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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
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初飛行

 太陽がまだ顔を出して間もない。空気が暖かさに染まりきらないが、人々は眠気を引きずりながらも動き始める。静かだった商店街も、馴染み客を迎える準備に勤しみだしていた。

 そんな客がまだ少ない中、ルルはベリルと肩を並べて歩いていた。新鮮な香りが目移りさせる。だがベリルは彼の腕を引いて、迷いなく一軒の店に足を運ばせた。店内へ声を掛けると、中から日焼けした男が顔を見せる。


「ようドラゴン坊主。食うか?」

「いつもの2つ」

「2つぅ? 食い過ぎだな」

「1つは友達の分……って」


 そう言いながら横に目をやったが、そこに想像したルルの姿が無かった。見れば、向いのパン屋へ誘われている。焼いている最中の芳ばしく甘い香りは、空腹時にはたまらないだろう。

 ベリルは慌てて引き寄せる。ルルは視線をパン屋に置きながら、残念そうに肩を落とした。


「離れるなって言ったろ」

『パン、美味しいよ』

「あとでな。まだ焼き途中」


 フード越しに頭をポンポンと撫でる。そんな姿を亭主は手を動かながら、不思議そうに眺める。有名なドラゴン少年に弟が居たのかと。しかしそれは一瞬で、マント姿の手配書を思い出す。


「あぁ、お前さんあの旅人か? へぇ、変わったコンビだな」


 男は僅かに警戒を見せたルルに豪快に笑うと、再び手元に集中しだした。


「別に狙いはしねえよ、安心しな。もちろん本気の奴らもいるが、賞金取りは遊びとしてやってるのが多いんだよ。ほら、毎日遊ぶわけにゃいかねえだろ? それに……お前さん、派手な事したから一目置かれてるんだぜ? そう簡単に手は出せない存在だってな」

『賞金が、あるのに?』


 ノイスの賞金はその人物の力の評価でもあった。そのため、ルルをただ値段でしか見ない者も居るが、その力に憧れる者も居る。通常ただの旅人であれば、獲物とされるだけ。しかし訪れた初日で力を示したとあれば、強者として国民に認められるのだ。


「ノイスでは好印象だと思っといた方がいいぜぇ? この国で負けるなよ」


 男は小声で言うと、作りたての料理を入れた紙袋を2人に渡した。ベリルがルナーを取り出すと、その手をグイッと押し除ける。


「いらねえよ、奢りだ奢り」

「お、太っ腹。あざっす」

「楽しんでけよ」

『ありがとう』


 去るこちらに体を乗り出して手を振る男に、ルルは軽く頭を下げる。


『……良かったのかな?』

「結構羽振りがいい人は多いぜ? 好意はありがたく貰っとくのがいいんだ。相手に帰ってくからな」


 料理は紙袋を通してもとても暖かく、まだ少し冷たい空気をじんわりと溶かしてくれる。暖かいうちに早く食べたくて中身を覗いた。するとベリルに遮られてしまった。寂しいと感じた口に、シトリンが入れられる。


「待て待て。より美味い場所でな?」


 彼は金の目をウインクさせる。そうだ、食欲をそそる香りで忘れていたが、とっておきの場所があるらしいのだ。それを思い出した瞬間、ルルは仮面下で目をパッと輝かせ、口の中で宝石を噛み砕くとベリルの前を駆け出した。


『早く、行こう。冷めちゃう前に』

「ははは、そんな急ぐなって。転んじまうぞ」


 弾んだ声が頭に響き、ベリルはおかしそうに笑いながら彼を追いかけた。急がず冷静に向かうだなんてできない。だってその場所へ行く途中、待ちに待った初飛行を楽しめると言うのだから。


~ ** ~ ** ~


 屋根裏部屋で待っていた飛行機は、顔を出したばかりの太陽によって燃えるように輝いていた。まるでついさっき完成したばかりの新品の様な出来栄えだ。

 ルルはドラゴンそのものを愛でる様に、磨かれた機体を撫でる。ベリルは得意気に、少し汚れた鼻を擦った。

 飛行機は前の操縦席と後ろの席の2人分。窓は無くて、風を切った感覚を充分に味わえるようになっている。


「あとは仕上げだな」

『仕上げ?』

「これを入れてくれ」


 手渡されたのは、ズシリと重たい箱。中からは、昨日ルルがリサイクルした宝石の香りがした。

 心臓とも言っていいこれを入れなければ、いくら機体が完璧だとしても置物のまま。しかしルルは、任された仕事に驚いてベリルと飛行機を見比べる。これまで手塩にかけたのは彼なのに、1番重要な役目を自分がしていいのか躊躇った。ベリルはそんな迷う背中をトンと撫でるように叩く。


「入れてくれ。お前がそれをくれて、きっかけにしてくれたんだ。ルルは、忘れられたコイツを生かしてくれたんだぜ? その権限がある」


 ルルは少しの間無言で、ひとつひとつ小さな脈を打つ宝石を入れた箱へ視線を落とす。難しそうな顔をしていたが、ふと表情を綻ばせるとベリルの手を取って、箱に添えさせた。目をパチクリさせた彼の手に薄青い手が重ねられる。


『一緒に、やろう?』


 虹の全眼を嬉しそうに細めて言った。ベリルはそれに小さく吹き出すと、仕方なさそうに笑って頷く。そして呼吸を合わせ、せーのと2人で首元の窪みに嵌め込んだ。その瞬間、命が宿るかの様に目に光が灯る。


『動いたっ』

「よっし!」


 2人は顔を見合わせると、成功に思わずハイタッチを交わした。


 運にも恵まれて空は雲一つ無い。最高の飛行日だ。ベリルは屋根裏の窓を開けて、飛行機の頭を外へ押し出した。ルルは2人分の、まだ暖かい紙袋に視線を落とす。お預けを喰らいすぎて、口の中でよだれが増え続ける。

 ベリルはそんな彼の状態を理解してか、可笑しそうに笑う。重心を保つため先にルルを後ろの席に座らせ、ベルトで体を固定する。


「準備いいか?」

『もちろん』

「んじゃ行くぞ」


 ベリルは言うと共に、操縦席のスイッチを押す。エンジンが掛かる合図に、ドラゴンの目が輝く。続いて4枚の羽が交互に動き、はばたく準備が整った。その場で重たい全身で機体を外へ押し出す。ドラゴンの尾が窓から離れ、空中で傾いた。

 頃合いだと、残されたベリルはルルへ手を伸ばす。


「ルル!」


 呼ばれた瞬間、ルルは振り返って彼の腕を掴んだ。

 ベリルはその手を命綱にして機体の上を走り、操縦席に飛び乗る。そしてハンドルを力の限り引っ張った。

 翼が大きくはばたき、それまで重力に忠実だった体は、砂埃を巻き上げて地上ギリギリの所で止まる。


(よし!)


 順調だった。このまま浮上できれば問題ない。しかし安堵もつかの間、それ以上機体は上を向かず、そのまま低空飛行を続けるのが限界だった。引き換えスピードはどんどん上がっていく。更にハンドルはまだ重く、中々動かない。誰も居ないのを見計らったため、人との事故はないだろうが、このままでは障害物に激突してしまう。ただでさえ太陽の地区は道が複雑だ。

 ルルはベルトを外し、代わりに腕に抱えた袋に落ちないよう括りつける。機体の僅かなデコボコに指を食いこませながら、風に抗い前へ進んだ。目的は運転席。

 ベリルは動けと願いながら、必死にハンドルを引っ張る。すると、力を限界まで入れて痺れはじめた手に、ひと回り小さな青い手が重なった。


「ルル?!」


 まさか、少しは安全な後ろに居てくれると思った彼が真後ろに居るとは思わず、叫ぶ。しかしルルは至って冷静で表情を崩さない。そして何も言わず、頷いた。微量な力であるのは分かっているが、1人より2人の力が必要なのだ。


「マジか……!」


 戻れとか危ないとか、言っている場合ではない。

 ベリルは力を借りながら、足にも力をこめて体を仰け反らせる。手が離れそうになったその時、それまで頑なだったハンドルの奥から、ガタンという小さな段差を超えた様な音を聞いた。

 次の瞬間、今までが嘘のようにハンドルは軽くなり、飛行機は太陽へ目指して急上昇した。その姿は本物のドラゴンが飛ぶ様子にそっくりだ。


「よっしゃぁあ!」


 やがて機体は安定し、ベリルはすっかり自由自在となったハンドルから片手を離し、ガッツポーズを取った。ルルはシートベルトを体に巻いて、再び荷物を膝に乗せた。突風で脱げたフードをかぶり直し、手で押さえながら地上を覗く。もう人々は親指の爪ほどの小ささになっていた。


『凄い……!』


 太陽の熱が地上よりも強く感じた。その暖かさと風はとても心地良い。カラクリのドラゴンは風を切りながら、女神像を目標に翼を動かした。


 小さなドラゴンが羽を休める様にして着陸したのは、崖の小さな出っ張り。ここは太陽の地区から見上げられる、女神像とコロシアムが佇む土地との間である崖だ。

 ベリルはエンジンを止めると、短距離でも初めての飛行に満足そうにした。保護用のゴーグルを首まで下ろし、席から降りる。ルルの体を支えるベルトを外し、彼が持つ袋を2つとも片手で抱えた。ルルは手を借りて席から降り、彼が荷物を持った事に不思議そうな顔をする。


「いいスポットはこの下なんだ」

『下?』

「そ。腰に手を回してくれ」


 言われるがまま、彼の腰にぎゅっと抱きつく形で腕を回した。ベリルは腰に付けたホルダーから銀製のワイヤーを取り出しす。狙いを定めた視線の先にあるのは、数メートル下。植物の無い絶壁の中で唯一、そこだけ木々が斜めに生い茂っていた。


 慣れた手付きでワイヤーの先を投げ、枝の先に巻きつける。


「しっかり捕まってろよ」

「!」


 それを合図に足場を蹴って飛び降りた。地面に引っ張られる様に落ちる感覚に、ルルは思わず息を止める。しかし重力の圧迫感はたったの数秒。ベリルが持ち手のスイッチを押した瞬間ワイヤーが縮み、グンッと引き寄せた。

 2人の体は振り子の様に孤を描き、空中を走った。驚いて足元を見るルルに、ベリルは得意げに笑う。そして慎重に、重さにしなった枝の1つ下に降り立った。

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