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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
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国宝が穢れた時代

 多くの人が彼の本名を知らない。もちろんそれは、名前を売られないためだったり、易々と他人に教えたくないというプライドのためだ。その代わり、大人はドラゴンの坊やと呼んだりしている。

 2人は人の流れを絶たないようにと、壁に寄った。すると少年は、興味深そうに言葉を待つルルに、念を押して繰り返し尋ねる。


「なぁ、本当にドラゴンを信じるのか? 馬鹿にしてるわけじゃないんだよな?」

『うん』

「見た事無いのに?」

『無いからこそ。居ないっていう、証拠も無い。それに……できれば、会ってみたい』


 フードの影になった紫の唇はそれまで堅苦しそうに結ばれていたが、仄かに緩んだ気がした。それに少年は腕組みをし、壁に背中を預けながら空を見上げた。

 何から話そうかと考えながら、鳥たちが群れを成して飛んでいるのをなぞった。


「昔は、空にドラゴンが普通に居たんだぜ。信じられるか?」

『どうして、今は?』

「戦争のせいさ。大昔のな」

『せんそう? 何、それ?』

「ずーっと昔、国同士の交流が盛んだった時に起こった、大きな殺し合いの事だよ。国宝が穢れた時代ってやつ」


 それは、とても静かな今の世界では、想像のしづらい過去だった。しかし知らない若者はそう少なくない。穢れた時代はあまりにおぞましく、だからこそ、中々簡単には触れられない歴史だった。

 ビジュエラの黄金期と呼ばれた時代。国宝が最も美しいと言われていた時代の数百年後、穢れと共に滅びの争いが起きた。荒んだ土地には沢山の死体が転がり、村は焼け、悲鳴の絶えない日々が長年続いた。地獄が舞い降りた様な光景を、何百年もかけて再生したのが今の世界だ。


『そんな時が……あったんだ。でも、それとドラゴン、何の関係が、あるの?』

「ドラゴンは使われたんだよ、兵器としてな」


 ルルは言葉を心の中で復唱、少し不満そうな顔をした。意味を知らない言葉ばかりが出て来るが、なんとなく、いい意味ではないのだと分かる。

 ドラゴンの戦闘力や生命力共に、人間は戦争に便利だと考えた。ドラゴンの卵を攫って子供の頃から調教を続け、確実な兵器として育て上げる。そんな調教師が昔は流行っていたほどに。


「確かに凄い力だったらしいんだ。炎を吐けば、村一帯は滅んだんだって」

『……凄い力だね。でも、もったいないなぁ』

「もったいない?」

『だってそれはきっと、優しい炎だった、筈だよ。この世界に、命を奪うための力……なんて元々、存在しない。この地は…………血で汚れるために、出来ていないから』


 ルルは残念そうに、つまらなさそうに呟いて足元を見る様に俯いた。きっと炎は寒さを和らげ、水は生命を保つための力だった筈だ。

 少年はそう言う半分も見えない横顔を、驚いて見つめていた。戦争や兵器を知らないところ、特別学に富んでいる訳ではなさそうなのに、まるで確信しているかの様な物言いだ。想像力が豊かというより、彼らの力を創り出したような言い方をする。

 その言葉は間違っていない。元より自然界に近いドラゴンのその力は、世界を殺すためではなく、生命を絶やさずに生かすための力だった。


「……なんかさ、お前って変に達観してるよな」

『? そう?』

「超強いし、徳積んでるやつが言いそうな事言うからさ」

『そんな事、言った? それより……どうして、確かにあったものが、空想になって、いるの?』

「戦争って、もう何千年も前なんだよ。今はそんなの嘘みたいに、土地も空気もちゃんと綺麗だろ? だから大人はみんな、戦争は無かったものとして、物語として記録に残したんだ」

『事実なのに?』

「ああ。穢れた時代だって言われるから、それを真実だって認めたくないんだろうな。大人はキレイ好きだからな。そのせいで、兵器として使われ、兵器として絶滅したドラゴンの存在は、架空の動物にされたんだ」

『……随分と……勝手な、平和だね』


 ルルは不機嫌なのか、珍しく声が低い。

 受け継がれるべき悲劇は夢物語となり、その悲劇に巻き込まれたものは、架空のものとなったのか。永い平和を望み幸せになりたいのなら、それなりに土台となった惨劇は、忠実に語り継がれるべきだ。ましてやそれは、忘れるよりもタチが悪い。


『ん……色々分かった。教えてくれて、ありがとう』

「もう行くのか?」

『うん』

「何でこんな事聞いたんだ?」

『地形図を作るの。その国の、特徴だったり……いろんな事を、本に書きたいから』


 あまりいい情報ではなかったが、それでも知識として知られたのは良かった。ルルは満足そうに少年へ答え、礼を言うと背を向ける。

 少年はその呆気なさにポカンとしていたが、去ろうとする慌てて手を掴んだ。


『なぁに?』

「あ、あのさ、俺……アンタみたいにドラゴンに本気で興味持ってるヤツと、初めて会ってさ。いつも馬鹿にされるばっかでさ、えっと」


 少年は何が言いたいのか、頭で整理出来ないまま、本能的に手を離せないでいた。目を逸らしながら辿々しく、必死に言葉を繋げる。

 ルルは握る彼の手が緊張に少し汗ばんでいるのを感じ、ふふっと息をこぼす。そして少年に歩み寄ると、耳元で囁く真似をした。


『ルル』

「へっ?」

『名前。ルル』

「あ……あ~」


 少年は最後にもう1度、迷うように目を左右に往復させ、気を緩めた様に笑うとルルの手を離した。そして、彼と同じ耳元で言う。


「俺はベリル。他人に名前、教えるの初めてだから……誰にも言うなよ? 俺も言わないけど」

『うん、ありがとうベリル。これで、友達だね。落ち着いた?』

「え、とも」

『嫌だった……?』

「そ、そうじゃないけど」


 ベリルは何度も、まるで実感させるように「俺と友達」と呟く。

 思えば1人になった頃から他人を警戒するばかりで、友達という関係を築いた事がなかった。簡単に出来上がった思いがけない関係に、新しい戸惑いが生まれる。

 酔いそうになるほどに勝手に泳ぐ視界に、ルルのフードで隠れた顔が覗き込んできた。彼はどうしたの? と不思議そうに首をかしげる。


『ベリル?』

「うっい、いや、何でもない。嫌だからとかじゃないからな?!」

『それなら、良かった。それで……引き止めたのは?』

「あぁ、えっとさ、まだ時間あるか? 何か急ぎの用事とか」

『夕方には、会う人がいるけど……まだ日は、落ちていないなら、大丈夫』


 時刻はまだ昼前で、ベリルはそれに嬉しそうな顔をした。しかし慌ててそれを誤魔化すように咳き込むと、ルルを人の居ない道まで手を引く。

 フードで隠れた耳に手を軽く添えると、周りを警戒しながら小声で言った。


「俺の家に、ドラゴンが居るんだ」

『えっ?』

「まぁ、生きてはないんだけどな。親父が、趣味でだけど歴史とかを詳しく調べる人だったんだ。それで他の国に行ったりした時、ドラゴンの核を見つけて、各地に散らばった臓器だったりの断片を集めて、1匹作り上げたってわけさ。いわば剥製だな」

『へぇ……凄いね、ベリルのお父さん」

「へへ、内緒だぜ? そんでさ……良かったら、来て、見てみるか?」

『本当? いいの?』

「おう」

『……見ず知らずの、僕を……警戒しなくて、本当にいいの?』


 ベリルは改めて、ゆっくり問い直すように言われ、しばらくの間悩みに唸った。確かにルルは見た目も職業も怪しい。しかしここまで話して、楽しそうな声も聞いた。今更疑う気にはなれなかった。


「そっちにも何か事情があってその格好なんだろ? それに……まぁ、全部嘘だったとしても、信じた俺の責任だしな」

『……そう』


 僅かに見れる紫色の唇が、笑みとは程遠いが嬉しそうに緩んだのが見える。ベリルはそれにニッと笑い、再び腕を引くと道の奥へ進んだ。

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