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宝石少年の旅記録(2/2更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
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異変

 太陽が真上に昇る頃、月の地区にある小さな広場に人集りがあった。通りを歩く住人はチラチラそちらへ視線を向けている。集まっているのは全員女性で、年齢は関係なくにこやかに1人を囲んでいる。人々の中心に居るのはルービィだった。

 彼女の周りにシートが敷かれ、そこには色とりどりの薔薇が並べられている。座っている足元にはバスケットが置いてあり、中には薔薇の種がたくさん入っていた。


「ルービィ様、先日頂いた薔薇でジャムを作ったんです。少ないですが……」

「青い薔薇で作ったのね? とっても綺麗。ありがとう、味見させて頂くわ」


 恐る恐ると差し出された小瓶の中を、細長いスプーンですくって食べる。仄かな甘味と薔薇の香りがとても上品だ。


「とっても美味しいわ。でも、ご家族はもう少し甘い方が好みって仰っていたわよね? なら、蜂蜜を合わせるともっと素敵よ」

「本当ですか? 試してみます」


 主婦は嬉しそうに言うと、新しい薔薇の種と花びらを貰って帰って行った。彼女の背に手を振って見送ったルービィは、次に声を掛けてきた少女の話へ耳を傾ける。

 月の地区では週に1度、彼女による花の教室が設けられていた。庭で育てた薔薇や種を分け、育て方や目で愛す以外の使い道なども教えるのだ。別に性別は関係なく行なっているため、時折花が好きな少年、青年なども来る。

 この集まりは、長ければ日が傾き始めるまで続く。それに今は宴の3日前だ。皆備えて家を飾ろうと、いつもよりも多く訪れている。やがてオレンジの日差しも冷たさを帯びて、徐々に人も少なくなってきた。


 隣に置いていた薔薇の種を入れた籠に、何かがパラパラと降り注ぐ。視線を向ければ、そこには見覚えのある黄色の薔薇の花びらが散らされていた。


「やはり、なんでもかんでも育て親に似ると言うのは、本当ね」


 どこか棘を感じる声に、ルービィは無意識に目元をしかめてしまう。見上げると、指に絡まった同じ色の薔薇の花を、まるで汚い物の様に払う少女が居た。


「ご機嫌ようルービィ」

「ご機嫌よう、スファレ。その薔薇は」

「以前貴女に頂いた物よ」

「……そう。さっきの言葉は、どういう意味かしら?」

「そのままよ。傷物が作る物は、傷物だった……と言う事。あらヤダ、気にしてた? ごめんなさいね。私、素直な性格なの」

「花びらは綺麗なままよ。貴女が好きなネックレスにもなるわ」

「やぁよ。貴女のなんて。あ、私ったらまた」


 スファレは眉根を下げ、哀れなものを蔑む目でクスクスと笑う。彼女は太陽の地区の五大柱を務める父を持つ。つまりはルービィと同じ、五大柱の令嬢だ。

 言ってはなんだが、あまり2人は性格が合わない。正しくは、一方的にスファレがルービィを目の敵にしているのだが。五大柱の娘はノイスには2人だけ。そのため、自分の方が美しいだの可愛らしいだのを勝手に1人で競っているのだ。

 そんな態度を取られるのは昔からだったため、ルービィは慣れてしまった。だが最近はその反応の無さが面白くないのか、余計に絡んでくる。まさか集会にわざわざ顔を出してまでとは思わなかった。


「ねえ聞いたわよ」


 スファレは興奮気味にテーブルに手をついて前のめりになる。置いてあった薔薇の花がクシャリと潰れたが、そんな事は眼中に無いようだ。間近に迫った赤味のある金の目は爛々としている。


「舞踏会へ出るんですって? 男嫌いな貴女が」

「ええ」

「やっぱり! お父様にお聞きしたのよ。知ってびっくりしたわ」

「貴女も参加するんでしょう?」

「もちろん。貴女と違って引くて数多ですもの。それにしても……」


 スファレは距離を取ると、品定めするように細くした目を上下させ、彼女の胸元で視線を固定する。ルービィは庇うように、そこを手で隠した。それを見た彼女の唇がニィッと引き上がる。


「お相手がかわいそうね。それとも、その方も傷物なのかしら?」

「! 侮辱するのは私だけにして。他の人を言うのは許さないわ」


 睨む鮮やかなピンクの瞳の奥に、濃い赤が垣間見える。その打って変わって弱さが掻き消えた彼女に、スファレはギリッと奥歯を噛み締める。


「ルービィ様を悪く言うのはおやめください!」


 背後から飛んできた声に2人は視線を向ける。そこに居たのは、この集会では顔馴染みとなった1人の少女。彼女は少し怯えながらのスファレを睨んでいた。しかし彼女は、少女を嘲笑するように鼻で笑う。


「平民が私に指図しないでくださる?」

「この場では身分を盾にしないで。皆が肩書きを捨てられる場だから」


 再びかかった鋭い声に、スファレは艶のある茶の髪を手で流して背を向け、気に食わないと言うように鼻を鳴らす。


「舞踏会、どんな方が相手か楽しみにしているわ」


 彼女は優雅に腰を折って見せると、遠くで待たせている馬車へ向かっていった。

 ルービィは遠ざかっていく馬車に、ふぅっと疲れた息を吐く。彼女と話すといつも体力を持っていかれる。


「あの、ルービィ様」

「あ……ごめんなさい、こんな所を見せてしまって」


 少女は心配そうに顔を伺っている。ルービィはそれに、いつも通りに微笑んで応えた。しかし少女の気は晴れないのか、ムスッとした顔をしている。


「スファレ様はどうしていつもああなのでしょう」

「仕方がないわ」

「ルービィ様は優しすぎます。それに比べてあの方は──」


 言葉の続きは、ルービィの指で唇を抑えられて紡げなかった。彼女は微笑みを浮かべながらも、その目元は悲しげに下がっている。


「いけないわ、彼女と同じ事をしては。誰かのために人を悪く言うのは駄目」

「……ごめんなさい」

「でも嬉しかったわ。私のために怒ってくれてありがとう。さあ笑って? 貴女の笑顔が大好きよ」


 抱き寄せて囁くと、少女はつられたように少しはにかんだ。

 小さく可愛らしい花の様な笑顔にホッとした所で、ルービィはふと気付く。いつも彼女と肩を並べている少女が居ない。集会には必ず一緒に訪れ、会話に花を咲かせるのを見るのが楽しかった。周りを見ても姿は無い。


「今日は1人なのね?」

「あ……はい」


 少女はその話題に目線を逸らした。顔には影が落ち、ルービィは内緒話をするように身を寄せる。


「何かあったの?」

「いえ……その……」

「大丈夫、話してみて」


 優しく諭され、少女は恐る恐る口を開く。彼女の友達が、昨日から体調を崩してしまったらしい。見舞いに行ったが両親からは玄関先で帰されるそうで、彼らの笑顔もどこかやつれているのだとか。会わせられないほどの重い病いを患ったのだろうか。

 毎回来てくれていたというのもあり、ルービィの胸にも不安が巣を作る。自分に何か出来ないだろうか。少しでも双方を慰められる方法は。


「私も、お見舞いに行ってみようかしら」

「本当ですか?!」

「ええ。ご家族に病状を聞いて、薬を調合するわ」


 ルービィは五大柱の娘。更に父であるコランの体の都合上、薬には多少詳しいのだ。その事情を月の民で知らない者は少ないだろう。案の定、少女は顔をパッと明るくさせた。少しでも彼女の影を追い払え、ルービィもホッと胸を撫で下ろす。

 そろそろ会はお開きだ。時間もちょうどいいし人ももう居ない。ルービィは少女から地図を貰い、目で追いながら道を進んだ。


 記載されていた住所は比較的街に近く、日が沈む前に辿り着いた。ドアの隣に下がったドアノッカーのベルを引くと、そっと扉が開かれる。それは恐る恐るといった様子で、まるで何かに怯えているかのようだ。

 ドアと室内の隙間から、疲労感に染まった目がこちらを覗いた。ルービィは出来るだけ安心させようと微笑んでみせる。


「こんにちは」

「ルービィ様……?!」


 母親はハッと息を飲むと、ドアを勢い良く開ける。そして縋るように彼女の肩を掴んだ。


「娘が……!」

「落ち着いてください。娘さんのお友達から、臥せっていると聞きました。どういう状態なのですか?」


 泣き崩れそうになる母親をなんとか宥め、中へ通される。椅子に腰を下ろした父親は、こちらに気付いて会釈した。彼の目にも生気が感じられない。両親の顔を見るだけで、娘の症状が重いのだと理解できた。

 しかしまずは状態を尋ねようとすると、2人はたちまち泣き出してしまった。今まで必死に耐えた反動か、それとも自分が訪れて気が緩んだのか。とにかく話はできそうな状況ではない。

 ルービィは許可を取り、少女の部屋を教えてもらった。試しに扉をノックする。部屋から返事が返ってきた。しかしその声は不思議と弱々しいとは感じない。


「お母さん……?」

「こんにちは、ルービィよ」

「え……?!」

「お友達から、病気と聞いたの。症状を見せて。薬を煎じるわ」

「い、いけません……!」

「見なければ分からないわ。大丈夫よ」


 悲痛な叫びに優しく返す。しばらく沈黙が続いたが、カチャリと鍵が開いた。入る許可を出してくれたのだ。

 そっと静かに扉を開けた。部屋の中、ベッドに1人腰掛ける少女は、悲しそうな顔を俯かせている。しかしその様子は、病人にはあまり見えない。


「突然お邪魔してごめんなさい。でも、開けてくれてありがとう」


 少女はぶんぶんと頭を振る。そしてこちらを見る彼女の目に、じわりと涙が溜まった。ルービィは彼女の前で膝をつき、膝に手を置いて首をかしげる。


「どこが調子悪いのか、教えてくれる? 薬を作ってくるわ」

「……無理なんです」

「え?」


 少女は鼻をすすりながら、それまで背中に隠していた右手を差しだした。それは、光の角度で眩しく輝いていた。

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