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宝石少年の旅記録(9日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
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毛嫌う意味

 鳥の群れから、2人はガサガサと派手な音を立てて木の間を落ちて行く。枝の擦れる音のせいで周りは掻き消された。視界が悪い。そんな、葉が皮膚を浅く切る合間を縫って、ベリルはルルを抱き締めた。

 しかし、より深く落ち続けた2人が落ちたのは地面ではなかった。ベリルは腰に来る衝撃の弱さに、力みで閉じた目をそっと開ける。自分たちが腰かけているのは地面ではなく、何本もの木の枝が重なって出来た椅子の上だった。


「生きてる、か?」

『ん、逃げられた……みたい』


 そう言ってキョロキョロした時、ルルの頭の上にコツンとワイヤーの持ち手が落ちて来た。外れかけていた仮面がその小さな衝撃でズレて落ちる。目をパチクリさせたルルに、ベリルは吹き出した。


「派手な鬼ごっこだったな。でも俺らの勝ちだぜ?」

『うん、そうだね。助けてくれて、ありがとう』

「あったりまえだろ」


 ベリルは満足そうな笑みを浮かべると、フードが取れて、葉が所々に引っ掛かった紫の混ざる銀の頭を掻き回す。それにルルが身動いだその時、細かく繊細に絡んでいた小さな枝がパキッと折れた。欠けたのはたったの1本だが、2人分の体重を支えられなくなるには充分だった。

 ベリルは視界がグラリと傾いた事に気付いてギョッとする。その頃にはもう遅く、彼らは再び枝から放り出され、今度こそ地面に落ちた。


「イッテェ……。ん、何だこの匂い?」


 鈍い音で、先程よりは腰に地面の硬さを感じたが、思った以上に土がふかふかしているのを感じた。それと共に、脳がそれだけで満たされそうになるほどの、菓子とは違う濃厚な甘い香りに包まれる。

 そっと開けた目の前に広がった光景に、ベリルはポカンとする。真っ赤な薔薇が、無数に自分たちを囲んでいるのだ。


「な、何だぁ?」

『この匂い……薔薇?』


 ルルは彼の胸の中から起き上がりながら、周囲を見渡す。このクラクラしそうになるほどの濃厚な香りは、知っている。そうか、ここは『彼女』の庭だ。

 思った直後、上からバケツをひっくり返した様な大量の水が降る。そしてすぐ、悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあ! ルル、どうしてそこに?!」

『ルービィ?』


 ここは月の地区の、クァイットの屋敷だった。恐らく水遣りをしていたのだろう。彼女はビシャビシャになったルルと、見覚えのある少年に目を丸くしている。

 ベリルはルービィを思い出すと、気まずそうに顔を引きつらせる。そしてルービィは、ボロボロな2人の様子に何か妙な勘違いをしたらしい。彼女の濃いピンクの瞳が鋭くベリルを睨んだ。


「その人に何をする!」


 向けられる尖った声色に、ベリルは咄嗟に両手を挙げる。ルルは両手を翳した彼女へ慌てて駆け寄り、自分の手を重ねて指を絡ませた。


『ルービィ、待って、違うの。襲われた、訳じゃないよ』

「え……?」

『友達。今日はずっと、一緒に居たんだ』

「でも貴方、あの時」

「あ~令嬢さん、あん時は……その、悪かった」


 疑いの目が向けられたベリルはすぐに頭を下げる。あの日、ルービィを追っていた男たちに雇われていた事、人身売買の目的を知らなかった事、自分自身敵意はない事を、罪悪感から辿々しくも必死に伝えた。


「んでもう二度と、ああいった仕事はしないって……決めたんだ。だから、その……すんません」

「本当に……?」

「嘘は言わない。まぁ……それなりの罰は……受けるけど」


 ルービィはその尻すぼみする言葉に偽りを感じれず、仕方なさそうに小さな息を吐く。居づらそうにするベリルへ首を横に振る彼女の口元には、淡い笑みが見えた。


「もういいわ、謝ってくれたなら。それに……お友達なんでしょう?」

「ま、まぁ」

『うん。とっても、凄い人なんだよ。いろんな物を、作るんだ。例えば』

「お、おいルル!」


 ベリルは嬉しそうに褒める口を、無駄だと知りながらも咄嗟に塞ぐ。ルルはそれに少し不服そうにしたが、渋々言葉を止めた。そんなやりとりに、ルービィは可笑しそうに笑う。

 彼女は改めるように、ベリルへ手を差し出した。


「私はルービィよ」

「え、あぁ」


 ベリルは出された手を見たあと、思わずチラッとルルへ視線を向けた。彼はその視線に気付き、優しく目を細めて頷く。再び視線を戻し、白く華奢な手をそっと握り返した。


「ベリル。よろしく……ルービィ」

「ええ、よろしくベリル」


 ルルは握手を交わす彼らの手に自分の手を重ねて頬を緩めた。友達同士が仲良くするのはとても嬉しい。


「2人共、お水……ごめんなさい。気付けなくて」

「へーきへーき」

『うん、大丈夫だよ。僕らが勝手に、落ちちゃっただけ、だから』

「でも、何があったの? そんなに傷だらけで」


 ルービィは心配そうに、薄青い肌にある浅い切り傷をそっと撫でる。ルルは優しい手のぬくもりに目を細めながら、今日起こった事、そしてそれに至る原因を彼女へ説明した。

 確かに一昨日彼は、用があるとだけ言って深夜になって屋敷を出て行った。ルービィは驚いたあと、すぐに怒りの表情を浮かべる。


「ルル、どうして何も言わずに無茶をしたの!」

『あ……えっと』

「そうだぞ、今回は逃げ切れたけど、もう絶対1人で無茶すんなよな」

「次からは絶対相談して」

『……はぁい』


 2人に挟まれルルは首を縮めると、降参するように小さく返事をした。


 夕方の風が吹き、ルルはずぶ濡れの体を撫でる冷たさに、体を震わせた。今日の夜は一段と冷える。


「このままじゃ、明日に響いちゃうわね。早く中に入って? ベリルも」

「えっ……でも俺、太陽の地区の」


 避け合った地区に知らずとは言え立ち入り、対比となる民の世話になるのは気が引ける。ましてやルービィは五大柱の娘だ。もしこちらの民を毛嫌っている相手が屋敷に居たら、招き入れた彼女だって責められるだろう。

 それでもルービィは、その考えを否定させる様に微笑んで首を振った。


「私は構わないわ。使用人も今は眠っているし。父も偏見はない。月の地区がどうしても嫌なら、無理は言わないけれど」

『……ベリルは、今も嫌い合う意味は、何だと思う?』

「え、あ~……何だろ」


 言われてみれば、具体的に自分が月の地区で何かをされた事は無い。ただ周りが毛嫌う姿を見て、そういう物だとしか思うようになっていた。その中に自分の考えは、存在しない。

 ベリルは少し黙り込んだあと、ゴムも解けてボサボサになった頭を気まずそうに掻きながら、改めてルービィをチラッと見た。


「俺も……いいか?」

「ええ、もちろん」


 互いに背を向ける理由は知っている。しかしそれは、歴史と言う文字だけで伝えられてきた昔の景色。自分の意思はそこから先にある。少しくらい、違う事をしたって構わない筈だ。

 そして自分たちと何ら変わらないルービィの笑顔に、少しだけ歩み寄ってみようと思えた。

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