隠蔽された公開処刑
食堂の広いテーブルの向こう側で、暖炉がパチパチと鳴る音が聞こえる。庭園と同じ薔薇の香りがした。真っ白なテーブルクロスに、数輪の色鮮やかな薔薇が飾られている。おそらく彼女が選んで摘んだのだろう。
ルルはコランにエスコートされ、彼と向かい合う椅子に座る事になった。甘さの無い爽やかな紅茶をまず出され、コランが席に着くのを待ってからひと口飲む。
「ルル、まずは……娘を救ってくださり、ありがとうございました。貴方が居なければ、今頃無事では済まなかった」
深く頭を下げる彼に、ルルは淡く唇の端を緩めて首を振った。助けたのは当然の事だ。偶然だったとは言え、あんな状況で放って置ける訳がない。
「言葉だけでは足りません。何か申し付けがあれば、何でも仰ってください」
『泊めてくれる、だけで、充分だけど』
「そうもいきません」
『…………じゃあ、少し尋ねたい事が、あるんだけど』
「私に答えられる事でしたら」
『うん。出来たら……2人だけで』
コランはその言葉に一瞬迷ったようだが、側に控えている使用人に視線を配る。彼女たちはそれに、2人へ深く頭を下げ、部屋から出て行った。
ルルは部屋に自分たち以外の気配が無い事を確かめる。そして、少し申し訳なさそうに頬を緩めた。
『ありがとう。無闇に、人を疑いたくは、無いんだけど』
「構いません。それで、尋ね事とは一体?」
『この国に、王を庇った、オリクトの民が居る……って、聞いたの。心臓を欲する、五大柱と、その民について、教えてほしい』
コランは予想外の事に、穏やかな目を丸くした。ルルは浅くなった呼吸に気付き、言葉を続ける。
『事情は、ルービィから聞いた。それで詳しく、知りたいんだけど』
「それは……何故?」
そう尋ねるコランの声色は少し控えめで、疑いをを感じさせた。しかしその反応は想定内。
『僕も、同じだから』
ルルはそう言って、フードと仮面を外す。そのくすみの無い虹の瞳を見た瞬間、コランは息を呑んで椅子から立ち上がった。
「あ、貴方は……王……?!」
やはり彼は、王について少なからず知識があるらしい。ルルはその事に内心ホッとしながら、人差し指を自分の唇に置いた。
『ルービィには、内緒ね?』
「あぁなんて事だ、私はなんて無礼をっ」
コランは普段から青白い顔を更に青くし、その場に跪く。ルルはまさかそんなに恐れられるとは思っておらず、驚いて席を立った。頭を垂れようとした彼を必死に止める。
『待って、いいの。そのままでいて』
「しかし」
『お願い。僕の事は、ルルと呼んで。今まで通りに。だから……椅子に座って?』
敬われたいために姿を晒したわけではない。姿を見せた方が変な疑いを持たれず、話しが早いと思ったからだ。
戸惑いながらも椅子に座り直した彼に、ルルも腰を下ろして胸を撫で下ろした。オリクトの民というだけで見る目が変わるのだから、これ以上の特別扱いは勘弁してほしい。
『それでその人は、王の心臓を、欲しがっているんでしょ? アダマスと……言ったかな』
「ええ、彼は自身こそが神に相応しいと」
『神……。僕、王の事、ん……自分の事を、そんなに詳しく、ないんだ。王の心臓を食べて、不死になるのは、本当?』
「王の心臓についての実例はありません。ですが、アダマスは既に1人……オリクトの民の心臓を食べたと言います。そのためなのか、彼はもう、何百と生きていると」
『既に……他の人の、心臓を?』
ルルは目を丸くすると、心臓が重く跳ねる胸元に触れた。宝石狩りの影響で、同じ種族の生き残りが居るというだけで喜びが大きい。しかしその反動か、逆の怒りはやはり喜びより深く湧き上がるのだ。
コランは彼から感じる無意識の怒りに冷や汗を浮かべる。美しい虹の瞳に、微かな濁りが一瞬だけだが顔を見せた。
ルルは自分を落ち着かせるかの様に細く長い息を吐くと、どこか失念するように目を伏せる。
『……そう。アダマスはもう、してはいけない事を、したんだね』
はたしてアダマスは他人の命を食べてまで、上に立つべき存在なのだろうか。もしも、全ての上に立つに相応しい人間ならば、自分の役目が終えた最後に、この心臓を与えてもいいかもしれない。
しかしそれを決めるのは、彼と直接顔を合わせてからだ。
「まずは、順を追って説明致します。王の代わりに収容されているオリクトの民の名は、シェーン。彼女はノイスで唯一のオリクトの民です。柱の塔である女神像で、2つの国宝を守っていました」
アダマスがノイスに移住したのは、今から5年前の事だった。そして彼が予言を行い、国民からの支持で五大柱となったのは、それからたったの1年後。
彼は五大柱になった初日に、国民へ王の心臓を求めている事を大々的に宣言した。それからと言うもの、彼を慕う国民たちの中で、王を探して旅人に乱暴をした者が出始めた。その様子に危機を感じたシェーンは、自身の持つ石が『ルルの石』と似ている事を利用し、その目をヴェールで隠して欺き捕まったのだ。
「シェーンはルービィに、もし本当の王が訪れた時、何も言わずに逃してほしいと約束をしていると」
『そうみたいだね。それも聞いたよ。だからルービィには、内緒なの。だって、僕の代わりに……失っていい命なんて、無いから』
コランはその言葉に少し安心するように、それまで暗く強張っていた表情を緩めた。しかしそれもつかの間、すぐにまた哀しげに曇る。
「彼は確かに、賢者と名乗るに相応しい言葉の巧みさを持ちます。しかし国民は彼を、まるで盲信しているようにしか見えないのです。いいえ、盲信させられている……と言った方が正しいのでしょう」
盲信というのは大なり小なり、そこら中に存在する。それはコランももちろん分かっているが、この国の増える盲信者は少し異様だった。
その考えを促され始めたのは、アダマスが五大柱になって2年が経とうとしていた頃。国から女性が、特に生娘がポツポツと行方をくらませ始めた。
そんな時、他国からとある旅人が訪れた。旅人はアダマスが元々住んでいた国から、わざわざ彼に会うために来たと言う。
『アダマスを、取り戻しに?』
「いいえ、その逆です。旅人は国民に宣言しました。『このままアダマスを放って置けば、いずれ国が滅ぶ。彼の言葉に支配され、我が国の様に、気付けば何も残らなくなるだろう』と。話を聞いた限り、旅人の母国は既に……アダマスの手によって、滅びかけてしまったのだと言います」
コランはそう言う彼を思い出しているのか、苦々しそうな顔をする。
恐らく旅人は、アダマスへ復讐するために、新たな寄生場所であるノイスへ来たのだろう。しかし旅人が彼に手を出す事は敵わなかった。その刃がアダマスの胸を貫くよりも早く、本人へ旅人の行動が知らされたのだ。それからすぐ、旅人は殺された。
しかし旅人の首を落とす事をアダマスは直接命令をしなかった。自ら進んで行ったのは、彼を支持する国民たち。更にその行動は多くに知られる事はなく、無かったものとされた。つまりは殺戮の隠蔽。いくら血の気が多くとも卑怯者は少ないこの国で、それは初めてだった。
「これを境に、おかしい争いが増えました」




