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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
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最後の企み

 広々とした部屋の中、ガラガラと何かが壊れ落ちる音が聞こえた。ガラステーブルの上、幾つものクッションに置かれている卵の様なダイヤモンドの1つが、真っ二つに割れていた。

 仄暗い中、僅かな灯りを反射して未だ輝いている欠片が、誰かの足元まで転がる。それを渋い顔で見下ろしたのはアダマス。


(洗脳が解けたか……。思ったより早かったな。やはり石の傀儡(くぐつ)は一時的か)


 残りのダイヤモンドを値踏みする様に確認する。壊れた1つは、2日前の夜に女神像の土地に訪れた少年──ベリルに持たせた物の依代だ。何が原因で壊れたのか分からない。アダマスの顔は不愉快そうに歪み、苛立ちに欠片を踏み壊した。


「役立たずが」


 アダマスはルルの他、彼が親しいであろう身近な人物に目を付けていた。最初に目を付けたのはルービィだった。しかし彼女は五代柱の娘。コランに力が通じない中、安易に手は出せない。だから身寄りの無い、ベリルと名が割れた少年と接触を図ったのだ。

 送り出した刺客は見事跳ね返されて逃げられたのは失敗だった。そこで彼らが乗っていた小型飛行機を回収し、取り戻しに来たベリルと対面した。催眠に近いこの力を使い、従順とさせたまでは順調だった。しかし旅人の正体を尋ねたが、彼はまるで縫われたかのように口を閉ざして喋らなかった。何を尋ねても、旅人に関しては頑なに口を開かない。そのため、その夜は聞き出す事を諦める他なかった。

 しかし何も収穫がなかったわけではない。


 視線が向いたテーブルの上に、暗闇でも艶やかに煌めく何かの膜が畳まれていた。それは、旅人たちを追った刺客が回収した物。放った矢を包み込んだらしいそれが、旅人の手から作り出されたのを確かに見たと言う。

 これは、間違いなく鉱物だ。鉱物は自然界に存在する生き物が生み出す物と、その生物自体の事を指す。加工して宝石となる素材の1つだ。生み出せる人型の生き物は限られている。それは、オリクトの民だけ。


 アダマスは唇の端が裂けそうなほど引き上げ、顔の美しさには見合わない不気味な笑みを浮かべた。

 これが興奮せずにいられるか。旅人がマントで姿を隠している理由がよく分かった。オリクトの民であるのを隠すためだ。厳重に守られたフードと仮面の下に、どれほど美しい全眼があるのだろうか。ここへ連れて来させ、服を剥ぎ取り彼ら民だけが持つ美貌を目に収めたい。そして我が血肉に。その欲望を満たすため、ベリルに攫ってくるよう命令したのだ。見事、失敗したが。

 なんとしても手に入れたい。本当は生きている状態で見たいが、あの旅人の抵抗する力は強い。仕方ないが死体を眺めるとしよう。剥製がまた増えると思えば得だ。


 ソファから腰を上げ、牢へ振り返る。こちらを睨んでいる視線は、ヴェール越しでも伝わってくる。しかしアダマスは、不敵でありながら恍惚の笑みのまま告げた。


「喜べ、王よ! 同族がこの国に訪れた」

「!」

「ふふふ……会いたいか? せっかくだから会わせてやろう。まあ頭だけ、になるがな」


 同胞が居る事への驚きに見開かれた目が、怒りにつり上がる。シェーンは唇を噛み締め、小さく口を開いた。


「愚か者め。貴様の愚行、やはり許さぬ」


 女性に似た声は低く鋭い口調で紡がれる。手が淡い白をまとったのが分かった。だが小さくとも響く声は、アダマスの笑い声にかき消される。


「忘れたか? 私に手を出せば、お前が面倒見ていた娘が無事かどうか」

「貴様っ……!」

「安心しろ。怪我はさせない約束は守っている。賞金はついたがな」


 シェーンは整った顔を悔しげに歪め、小さく舌打ちをした。鉱石を生み出そうとしていた手が床から離れ、色も元に戻る。

 彼女の様子にアダマスは嬉しそうにした。世界の王を従えられている事に、とても心地いい優越感を覚えているのだ。


 そして静かにクスクスと笑いながら、睨む彼女をよそに本棚へ触れた。数冊動かして決まったタイトルの本を押し込むと、柱時計の絵が動き始める。処刑台に立った罪人の首が落ち、血が流れて線を描く。それを合図に、柱時計の蓋が静かに開いた。奥が続いている。

 アダマスはその手にはワイングラスを濁ると扉を潜った。そこにはワインよりも赤黒い液体で満たされている。

 柱時計の扉の奥は、狭く長い階段だ。慣れた足取りで辿り着いた場所は、女神像の最上部。国が小さく見えるほど高いが、数人ならば歩けるようになっている。慎重に歩を進めながら、美しい髪の彫りの上に添えられた王冠の目の前に立つ。細かな模様が施された王冠の中央には、国宝である巨大なムーンストーンとサンストーンが、対となるように飾られていた。

 滅多に近寄れない場所。普通ならば触れてはいけない国宝に、アダマスの手が伸びる。指が愛おしそうに石を撫でた。


 あの旅人を手に入れる方法はまだ残されている。それも自らの手を汚さずに。

 旅人をこの手に収め、更には自分の信用度を上げる方法。それは、かつて世界を滅亡寸前に陥らせた病を流行らせる事。それは体がまるで石の様に硬くなり、皮膚が砕けバラバラになって死に至る恐ろしい不治の病。名前はその見た目から、鉱石病と名付けられた。

 アダマスはその恐ろしさに本能からか、笑顔でありながらも額に汗を浮かべる。


「これに手を借りるとは」


 鉱石病を流行らせるには、国宝を使う必要があった。国民は皆、恩恵を受けるために国石を持つ。土地の生命を保つための国宝を汚せば、それに通じている国石が簡単に異常を起こしてくれるのだ。

 アダマスは用意していたワイングラスからひと口だけ含む。採れたての血は濃厚だ。そのままグラスを高くかかげ、傾ける。血は美しく筋を描いて国宝に落ちていった。少しずつ、少しずつ、白と黄の肌に染みていく。やがて最後の雫がグラスからこぼれた。


「さあ、恐怖に踊るといい。私のために!」


 ワイングラスを逆さにし、彼は国へ振り返ると両手を広げて高らかに告げる。しかしその企みの笑い声は、いつも通りの生活を信じる国民に届かなかった。

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