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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と言葉の国】
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生かすも殺すも

 風を切る浮遊感と同時に、背後でバキバキと音が迫って聞こえ、やはりと閉じた目を開いて宙返りをした。ルルの体は綺麗な円を描いたあと、崖の底から現れた地面に着地する。

 新しく作られた地面は草木の様に伸び、彼を崖の上へと運んだ。


(やっぱりそうだ。この宝石……邪魔するだけで、傷付けようとは、してない)


 崖に追い込んだ槍も、わざわざ一歩手前で現れていた。避けられる猶予を与えている様な感覚は、気のせいではなかったようだ。しかし宝石自体が意思を持っている訳ではないのだろう。これを操っているのはジャスパーだ。

 ルルは降りた場所にある、宝石となった彼の頬に触れる。


『このまま終わらせる、つもりはないよ』


 まだ迷いがあるのだ。この世界を繋ぐのか、壊すのかを。もし迷っていないのなら、容赦なく命を奪いに来るだろう。


『だから、待っていてね』


 正しいのがどちらなのか、もう答えが分かっている筈だ。だがそれが生み出す闇が怖いから、拒んでしまう。しかしその恐怖を放ってしまう訳にもいかない。


『……夢は、終わらなきゃ』


 しかし剣を失った今、丸腰となったルルには手段が残されていなかった。宝石は悩むのに充分な時間は与えてくれない。像から離れた足元のが液体の様に小さく波打つと、周囲を囲んで鳥かごを作り始める。

 小さな鳥かごには出口という優しさは無く、更には徐々に目を細かくしていった。このままでは、身動きが出来なくなってしまう。今は傷付けられるよりも厄介だ。


(そういえば、僕も自分で、宝石が出せる。その力で、どうにか……出来ないかな)


 宝石を作り出す力を上手く扱えれば、攻撃手段にもなるのではないだろうか。例えば今は、この檻を壊すための刃が欲しい。

 目を閉じて、深く、ゆっくりと呼吸する。少しずつ、心臓が脈打つ音が大きく聞こえて来た。心臓が身体中に送る血へ、熱を注ぐ様にグッと中心に力を込める。すると彼の足元が淡く濁り、そこから白の混じった半透明な虹の石が勢いよく突き出した。巨大な長細い結晶は剣に劣らない鋭さで、刃先に触れたマラカイトの檻を容易く砕く。

 自分の石の成長が終わると、ルルは止めていた息を吐き出して肩で呼吸しながら、驚いた様に結晶を撫でた。


(出来た……。人に使うのは少し、危ないけど、今は、便利かも)


 しかし、これを何度も、しかも素早くというように繰り返すのは難しそうだ。力を使い慣れていないせいか、体力の消耗が激しかった。心臓は激しい運動をしたあとの様に脈打ち、乱れた呼吸はしばらく落ち着きそうもない。宝石の扱いは相手の方がうわてだろう。

 呼吸が整う間に、宝石の蔦が足に絡んで動きを封じられ、目の前の道は針の山と化していた。再度体に力を込め、行く手を邪魔する蔦を壊す。


(駄目だ。これだと、キリが無い。一旦離れないと……いつまで経っても、身動きが取れない)


 邪魔をされない僅かな間に走り抜けるしかない。ルルが振り絞る様に全身を硬ばらせると、立ちはだかる結晶の海を新しく平らな石が壊し、道を作り始めた。

 白を含んだ虹の上を、まだ未完成ながらに駆け出す。後ろからは、何本もの宝石の蔓が橋を破って追って来た。


(ここから先、どうしよう)


 とりあえず脱しはしたが、正直考えていなかった。いつまでも走り続ける事は出来ない。もう彼の細い足は限界に近付いている。

 その時、ルルを呼ぶ声が多くの宝石に反射して聞こえて来た。


「ルル!」

『ジェイド?』

「手を出しなさい!」


 遠かった声はあっという間に真上で聞こえ、ルルはそれに従って右手を挙げる。瞬間、ジェイドの大きな両手に掴まれ、蔓に囚われる直前だった足が宙に浮いた。

 引き上げられたそれは、マジェスで親しまれているスカイスキーと呼ばれる空を行く乗り物で、見た目は複雑な紙飛行機に近い。ジェイドが手元のパネルを操作すると、中央に埋め込まれた人工石のモーターが激しく動き始めた。


「怪我は無いかね? すぐにここから離れよう」

『うん、ありがとう』


 元大図書館を迂回するように急発進した彼らを、マラカイトの柱が落とそうと追いかけてくる。しかししばらく、スピードを最大限まで出しているが、距離は徐々に詰められ、機体は限界を訴えて熱を上げ始めていた。


「何て速さだ……!」

『……ジェイド、前に、何かある』


 後ろからの追っ手に気を取られていたジェイドは慌てて前を向く。しかし目の前に現れた巨大な壁は、その頃にはもう、手を伸ばせば触れられる距離にまで迫っていた。足元のブレーキを思い切り踏むが間に合わない。

 すると機体の頭が壁にぶつかる直前、ガクンと下から突き上げられた揺れを感じた。


「うぉ?!」

「っ!」


 スカイスキーは地面から生えたマラカイトの柱に押し上げられ、乗っていた2人はそれごと壁の向こうに放り出される。

 宙を舞いながら、ジェイドは咄嗟にルルへ手を伸ばす。なんとか小さな体を捕まえると、自身の背中を緑の地面へ向けた。ルルは彼がクッションになるつもりなのだと理解して息を飲む。


『ジェイド、ダメ』

「構わん」


 離れようとするが、しっかり抱き留められて振りほどけない。落ちるまで数秒も無く、悪足掻きにギュッと目をつぶった。すると地面から虹の石が芽の様に伸び、彼らとスカイスキーを優しく受け止める。そして巨大な花の蕾の様に口を閉じた。

 呼吸が止まるくらいの覚悟していたが、来たのは軽く背中を壁にぶつけた程度の痛みだった。ジェイドは衝撃の準備に閉じていた目を恐る恐る開く。

 目の前に広がるのは白を基調とした鮮やかな虹の壁。彼は唖然としながらも、腕の中にある小さな鼓動を聞いて、ここが天国ではないのだと確信する。


「ル、ルル、無事かね?」


 背中を撫でられ、小さく頷いてルルは胸元から起き上がった。しかしその体を不安定にグラグラと揺らしている。気を抜けば倒れてしまいそうだ。


『ん……ごめん。まだあんまり……慣れて、ないの』

「そうか、これは君の。すまない、無茶をさせた」

『ううん。庇ってくれて、ありがとう。でも、ちょっと……疲れちゃった』


 閉じかけた瞳にくすみを見たジェイドは、彼が再会するまでに力を大きく消耗したのだとすぐ分かった。このまま再び外へ出るのは危ない。捕まりに行くようなものだ。


「よし、少し休もうか。コイツの体も直す必要がある」


 2人の近くではスカイスキーがバチバチと火花を散らしている。内側も外側もボロボロで、直すのに少し時間が掛かりそうだった。今はいい休憩となるだろう。


「それまで眠りたまえ。焦ってもいい事は無い。とある国では、急がば回れという言葉があるくらい、休息は大事なのだよ。な?」


 ルルはそう言い聞かせられながら優しく寝かせられる。

 ジャスパーの元へ向かいたいと気持ちは早まっていたが、何も言えなかった。彼の元へ行きたいのは同じ気持ちだろうし、何より今の自分は、起き上がる力すら無くなっていると気付いたのだ。


『そうした方が……いい、みたいだね。ありがとう』

「ああ。ゆっくりおやすみ」

『おやすみなさい』


 ルルはジェイドの微笑みに見守られながら、睡魔の闇に手を引かれるままに目を閉じた。


~ ** ~ ** ~


 目を開けた時、暗闇の中でしゃくり上げる声が聞こえた。起き上がったルルがその音の方へ目を向けると、ボンヤリと緑の物が視えた。それは唯一、目の奥で認識する事が出来る国宝の色。泣き声の主は、それを抱えている。

 声を頼りにして歩み寄り、少年の顔を覗き込む。頬に手を添えると、自分よりも幼い子供だった。しかしこの顔付きには覚えがある。


『ジャスパー?』


 彼は泣きながらルルの胸元に縋り付き、震えた声で言った。


「ゴメン、なさいっ……」

『どうして、謝るの?』

「だって、酷い事ヲシタから。2人ヲ閉じ込メタ……っ! 分かったンダ……ホントは。ジェイドに会って、コレはイケナイ事なんだって。なのにボク、力を止められない。声が……言葉が、届かないンダ」


 言葉の魔法の力は強く、まだ操るに彼は幼すぎた。それを知らずに限界まで引き出し、暴走。その結果、少しずつ2人のジャスパーの中で溝が生まれ始めた。やがて想いの違いが深くなり、外の彼は個人としての存在が出来上がったのだ。

 ルルは震える小さな背中を優しく摩る。


『ジャスパー、聞いて? 僕は、酷い事をされた……なんて、思ってない。だって、グリードに滞在するのを、選んだのは、紛れもない、僕自身だから。そうでしょ?』


 これは決して慰めでも偽るための言葉ではない。この国を知りたいからこそ滞在した。2人との思い出を作りたかったから、共に行動を共にしたのだ。そこに後悔など微塵も無い。

 ジャスパーはそれでも、体を離して頭を振る。


「だけど邪魔をヤメナイよ、あっちのボクは。ダカラ……お願い、ルル。あのボクを、殺シテ」

『──違う』

「え?」

『君が僕に、願うのは……そんな事じゃない』


 言葉の意味が分からず、思わず呆けた顔をする。それでも優しく声は続いた。


『暗闇を怖がって……夢を守ろうとする、あの子は、紛れもなく、君の心の……1つだ。それを、君が受け入れなくて、誰が君を、愛するの? 誰が救うの?』

「……、……」

『君を愛するのは、僕ら他人じゃない。君を殺すのも、生かすのも、ジャスパーだけ』


 ルルは冷たい体を包み込む。どれほど永い間、人のぬくもりに触れなかったのだろう。これ以上震えさせる事はしない。


『望む事……本当に望む事を、言って。願いを叶える事に、魔法は、必要ないの』


 目元に溜まり、今にもこぼれそうな涙が指で掬われる。彼は慈愛を含んだ目をどこまでも優しく細めた。


『聞かせて。ジャスパー、君は、何をしたい? 自由な、君の言葉で、教えて』

「……ボク…………」


 こちらを真っ直ぐに見つめて逃がさない、吸い込まれそうな虹の双眸。世界の色を混ぜながらも、自身の色を見失わないその瞳に、今まで感じた事のない安心感を覚えていた。全てを委ねてしまいたくなる、我らが《王》の言葉。

 ジャスパーの瞳から大粒の涙が雨の様に次々と、願いと共にこぼれ落ちる。


「外に出タイ……本物の、本当の外にっ。ココから、助けて、ルル……!」

『……約束。君を独り、殺させないから』


 ルルは声をあげて泣く彼を再び抱きしめて「もう少しだよ」と呟くと目を閉じた。まずは自分が目を覚まさなければいけない。

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