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宝石少年の旅記録  作者: 小枝 唯
【宝石少年と旅立ちの国】
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途絶えた種族

 クリスタはルルに声をかけるクーゥカラットの穏やかな顔を見つめる。先程の城の話もそうだが、今の彼が見せるのはこれまでの様な諦めた嘲笑ではなく、まるで、わだかまりが溶けた笑みだった。それは最近はあまり見せなかった、彼本来の優しい表情で、誰も見ようとしなかったものだ。

 城を売ったと聞いた時は自暴自棄に走ったかと本当に焦ったが、要らぬ心配だったようだ。隣に居て長い間見守って来た自分にとって、彼にはこれ以上不幸な事が起こってほしくない。


 ルルは手を借りてクリスタと向かい合うと、彼の姿を想像して顔を上げる。

 クリスタのブルーサファイアの瞳がルルの瞳に溶け、より深い青の虹を見せた。その瞳は少年の名前である『ルルの宝石』で、噂通り、心を掴まれる美しさを感じる。

 クリスタはルルと背丈を合わせようと跪くようにしゃがみ、頬にそっと手を添えた。ルルはその手に誘われて上げていた視線を真っ直ぐに戻し、2回ゆっくり瞬きをする。


『はじめまして。えっと……僕は、ルル』

「はじめまして、私はクリスタ。よろしく、ルル」

『よろしく、クリスタ』


 想像よりも透き通った声だった。

 こちらを見る虹の目は、確かに景色を映さぬ盲目だと分かるが、その代わりと言うように心の中を見透かされている気分になる。

 きっとそのせいだ。その感覚に魅了されているのだろう。クリスタはこの幼い子供と、小さな繋がりを築きたいと思ってしまった。


「ルルには、友達がいるか?」

『とも、だち……? ううん、いない』

「もし良ければ、私が最初の友達を申し出たい」

『僕と…あなたが……友達?』

「そう。嫌じゃなければ、だけどね」

『ん……。うん、僕、クリスタと…友達になりたい』


 頭に聞こえる声が、微かに弾んでいる様に感じるのは気のせいだろうか。たとえそうだとしても、その反応は申し出たこちらとしては嬉しい。


「ありがとう、ルル。よろしくな」

『うん』


 ルルの手の甲にキスをしてから解放すると、彼はクーゥカラットを探して背後へ振り返る。


(ん……?)


 しかしその僅かな瞬間に、クリスタは自分の目を疑って訝しげに細めた。ルルがクーゥカラットへ顔を向ける直前、彼の瞳に『妙な濁り』を見た気がしたのだ。しかし彼らはそれに気付かない。


 クーゥカラットはこちらに向いたルルに応えて手を差し伸べる。だがその手は重ならず、少しズレて空気を切った。


(あ、れ?)


 その時ルルは足に小さな違和感を感じ、たちまちそれが全身に広がったのが分かった。全身の感覚が遠くへ葬られた様に力が入らず、グラリと傾いて膝から崩れ落ちる。床に伏せた体は指先すら動かせず、起き上がる事が出来ない。


「どうした…!?」

「!」


 クーゥカラットは慌ててルルの体を抱き起こし、クリスタも顔を覗き込む。

 薄く開かれた苦しそうな瞳は、先程気のせいかと思っていた『濁り』に蝕まれていた。初めて見た時には無かった筈の、暗く汚れた色。


「………宝石の…体…」


 クリスタの口から思考がこぼれる。

 彼の瞳と、人間にはありえない宝石の体。これらの言葉が頭で巡った時、クリスタはとある古い歴史を思い出した。それはもう何百年もの前に途絶えてしまった一族の言い伝え。


「クーゥカラット、どこかに宝石はないか?」

「ほ、宝石っ?」

「種類は問わない。とにかくあるだけ持って来てくれ!」

「わ、分かった…っ!」


 クーゥカラットは理解しないままだが、ルルをクリスタに預けて階段を駆け上がる。

 本棚の中から1冊の分厚い本を取り出し、その奥に隠した鍵で絡んだ錠を外す。表紙を開くと中は窪んだ小物入れになっていて、そこには数十の小さな宝石が詰まっていた。

 それを持って2人の元へ戻り、クリスタに差し出す。彼は中身を覗き、ペリドットを選ぶとそれをルルの口元に運んだ。


「クリスタ、何を……?」

「ルル、分かるかい? これを噛んでごらん」


 ルルは何も見えない世界で、鈍く響いたクリスタの声だけを頼りに口を開く。コツリと前歯に当たったそれを、本能的に噛み砕いた。舌に乗るのは、クーゥカラットと出会う前に食べていた懐かしい冷たい物。

 クーゥカラットは冷静なクリスタとは逆で、驚愕に目を丸くする。


「い、一体、どういう事だ…?」


 ルルは宝石を飴玉の様にガリガリと咀嚼して飲み込んでしまった。クリスタが今度はガーネットを口に持って行くと、彼は抵抗せず食べる。2つめを食べ終えると、乱れた呼吸が落ち着いた。

 クリスタは瞳を覗き見て確かめてから、確信を持ってクーゥカラットを見上げる。


「この子はオリクトの民だ」

「オリクトの民……? 聞いた事が無いぞ」

「とうの昔に滅んでしまった種族だからね。彼らはルルと同じで、宝石となる体なんだ。そして人間の食事も出来るが、主食は鉱物。ほら、目の濁りが取れているだろ?」


 彼が言った通り、すっかり落ち着いたルルの目は、以前の美しさを取り戻していた。

 そこでクーゥカラットは気付く。ルルに今までの食事を尋ねた時、その特徴が鉱物のものと一致している事に。自分の過ちで、彼を幸せにするどころか苦しめてしまったのだ。


『クゥ』


 ルルは囁くように呼ぶと、彼を探して両手を伸ばす。それに応えてそっと引き寄せると、小さな体は震えていた。

 クーゥカラットは背中を優しく撫でて慰める。


「ここに居る。大丈夫だ」

『…ん』


 とても恐ろしかった。何も無い世界で分からない苦しみに悶え、加えてクーゥカラットのぬくもりが消えたのが、大きな恐怖として襲ってきた。


「ルル……ごめんな。俺のせいで、怖い思いをさせてしまった…」

『…? どうして、クゥのせいなの……?』


 ルルは納得出来ないのか、クーゥカラットから体を離して頭をブンブンと振る。


『クゥのせいじゃ、ない。僕だって、知らなかったんだよ? 何にも。だから、誰が悪いとか、無いの。それにね、僕…もうどこも、苦しくない。だから………クゥも、責めないで』


 そう言ってじっと見つめる彼は、クーゥカラットの両頬を手で包んで首をかしげて見せる。言葉通りに元気だと主張したいのだろう。

 クーゥカラットにはその気遣いが充分に伝わったのか、彼は眉を下げて微笑みを見せた。


「ありがとう、ルル」


 頭を撫でられてルルは安堵に目を瞑ると、クーゥカラットの胸元に頭を預けて甘えた。その様子に見守っていたクリスタもホッと胸を撫で下ろす。


「そうか、ルルは自分の種族を知らなかったんだな?」

『うん』

「オリクトの民はな、不思議なんだよ」

『不思議…?』

「人でない事は確か。人間の様な繁殖の仕方をしないから、生まれたばかりは性別が無いんだ」

「性別が無い?」

「ああ、けれど彼らはどうやら、人間に融け込もうとしていたらしくてね。人に触れて、初めて自分の性別を作るらしい。ルルが自分を男だと判断したのも、多分、初めて会話をしたのがお前だったからだろう」

『うん。クゥと話して…初めて、僕は僕だって……分かった』


 そういえば彼は、自分が話すべき言葉を知っていると言っていた。言葉を知っているのも、きっと人間に融け込むための本能的な事だったのだろう。

 生殖器が無いのも、人間と繁殖が違うというので納得出来る。


「殆どの場合、体は性別関係なくそのままらしいけれどな。今度また、詳しく調べてくるよ」

「ああ、ありがとう」

「それじゃあ僕は行くよ」

「もうか?」

「城を手放した理由を尋ねたかっただけだからね」

「そうか、分かった」


 クリスタはクーゥカラットの腕の中に居るルルを見つめ、目を閉じると意識を彼へ集中させる。するとルルは、頭の中で針に刺された様な小さな痛みを感じた。その直後、反響した声が頭に響く。


--聞こえるかい? ルル。

『聞こえる…けど、なんだか……さっきと、違う?』

--テレパスさ。ルルだけに内緒で、言いたい事があるんだ。

『なぁに?』

--クーゥカラットをよろしく。ただそれだけだよ。


 それを最後に、頭の奥底でプツリと糸が切れた様な感覚を覚えた。クリスタが返答を待たずにテレパスを解いたのだ。

 クリスタはキョロキョロ辺りを見渡すルルと、そんな彼を不思議そうに見るクーゥカラットにクスクスと笑う。

 ルルの目に掛かる前髪を退かし、別れの挨拶にと軽く口付けをした。彼は柔らかな唇が触れた感触に目をパチクリとし、すぐに離れた額に触れる。


「ははは、それじゃあ」

「ああ、またな」

『ん……バイバイ、クリスタ』


 クリスタは玄関から出ると振り返り、見送る2人へ手を挙げる。側で待たせている愛馬に跨り、林の出口へと去って行った。

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