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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と言葉の国】
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一難去ってまた一難

 しかし地面に降り立とうと姿勢を整えようとしたルルの足首を、宝石像のゴツゴツした手が逃すまいと掴んだ。


「ルル!」


 ジェイドは自分よりもひと回り大きな像へ、咄嗟に体をぶつけた。すると、バランスを崩した宝石像が放ったルルを受け止める。


「無事か……!」

『うん、ありがとう。ジェイドも平気?』

「ああ、助かったよ。しかし妙だな、私たちへ確実に攻撃をするようになっている」

『そうだね。さっきまでは……邪魔をするだけ、だったのに』


 前面に広がった光景には思わず苦笑いが出る。槍や剣などを持った緑の像がこちらに向かって来ているのだ。まるで戦場の兵士の様に足並みが揃っている。


『あ……さっき、ジャスパーが……外に居るボクが、2人を、邪魔するって』

「ふむ。宝石を壊しても、心臓部……国宝自体をどうにかしなければ、意味が無いようだな」

『ん……状況が、変わってしまったね』

「はっはっは、一難去ってまた一難とはこの事だ」

『早く、国宝の所に行こう。次が来てしまう前に』


 何故か考え込み始めたジェイドを急かし、腕を引っ張る。しかし彼は、スカイスキーに乗り込もうとしない。兵たちは行進を続けて迫って来ている。


『ジェイド、何してるの?』

「先に行きたまえ。ここでどうにかしなければ、またどちらも身動きが取れなくなるだろう」

『え……駄目だよ、1人でなんて。なら、僕も』

「聞きなさい。ここで食い止める役は誰でも負える。だが、国宝をどうにか出来るのは、君だけだ」


 ジェイドはルルの頭にポンと手を乗せて微笑む。


「私の子を助けておくれ、ルル」


 それまで腕を引っ張ろうとしていた手が、渋々と言ったように離される。

 ずるい。そんな事を言われれば、それ以外の言葉が安くなってしまうではないか。彼は信じてくれている。それなら自分も信じて応えなければいけない。


『……何か、手立ては、あるんだよね?』

「もちろんだとも。私は最高の師匠から錬金術を伝授されたんだ。その力を見くびってくれるな」

『分かった、信じる。気を付けてね』

「ああ、そっちも」


 ジェイドはスカイスキーに埋め込んだパネルを手慣れた様子で操作する。機体は彼に従って空高くへ浮上した。ルルは落ちない程度に地上に顔を出す。


『あとでね?』

「分かっている。頼んだぞ」


 スカイスキーは、まだ何か言いたげだったルルを無視して発進する。あっという間に彼方へ飛んで行った。

 無事見送った直後、今まで大人しかったリンクスが意地悪そうに笑った。


『随分格好つけたな?』

「からかうな。全て思い出したと言っただろう。アレを頼む」

『おうよ』


 ジェイドは荷物を背負ったまま、その中に手を入れる。兵はもう彼を仕留められるだろうと、槍を突き出していた。鋭い刃先が心臓を貫こうとしたその時、彼のリュックの中に入れていた手が何かを握って取り出される。

 その瞬間、小さな物が破裂するのによく似た音が響き、今にもジェイドを殺そうとしていた宝石像が倒れた。


「残った私が、本当に丸腰だと思ったのかね?」


 その両手に収まっているのは、腕ほどの長さをした2丁の銃だった。黒い体に血管の様な赤い線が浮かんで、定期的に点滅している。

 これは彼が幼い頃、自分で最初に作った愛用の銃だった。しかしこの存在も忘れていたから、握るのは10年ぶりだ。

 ジェイドは久々に感じる銃の重さに満足そうにしている。


『鈍ってるんじゃないか?』

「なめるな相棒。一発で命中だ』


 見れば、その弾は宝石像の腹部を貫いていた。弾が鉄を焼く音を立てると、みるみるうちに兵の体がバラバラになっていった。

 この弾は特殊なもので、マグマ石よりも遥かに高い熱を凝縮させて作っている。


「ふむ、悪くない」

『何だ、随分あっさり死ぬじゃねえか』

「人間で言えば心臓を狙ったからな。こいつらは体の中心、つまり腹部に動くための核があるのだよ。それさえ撃ってしまえばお終いだ」


 怯む様子も無くこちらへ進む兵たちの腹を次々撃ち抜いてやると、彼らは同じ様に崩れていった。

 放たれる弾は迷いなく真っ直ぐ彼らを葬り続ける。銃を持ち兵たちと向かい合う姿は、とても楽しそうだ。


「さて、遠慮せずに掛かって来たまえ」


 ジェイドは一斉に刃と殺意を向ける彼らへ、2つの銃口を向けると引き金に指を置いた。


~ ** ~ ** ~


 ルルは一直線に元大図書館へ飛び続けていた。彼は振り返ろうとしない。あの場はジェイドに委ねたのもそうだが、すぐに現れた新しく迫る音に、前を向く以外の選択を奪われたのだ。

 追って来ているのは兵士ではなく、肉食獣の様な歯を持った巨大な花。腹を空かせた花は徐々に距離を縮ませているが、ルルにはスカイスキーのスピードに頼る以外殆ど何も出来なかった。


(捕まったら、本当に食べられそう)


 時折小さな抵抗として、花の前に宝石の壁を作るのだが、それすら力強く突き破って来る。

 何度目かの壁を突き破った肉食花は、自ら砕いたルルの宝石を食べてより体を巨大化させていった。


(核を壊さないと。やっぱり、剣が欲しい)


 核を直接、それも正確に壊すのは、少し繊細な作業だ。慣れない力よりも馴染んだ剣の方が、無駄に力を消耗させずに確実に倒せる。

 おそらくあの炎によって、剣を覆っていた宝石も崩れた筈だ。


(どこだろう? 宝石が多過ぎて……地上に降りないと、分からないかも)


 はやる気持ちを煽る様に、それまで安定していた足元がグラリと大きく揺れた。何事かと後ろを見てみれば、充分に栄養を補給した肉食の宝石花の大口から、新しい花がいくつも伸びてきている。

 それは小さいながらに主体と全く同じ姿で、機体に真っ先にかぶり付いていた。機械なんて苦にはせず美味しそうに喰らい続け、足場は小さくなり、代わりに揺れは大きくなっていく。

 ルルは無数の気配が機械を蝕む事をなんとなく理解した。しかしそれ以上に不味い状況を、宝石の耳が察知する。機械からバチバチと、小さく爆ぜる音が聞こえているのだ。


(あ、まずいかも)


 ルルは嫌な予感に背中を押され、一か八かで自ら飛び降りる。直後、スカイスキーは予想通りにそれなりの音を立て、小さな花を巻き込み爆発した。

 無事に受け身を取れ、宝石の床へ着地には成功した。空からコツコツと、地面にスカイスキーだった破片が、あられの様に降ってくる。


(あぁ……あとでジェイドに、謝らないと)


 今はとりあえず、無事だった事に感謝しよう。偶然でも地上に降りられたのだから、無事剣を探せる。巨大な花は、爆発の煙のせいでルルの姿を見失っていた。

 しかし数えきれない宝石の香りが誘うため、どれが剣なのか判断するのに少し時間が必要だ。それに、別の攻撃がいつ来るかも油断出来ない。


 悩ましそうに周囲を見渡し、剣を求めて歩き始めた時、頭に突然小さな雑音が訪れた。

 しばらく放って置いたが、全く治らない音にルルは不愉快そうに眉根を寄せる。しかしふとその顔は元の表情に戻る。雑音だと思っていたそれが少しずつ大きさを増し、別の音になってきたのだ。

 その音は、多くの宝石の中から主張する様に目立つ宝石の音だった。

 まるで生きているかの様に、自分を呼ぶ音。普段聴く甲高い音ではなく、心地良く低い、体に染みる音だ。足が無意識にその音の方へ向かっていた。


(この音……どこかで、聞いた事ある)


 思い出した。クーゥカラットの声と同じ音程なのだ。

 ぷつりと音が止んだ時、靴先が何かを蹴った。それは探し求めていた剣。ルルは目を丸くしながら、グリップを探るように握る。剣に埋め込まれた石が僅かに瞬いた。

 偶然か必然か、あの不思議と懐かしい音がここへ導いてくれた。もしかすれば気のせいかもしれない。しかしどちらだろうと不安を吹き飛ばすには充分だった。孤独でないと分かるだけでこんなに心が満たされる。早くジャスパーをそこから引き上げなければ。


『……うん、大丈夫。独りぼっちじゃ、ない』


 ようやくルルを見つけた肉食の花が歓喜に叫ぶ。しかし地面に亀裂が入るほどの轟きに彼は驚く素振りを見せず、平然と振り返って剣を構えた。

 独りではなくなった今、不安は無い。


 太い茎から細長い葉が生まれ、振り落とされる。ルルはまるで大剣の様な葉を避けず、剣の腹で受け流した。地面に突き刺さった葉は根深く、すぐには抜けないだろう。次の葉が生み出されるのだって数秒の時間はかかる。

 ルルは橋のようになった葉の上を、切っ先を根元へ向けながら一直線に駆けた。

 先程からいくつも宝石の核の脈動が聞こえてきている。新しく生まれた葉の核は、花とは別で根元の茎にあるらしい。試しに力一杯にそこへ剣を突き刺すと、今まで丈夫だった葉がたちまち、ガラスの様に粉々に崩れ始めた。


 ルルは不安定な足元から、新しく襲い掛かる葉に軽々と跳び移る。時折り邪魔する蔓は、宝石を纏わせて氷の様に固め、動きを鈍らせた。

 それでも新しい葉や蔓など、獲物を捉えようとする物たちはまたすぐに現れる。だが彼はそれに対して、軽く防ぎ続けるだけで攻撃を仕掛けなかった。

 まだだ。本体である花の核を壊すまでに、少しの間だけ時間を稼げればいい。

 花の吠える声が近くに聞こえてきた。ルルは固めた蔓を足場にして更に高く、花よりも上に跳んだ。花は無数の歯を持った大口を開いて構える。すると大きな口を目の前に、彼の目が丸くなり「あ」と呟かれる。そして、そのまま食べられるように包まれた。

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