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宝石少年の旅記録  作者: 小枝 唯
【宝石少年と旅立ちの国】
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鳥籠の中で

 窓から差し込む太陽の強い日差しは、カーテン越しに部屋へ柔らかく落ちる。光は伸び、住人の背中を優しく照らした。

 ルルが動くたび長い髪はサラサラと流れ、星が瞬く様にキラキラと輝く。夜空の様な髪に、薄青色の指が引っかかる事なく通り抜けた。


 ルルは牢以外での自由な生活にいくらか慣れたようだった。しかし今は自分の髪を梳くように撫でながら、なんだか悩ましそうにしている。

 虹の瞳を隠し、少女の様なまつ毛が伸びる目元に触れる。眼球で膨らんだ目蓋をしばらくの間確かめ、次に筋が通っている鼻をつまむ。そして最後に両頬を手で包み込み、不思議そうに首をかしげた。


『……ねぇクゥ、人の顔って…不思議だね』


 同じ部屋の、少し離れた場所で黙々と仕事をしていたクーゥカラットは、ルルの問いかけに顔を上げた。


「急にどうしたんだ?」

『…こっち、来て』


 ルルはクーゥカラットが居る方向とは少しズレた場所へ手を伸ばす。クーゥカラットは席を立ち彼が居るテーブルの前に回って手を握った。

 ルルはその自分よりも大きな手を、両手でぎゅっと包むように握る。


『クゥの手は…僕の手より、おっきいよね』

「あぁ、そうだな。ルルの手はまだ小さくて、とても綺麗な手だよ」

『……ねぇ、クゥはどんな顔…してるの?』

「顔? そうだなぁ」


 考えてみれば、言葉で表せる具体的な説明が出来ない。自分の顔なんて客観視しようとした事など無いからだ。


『触ってみたい。だめ?』


 ルルは少し上目遣いになりながら、遠慮気味に尋ねる。すると彼から微かに笑った声が聞こえた。

 クーゥカラットはルルが触りやすいようにと、少し腰を屈めた。彼の手を自分の頬に持っていくと、幼い両手でペタペタと慎重に触り始める。


『これが、クゥの顔?』

「ああ」


 やはり、当然だが自分と大きく異なる事が分かった。目、鼻、口があるのは当然だが、柔らかさや窪み、細かな部分が異なる。


『僕の顔と、全然違う』

「ははは、そうだな。面白いか?」

『うん、とても……不思議…』


 顔をこんなにじっくり触れたのはこれが最初で、ルルは初めて人それぞれに特徴があるのだと知った。それは人間にとって当たり前でも、ルルにとっては感動を与える発見だ。

 この喜びをどうにか表現出来ないだろうか。


『紙とかペンって…ある?』

「ああ、持って来よう」


 ルルが物を要求するのは珍しい事だった。

 クーゥカラットは使っていた万年筆と新しい紙を持って、仕事机からテーブルへ戻る。彼が帰った事に気付いたルルは、再びクーゥカラットの顔へ手を伸ばした。しかし今度はすぐに離し、手探りで万年筆を持つとペン先を紙に滑らせた。

 しばらくクーゥカラットはルルの手元と、どこか真剣な横顔を見守った。そうして出来上がっていくのが絵だと分かった時、そのモチーフを理解して静かに目を丸くする。


「俺、か……?」


 クーゥカラットは殆ど無意識に呟いた。ルルはそれが嬉しかったのか、手を止めると微かに頬を緩ませて頷く。

 しかしあの少ない時間で、こんなにも正確に描けるものなのだろうか。ましてや、ルルは初めて他人の顔を知った。それなのに彼が描いた人物は、誰がどう見ても自分で、とても盲目な人物の素描とは思えなかった。


『似てる?』

「あ、ああ…そっくりだ」

『ありがとう。あのね、もう一個……お願いがあるんだけど…』

「なんだ?」

『文字を書きたいの。もっと色んな事を、知りたいから』


 文字を知る事でどれほどその助けになるか分からないが、クーゥカラットは快く頷いた。新しい事を知りたいという意欲を、頭ごなしに否定する気はサラサラ無い。

 クーゥカラットはルルの背後に回ってペンを持つ彼の手をそっと覆い、基礎から一つ一つを教えていった。



 真上にあった太陽が建物に顔を隠す頃、ようやく最後の文字を教え終わった。

 ルルは同年代の子供よりも記憶力や理解力が高い。通常ならば、学校などで数日かけて覚える事を、たったの半日で習得したのだ。

 彼は新しい事を覚えるのが楽しいのか、知った文字を組み合わせたりして書き続けている。一方でクーゥカラットは、その様子に関心しながらも顔に疲労を浮かべていた。


(ふぅ、少し疲れたな…。やはり体力が無くなったか)

『どうしたの? 大丈夫…?』

「ああ、大丈夫だ」

『そう? あ、これで、クゥの名前…だよね?』

「ん? ああ、合ってる。今日一通り教えたのが、ビジュエラの共通語だ」

『教えてくれて、ありがとう』


 礼を言うルルの声はどこか満足そうだ。気のせいだとしても、教えたこちらの疲れが多少は報われる。


 嬉しそうにペンを動かし、文字や身近な物を描く彼をクーゥカラットは見つめ、ふと目を細める。あと少しで、ルルと出会ってから1年が経とうとしていた。

 この生活に慣れたルルは何かに興味を持ち、それに触れ、知るたびにまっすぐ成長していく。しかしそれを誇らしく見届けると同時、クーゥカラットは妙な感覚を覚えていた。


(もしこの子が世界を知りたいと言ったら……俺は賛成出来るだろうか)


 1年前、幼子の幸せを願い、愛を与えるために繋がった関係。自分が出来る精一杯の愛情を与えてきたが、不思議なもので、ルルからその愛が返ってくる。それがどうしようもなく愛しく、いつの間にか、クーゥカラットの中で()()()()()()()を持たせていた。

 理性と本能が混ざり合い、綺麗とも醜いとも言い表せない色をクーゥカラットへ見せる。


「ルル」


 ルルは聞き逃しそうになる小さな声に顔を上げ、クーゥカラットへ首をかしげる。

 そうだ、彼はどんな時でも、目を合わせようとしてくれる。


「……幸せか?」

『うん、とっても』


 ルルは鮮やかな瞳を優しく細めてそう答える。クーゥカラットはそんな彼に眉を下げて微笑み、ルルの頭を撫でるとそっと抱きしめた。


(いつかちゃんと…自由を見せよう。きっとこの子は……この世界すらも愛するだろうから)


 その時まではどうか、この子の隣で、家族として。

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