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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
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書物を賭けた大食いバトル

 コランが五大柱の1人であったのは都合が良かった。アダマスについて、そして王の言い伝えについて深く知っている可能性が高い。

 しかし今は、もう白い月が顔を出し始めている時間だ。夜が更けすぎると翌日の探索に眠気が響く。それに賞金首となったこの国では、もうこの姿で自由に人へ尋ねる事は難しいかもしれないのだ。そうなると、建物1つを探すのに苦労する。


(目が見えれば、いいのになぁ)


 無い物ねだりをしてもキリがないと、ルルは太陽の地区へ戻った。周辺は人の気配と美味しそうな香りで満ちている。

 今は夕食時らしい。豪快に笑う声や、家族同士の優しい会話も聞こえてくる。街中を歩くと必ず聞こえる楽しい団らんの声。それを聞くと、懐かしい日々を思い出す。クーゥカラットとクリスタ、2人と一緒にテーブルを囲んだ日を。


(クリスタは……今、どうしているかな。また、会えるかな)


 いずれアヴァールに戻る時があるだろう。その時にもし会ったら、言いたい事が沢山ある。謝りたい事もある。そして再び一緒に食事をしたい。

 いつの間にか足が止まっていた。いけない。思い出を悲しいものにしようとしていた。


(お腹空いた、せいかな)


 何かが欠落していると、心のバランスが崩れてしまう。ルルは気を紛らわそうと頭を振った。すると、宝石でも食べようかと思っていた胃袋を刺激する、とてもいい香りが漂って来た。辿った先には酒場。他と比べて一段と賑やかで、自然と足がそちらへ向く。

 明かりがあふれる両開きの扉を開けると、客の中からちらほら視線を受けた。店内はバッカスの店と似た、少しアルコールの強い香りと、油の乗った料理の匂いでいっぱいだった。

 テーブルを探していると、目の前を男が塞いだ。「おい」と低い声で呼び止められ、ルルはそれがどこかで聞いた音だと数秒考える。そして、男が自分とルービィを追ってきた集団の中に居た1人だった事を思い出した。


「あんたの噂は聞いてるぜ。今ここでその首を寄越してもうぞ」

『……今じゃないと、絶対ダメ?』

「あ?」

『貴方たちに追われて、とても眠いし……お腹、空いてるんだけど』

「はぁ? 何言ってんだお前」

「?」


 しかし男はそれから先の言葉を詰まらせた。周りからすれば、いくら高い値段が首についていようと、相手はまだ17という幼い子供。更に弱っている時に襲って勝ったなんて言えば、不名誉を一生背負う。

 男は舌打ちをしたが、闘争心に満ちた心はまだ勝負を諦めをつけていなかった。何か互いに平等になって、周りも盛り上がる勝負を探して目は動く。


「じゃあこれならどうだ。この店はジュエルスライムの大食いをやってる。どっちが早く食い終わるかを勝負だ」

『それだけで……貴方に首を渡したくは、無いよ。僕別に、首は、要らないし』

「舐めんじゃねえ。俺様の首にも賞金は充分付いてるんだ」

『ルナーは必要な分、あるから……いらない』

「ちっムカつくガキめ。だったら、俺様が勝ったらルナーを全部寄越せ」

『僕が勝ったら?』

「これをやる」


 観戦する気満々の客たちへ向けて見せたのは、とても古い紙だった。一瞬それにしんとなったが、辺りは驚きにざわつく。見えないルルだけが首をかしげていた。


『……それは、何?』

「よく見ろ! 《世界の王》についての書物だ。以前来た旅人から奪ったものだぜ? もちろん鑑定済みだ」


 ルルはそう言われながら突き付けられ、仮面の下で目を丸くする。まさかこんな所でそれが手に入る可能性を掴めるなんて、予想だにしなかった。賭けるのがルナーだけなんて安いものだ。


『分かった。やろう』

「勝負に二言はねぇな! 店長、巨大ジュエルスライムをふた皿頼むぜ!」


 奥へ投げられた声は、女性の受け答えする声で返ってくる。数分後目の前には、牛一頭は寝そべられそうな大皿に乗った、丸焼きのジュエルスライムが持ってこられた。ジュエルスライムは名前の通り、宝石の様な煌めきを持つ半透明のスライムだ。自然界に繁殖し、生の状態でも充分な味だと広く知られている。

 流石にこの山の様なものは見た事ないが、指で突くと新鮮なのか弾力があり、とても美味しそうだった。


『大っきいね』

「降参するのも手だぜ?」

『ううん。お腹空いてるから』

「あの、大丈夫ですか……?」


 運んで来た女性は、心配そうにルルと皿を見比べる。大丈夫だと答えられるが、彼女は尚も不安そうに、2人の間に立って審判に入った。

 どう見てもこの勝負は皆、平等ではないと確信していた。それでも誰も止めないのは、男の豪快な食いっぷりを見たいからだった。案の定、開始すると男は大口を開け、乱暴に頬張る。一方でルルは、ナイフとフォークを使って、小さな一口を咀嚼していた。


『これ、貴女が作ったの?』

「え? あぁ、はい」

『とても美味しい』

「あ、ありがとうございます」


 大味になるのかとも思ったが、自分で獲ってきたものとそう代わりない美味しさだった。味付けも自然で、プルプルした食感が楽しい。

 ルルがじっくり味わっている間、男はもう既に3分の1を終わろうとしていた。その落差にクスクスと笑い始める観客たちもいる。しかしだからこそ、男の腹が満たされる早さも上回っていた。スライムの中心にある核を超え、あと少しという所で男の手は止まった。


「ふぅう~、食った食ったぁ」


 腹は風船の様に膨れ、もう水さえ受け入れないほどに限界だった。しかし彼に焦る様子は見えない。それはルルが同じ量を食べる事は不可能だと、マント越しでも分かる見た目の細さで確信していたからだ。互いに食べきれなければ、どちらが多く食べられたかで勝負はつく。

 余裕を隠さないまま、チラリと隣を見る。すると彼の手は止まらないまま、もう時期半分に到達するらしかった。


「……おい、腹いっぱいになったら止めてもいいんだぜ?」

『大丈夫。お腹、空いていたから』


 咀嚼しながら、手はスムーズに次のスライム肉を切って待ち構える。ルルは水を飲む事も休む事もせずに食べ続けていた。

 姿勢を伸ばして丁寧に食べるその姿は、無理をしているようには見えず、羨ましく思うほど美味しさを引き立てている。観客の中で彼の姿に触発され、残していた料理を食べる者も出始めた。

 知らないうちに2人の皿は同じ量になっていた。それでもルルの薄い腹は膨れる事無く、手が止まる事も無い。男は焦りを感じ始めたがどうに出来なかった。腹が膨れすぎてテーブルにつっかえ、手を動かすのを邪魔するのだ。そんな苦戦を強いられているとは知らず、ルルは変わらないペースで食べ進める。

 そうやって格闘を続け、ようやく皿に指先が着いた頃には、真隣からコロンと何か転がる音が聞こえた。恐る恐る隣を向けば、もう肉は無く、核だけが皿に鎮座している。


「あ……? 嘘、だろ」

『ご馳走さま。美味しかったよ』


 フードから覗く唇の端は仄かに緩み、満足そうに食事を終えた。その瞬間、静かだった周りは歓喜に埋もれる。誰もが予想だにしなかった彼の勝利に興奮の声を上げ、口笛が響いた。

 男は思わず、満腹を超えた腹痛を無視して席から立ち上がる。


『僕の勝ちだね。約束』

「くっそ……持ってけ泥棒!」


 大口を叩いただけに、男は負けた事への羞恥に顔を赤くしながら吠え、持っていた書物を目の前へ叩きつけた。からかう声も絶えず、ルルが礼を言う前に彼は逃げて行ってしまった。

 久し振りにお腹いっぱいで、人と食べた事で心も満たされた。


(やっぱり、誰かと食べると……美味しい)


 しかし今度は競わず、ゆっくり食べたいものだ。ルルは幸せそうにしながら、横にある料理が残された皿に顔を向ける。もしこれが自然界にあるジュエルスライムじゃなく、人間の手を大きく加えた料理だったら負けていただろう。

 自然と共に生きる動物や魔獣には、宝石を作る事が出来る成分が入っている。だからこそ平らげる事が出来たのだ。


(でも何で宝石は、どれだけ食べても……苦しくは、ならないんだろう?)

「あ、あの」


 不思議そうに首をかしげていたルルは、審判をしていた女性の声で我に返る。こちらを見る彼女の目は、尊敬の色でキラキラしていた。


「凄かったです、あれを全部1人で食べてしまうなんて……! 初めてですよ!」

『そうなの? ありがとう。いくら?』

「あ、完食した方には無料なんです」

『そっか。じゃあ……僕と勝負した、人の分、払うよ』

「え、いやそれは」

『僕らの勝負だし、払わさせて? あと、その核……貰っていい?』


 核はよく、加工されてアクセサリーやら観賞用などにするらしい。だがルルが貰うのは食べるためだ。これを食べれば、宝石を食べたのと同じ腹の満たしになる。


「核は構いませんが」

『ありがとう。はい、じゃあこれ』


 彼女は差し出されたルナーに戸惑ったが、申し訳なさそうにしながらも受け取った。


『1つ……尋ねたいんだけど、いいかな』

「はい、なんでしょう?」

『ヘリオスっていう、お店……探しているの。どこか、分かる?』

「ここですよ? ヘリオスは」

『じゃあ、トパズって人は』

「わたしです」


 キョトンとするルルに、トパズは事情があるのだろうと飲み、オレンジの目を優しく弧にした。そして彼の手を引き、人が増えてむさ苦しくなった店内から少し外れ、厨房内に入った。

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