3200ガラ、今日のところはその黒猫もいることだし3000でいいよ。」


「まけても3000!?たっけえ!おやっさん、ボッてんじゃねえの?」


 ラッシが大声で抗議する。別に払えないワケじゃないけど……いいぞ、もっと言ってやれ。


「ばかもん。オマエさんのような若造と一緒にするんじゃない。このお客人は見ての通り()()()()()()()。安物なんぞ着ておったら莫迦にされてしまうわい。常に高級品で全身を固める必要はないが、それでも人から侮られないように隙だけは作らないのが大人の男の装いというものよ。なあ、お客人?」


 ごもっとも。はい、そのお値段でいただきましょう。バーンスタイン印の銭袋から1000ガラ硬貨を三枚出してお支払い。

 そうだ、ついでに聞いておこう。


「冬用のコートなんかはあるのかい?もし可能ならこっちの要望を入れて仕立てて欲しいんだが。」


「貴族やスケコマシの好むような瀟洒なのは無理だが、お客人の言うのが冒険者用の類のものなら引き受けるよ。出来上がるまでにはそれなりの時間がかかるから、仕立てるおつもりなら遅くとも収穫祭までに寸法をとっておいたほうがいいね。」


「じゃ、その時は頼んます。」


「毎度どうも。また来ておくれ。」



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇     



 買い物が済んだら今度はエルが(縮めて呼んでくれていいというとこなので)昼飯の店まで案内してくれる。人気の店なので少し早めに行ったほうがいいらしい。


「このあたりは学校が近いこともあって多くの学生が行き交います。今から行く店も学生や教員たちで昼食時は満員になるんですよ。」


 エルの言う通り、目的地が近づくにつれて本を抱えた学生だの何やら議論を交わしながら歩く教授らしき連中だのの姿が目に付くようになる。

 学生相手の文具店や本屋なんかが並ぶ通りの入り口に目当ての店があった。


「ここが『狐の午睡』、ラハティの学校関係者人気一番のお店です。」


 エルが連れてきてくれた店は、炭火でじぶじぶと炙ったソーセージをハーブのきいた小さめのパンにはさんで出す店だった。エルくん、わかっとるねえ。1971年に「桑港のきたねえハリー」が証明に成功して以来、オジサンの昼飯と言えばやはりホットドッグなのだよ。

 当然のように行儀悪く大口開けてかぶりつかなければならなかったんだが、ラッシはともかく神官のエルまでそうしていたのには少し驚いた。上品そうに見えたんだがな。なんでも本屋街を漁って歩く連中の定番メニューだそうで、片手で本を開いて支え、本を汚さないようにもう一方の手で口に運べるようになって初めて「一人前の学生」なんだそうな、だとすると、エルはかなり優秀な「学生」だったんだろうな。手も口も服も一切汚していない。俺やラッシとは対照的だ。


「そういや聞きたいことがあったんだ。」


「何をです?」


「白髪爺さんの両替所やさっきの服屋のオヤジはロビンを見て『縁起がいい』と言ってた。ありゃどういうことだ?服屋なんか200ガラもまけてくれた。」


「昔の言い伝えですよ、特に商売人のね。『金眼の黒猫は夜に金貨を運び込む』というお話があるんですよ。だから古い商売人ほど黒猫を大事にします。」


「ほう、よかったな相棒。オマエ、この町じゃ爺さん婆さんたちの()()()()らしいぞ。」


 足元のロビンにソーセージを少しちぎって分けてやる。


『大事にしてくれるのはありがてえけどよう、ジジババの膝に座って日向ぼっこする趣味はねえからな。あ、このソーセージうまい。もっとくれ!』




   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇     


 買い物を済ませて食事もしたら、さあ、いよいよお待ちかねの風呂だ!

 日本で過ごした最終日あたりはなぜか温泉もスーパー銭湯も休業日ばかりだったから、かれこれ一週間近く風呂には入っていないことになる。いくら俺が野外生活慣れしているといったって、我慢の限界が近づいてるのはわかってた。

 エルはいったん家に帰って後ほど合流するとのことだったんで、風呂屋にはラッシと二人で行くことになった。風呂の準備をしていないラッシに手ぶらでいいのかと聞いたら、


「大概、この町の風呂屋にゃ貸しタオルがあるっすからねえ。あ、石鹸もあるんでホントになにもいらねっすよ。」


とのこと。

 ……すまんが、日本の生活様式、法律と衛生観念に慣れてる俺にはそれは無理だな。

 



「っづあ゛あ゛あ゛~…」


「っう゛ま゛あ゛あ~…」


 湯船に浸かった時に出る声は地球世界も異世界も似るらしい。


「なあラッシよ~、もちろんここにいないエルもだけど~、今いないけど~、今日は~本んん当ぉおおに助かったよ。ありがとうな~…」


 俺は湯船に浸かると融ける家系の生まれである。


「いや~いいんすよ~。ウチのリーダーの~趣味みたいなもんすから~。」


 おや、お前も同じ家系か。奇遇だね。でもお互いにわかりにくくなるだけだから普通に話そうか。


「いつもあんななのか?ミルカって男は。」


「下のモンの面倒見がいいんすよ。俺やシニッカだってあの人に()()()()()()()みたいなもんだし。あの人の世話になって一人前になった冒険者は両手の指じゃ足りないくらいいるって聞いたこともあるんすよ。」


「大したもんだな。あ、じゃあひょっとしてアンタらの『灯りを点す者』ってパーティは…」


「いわゆる『教育パーティ』ってヤツっすね。新人を入れて上級者が面倒見て、ある程度育ったら卒業、って感じで『発展的メンバー変更』をするんす。」


「ラハティは冒険者が多いというが、そういうことをしている連中もやっぱり多いのか?」


「いや~大概は冒険者ランクやパーティランクを上げるために一時的に新人を一人、二人受け入れて、ってヤツっすね。ウチみたいに新人教育専門でやってるのは十個もなかったと思いますよ。」


()()()()って仕事も大変なんだろうな。」


()()が俺らみたいな問題児っすからね、へっへっへ…」



 日本にいた頃も「悪魔の長風呂」と恐れられた俺につきあわせたせいで()()()()しまったラッシを介抱していたら、ミルカが迎えに来るまで残りわずかな時間になってしまった。すまん、ラッシ。



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