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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
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不思議な気まずさ

 よく男は地位や財力、女に溺れると聞くが本当の事らしい。ルルはあまり理解し難い感性に少し考えてから呟いた。


『でもそれなら……ルービィも危険だね』

「え? どうして?」

『どうしてって……美しい(ひと)を、集めるんでしょ? だから危ないと……思ったんだけど』


 ルービィは鮮やかなピンクの目をパチクリさせると、言葉の意味を理解して顔を赤くした。熱をはぐらかす様に、キョトンとしている彼に顔をしかめたあと、プイッと逸らす。


「もう、からかわないで」

『ごめん、思った事、言っただけだけど』

「私はそんなに綺麗じゃないわ。姉様や貴方の方が綺麗よ」

『そう? 誰より誰が綺麗とか……あまりよく、分からない』

「どうして?」

『見えないから』

「え……もしかして、目が? あんなに戦えていたのに」

『剣や足技は……家族に、教えてもらったの。あ、そうだ。それならルービィの顔、教えて』


 まさかそんな要求をされるとは思わなかった。否定したかったのに墓穴を掘ったのと一緒だ。

 ルービィは戸惑いに視線を泳がせたが、少しして消え入る声で「いいよ」と言った。しかしいざ伸びて来た青い手を、反射的に両手で包んで止めた。「嫌?」と少し寂しそうに尋ねられ、僅かに無言を貫いたが、すぐ束縛した手を離す。


「あ、貴方の顔を見たから……見せないのは、不公平かもしれないものね」


 自分へ言い聞かせるようにそう呟いて、怯んでいた背筋を改めて整える。


「そ、その代わり、変だとか、笑ったりとかしないでね?」

『そんな事しないよ』


 ルービィはぎゅうっと目を瞑って体を強張らせる。暗闇の中指先は、頬、鼻、目元と、愛でる様にして顔全体を優しく通っていった。

 壊れ物を扱うようなその仕草に、自然と肩からは力が抜け、恐る恐る目を開いた。しかし、端正な顔がまるで口付けでもする様な距離にあり、体が固まる。動いたら間違って、本当に触れてしまいそうなのだ。

 そんなドギマギする自分が虹の瞳の中で鏡の様に映され、更に熱を運んだ。ルルはそれに気付いて心配そうに首をかしげる。


『熱いけど、大丈夫?』

「え、ええ」

『そう。触らせてくれて、ありがとう。そういえば、足はどう?』

「あぁ、まだ上手く動いてくれないの」

『捻挫なら、水で冷やせば……楽になるかな。水、あるよね?』


 水の香りはすぐ近くから漂っていた。ルービィの手を取って支えながら泉の端まで行き、2人で腰を下ろす。

 水の中に足を入れると、炎症のせいで熱を持っていた場所を程良く冷ましてくれた。ついでに、顔に溜まった熱も逃がして落ち着かせてくれる。しかし胸の高鳴りはすぐに治ってくれない。


(ど、どうしてこんなに痛いのかしら。もう、しっかりしないと)


 ルービィは足元の水を掬って飲んだ。どうしてか緊張したせいで、カラカラになった口の中が心地良く潤う。

 心臓が胸を叩きすぎて、割って出てきそうな感覚だ。下心のある殿方に言い寄られたって気持ち悪いだけなのに、今は顔が熱くなって仕方がない。しかしそれに対して、気持ち悪さや不愉快さは不思議と感じないのは初めてだ。


『ルービィ?』

「ひゃっ!」


 ルルはそんな彼女の感情に気付ける事はなく、追い討ちを掛ける様に顔を覗き込んだ。「大丈夫?」と問いかけながら頬にそっと手を添えられ、落ち着いた筈の顔がたちまち火が出そうなほど熱くなる。出会ってからそう時間も経っていないのに、彼の距離感が近いせいだ。


「だ、大丈夫よ」

『そっか』


 ルービィはやっと距離が出来た事にホッと胸を撫で下ろした。


 ルルも靴を脱ぐと、泉に足首まで入れた。足を泳がせると、水の中にある不思議な煌めきが踊る。カバンから小袋を取り出し、適当に宝石を選ぶと口の中で転がした。

 太陽の地区の端から落ちたここは、月の地区の北側にあるクレーラという森。木の葉や草花の色素が薄く、昼も夜も一定の明るさを保つ。そのため、それを知らずに迷い込んだ者は時間の経過が分からず、更に奥へ誘われてしまうらしい。


「そうだ、ルルって今までずっと旅をしていたんでしょう? どんな国があったの?」


 すっかり落ち着きを取り戻したルービィは、少し声を弾ませて尋ねた。ルルはそれに過去、初めて旅人を見た時の自分と似た好奇心の強さを感じた。

 カバンの中から紺の本を取り出して互いの間で開いて見せる。彼女は「わぁ!」と興味深そうに目を輝かせて覗き込んだ。

 本の中は、1ページ目から国の事のメモでビッシリと埋まっていた。しかし殴り書きというわけではなく、小さなメモすら丁寧な字で、その土地の歴史や文化、家の特徴や道、使われている移動手段や食べ物などが記されている。

 そしてその中でも目を惹かれたのは、国全体を縮小した模型の様な絵と、その土地の代表人物の様に描かれた肖像画だった。


「凄い……何でも出来ちゃうのね」

『何でもは、大袈裟だよ』

「そんな事ないわ。決して過大評価じゃない。そういえば、この国にはどんな用事だったの?」

『地形図を作るために。全ての国を巡って、最後は……誰でも見られる、形にするんだよ』

「これが沢山の人に見てもらえるなんて、とても素敵ね」


 ルービィはまるで自分の事のように嬉しそうだ。だがルルにとっては喜びを通り越して、羞恥の感情が芽生え始める。こんなに手放しで褒められた事がないのだ。

 その恥ずかしさは居心地の悪さになり始め、無意識に彼女から顔を逸らす。


「どうしたの?」

『……言い過ぎ』

「あ、もしかして……照れてる?」

『そんなに、言われ慣れないから。目が見えれば、字が書けるのも……戦えるのだって、普通でしょ?』

「そんなの、他人と比べればキリがないわ。それにルルがやっているのは、やろうと思って簡単に出来る事じゃない。だから凄いと思ったのよ?」


 可笑しそうにクスクスと笑いながらそう言われ、ルルは珍しく押し黙る。確かに偏見が混ざっていたかもしれないと、気まずさが増した気がした。キラキラした眼差しを向ける彼女に、今はなんだか勝てる気がしない。

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