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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と言葉の国】
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綺麗が好きな彼の願い

 ルルがグリードに来て1週間が過ぎた。今日ジェイドは用事があるらしく、久し振りに1人で出歩く。

 今居るのは、国の入り口に近い物売りたちの橋。グリードに来たばかりの頃に、利用させて貰った場所だ。


「おや、あんた新しい物売りじゃないか?」


 飛んで来た声に少しだけ遅れて足を止めた。活気ある女性の声を頼りに振り返り、それらしい気配にぺこりと頭を下げる。彼女は果物を売っていて、爽やかな甘い香りが漂ってきた。

 彼女はジェイドにルルの存在を教えた相手だった。


「どうだい、商品は売れたかい?」

『うん』

「そうかいそうかい。しっかし随分と若いじゃないか。もしかして、旅でもしてるのかい?」


 頷く彼に、彼女は我が子の様な健気さを感じたのか、手元の果物を彼の手に握らせた。ルルは手に収まる懐かしい感覚に目を瞬かせる。


「プルーナは好き? 持ってお行きよ」

『でも、商品なのに』

「いいんだよ、売れなきゃ腐っちまうだけだ。それに、若いんだから食べなきゃね」

『……ありがとう』

「まだしばらく居るのかい? 困った事があったら何でも聞きな」

『ありがとう。じゃあ、早速なんだけど……この国について、聞いていい?』

「ああ、どんと来い」


 胸をドンと叩く音につられ、ルルの口から「ふふ」と嬉しそうな息をこぼれる。


『この国の、特徴的な場所とか……ある?』

「そりゃあなんて言ったって、大図書館さ」

『ん……それ以外は、何かある?』

「そうだねぇ……なんせそんなに広くない国だからねぇ。あとはこの物売り場くらいさ」

『そう。少し、歴史が浅い、のかな』

「ああ、そんなに歴は長くないよ。でも、大図書館の本の多さで一目置かれてる国でもあるのさ。知識だけは逸品ってね」


 まだ旅をして2年という短い時間だが、確かに今までの国に比べると、明らかに本の量や質が上だった。国を少し周って見ると、歩きながら本を読む器用な民も多い。


「あとはジェイドのお陰もある。知ってるかい?」

『うん、知ってる』

「そうかい。あの人の知識はとても膨大でね。グリードの誰よりも聡明だよ。その頭の良さもあってか『マジェス』という国の科学者と仲が良いんだ。立ち寄った事はあるかい?」

『ううん、まだ無い。いつか、行くだろうから、覚えておくよ』


 ふと、人の気配を感じて振り返る。その人物は親しい客のようで、亭主は明るく出迎えの声をかけた。もう少し話したかったが、これ以上長居すれば邪魔になってしまうだろう。亭主はルルが店から一歩後ずさった事に気付いた。


「あぁ、悪いね」

『ううん、色々答えてくれて……ありがとう。プルーナも』

「いいんだよ。また来ておくれ。そうだ、この国を知りたいなら、やっぱり大図書館が手っ取り早いよ」

『分かった。ありがとう』


 ルルは手を振った彼女へ頭を下げ、控えめに手を振り返し、店をあとにした。



 やがて賑やかな物売り場から道を外し、建物の壁に寄って足を止める。あれから他の物売りたちにも尋ねて周ったが、あまり有力情報は貰えなかった。みんな、最初に出会った女亭主と同じような答えだらけだ。

 ルルは緩く握った手で口元を隠しながら、難しそうな顔をする。


(あんまり人に、深く聞く事は……出来ないのかも。やっぱり、自分で調べた方が、いいかな。なんだかこの国……()()()()している気がする)


 彼らから得た情報で分かったのは、この国が良くも悪くも静かだという事だった。先程聞いたように、あまり目立つものが無い。


(静かなのはいいけど……ただ静かなだけじゃ、ない気がする。不思議な国)


 ルルは雲が眩しく映える青空を見上げ、肺の中を入れ替えるように息を吸って再び歩き出す。その足は、国の全てが集まっているであろう大図書館への道を辿った。


 少し久しぶりに、大図書館前の低い階段を登って巨大な門を潜った。立ち止まると、コツン……と彼の足が止んだ音だけが響く。


(今日も人は、居ない)


 本棚に囲まれている中央まで進み、キョロキョロと周りを見る。やはり自分以外の気配が、ジャスパーのものを含めて感じなかった。


『ジャスパー……僕だよ。どこかに居る?』


 この中に居るであろう彼へ呼びかけたが、しばらくの間応答は無く、返事を待ってただ立ち尽くす。するとどこからか、宝石の香りが空気に漂い始めた。香りが強くなったと感じたと同時、首に誰かの腕が絡まる。


「!」

「ル~ル」

『ジャスパー?』

「ウン。来てくれたンダネ」


 ルルは頷きながら仮面とフードを取り、首元に絡んだ彼の腕にそっと手を添えた。ジャスパーは抱き着く格好のまま、静かに地面に降りる。確かめるようにルルの頬を撫でながら、嬉しそうに瞳を細めた。虹の双眸は今、自分の赤と緑を含んでチラチラと反射している。


「フフ、待ってたヨ、来てくれるのを。会えて嬉シイ。早速オ喋りシヨウ」

『いいよ』


 ルルは初めて出会った頃と同じく、彼の取って置きの場所へ導かれる。そして先程の微かな宝石の香りを思い出して、後ろへ振り向く。


「? ドウカシタ?」

『ジャスパーは今、宝石とか持ってる?』

「ううん、持ってないヨ?」

『そう……。気のせいかな』


 ルルは胸の中で小さく首をかしげながらも、促されてソファに腰を下ろした。ジャスパーは愉快そうに空中で踊った。


「サァ、何の話をしよウカ」

『ん……僕、君の事を……もっと、知りたいんだ』

「ボクのコト?」


 ジャスパーは踊るのを止め、色違いの目をパチクリして自分に指をさす。すると、可笑しそうに目を細まり、肯定を示された。

 そんな堂々と知りたいと言われたのは初めてだ。別に嫌ではない。しかしいざ意識するとなると少し恥ずかしく、時間を稼ぐように彼の周りを泳いだ。


『嫌?』

「う、ウウン。どうぞ。何ガ知りたい?」

『ジャスパーはどうして、綺麗なものが好きなの? 小さな頃から、好きだって聞いたから』

「ン~別にね、綺麗なモノが大好きってわけじゃナカッタよ。最初はネ」

『そうだったんだ。じゃあどうして?』

「……だって好きでしょ? ミンナ、綺麗な存在」

『みんな?』

「うん。綺麗なモノを嫌う人は居ないデショ? たとえ妬んだりする人は居てもサ。ダカラ、ソレを集めたり、ボク自身がソレになれば、少しはみんなと……仲良くなれるカナ~なんて、ネ?」


 ジャスパーは目を伏せながら、まるで悪い事を反省しているかの様に、歯切れ悪く呟く。最後になるにつれ、言葉は掠れてしまうほど縮小していった。

 グリードの国民たちは皆、緑の髪を持つ。しかしその中で、彼だけが濃い茶色を持っていた。しかしいくら自身を美しくしても、やはりその溝はどうにも埋められず、今もなお孤独でいる。

 ルルは彼の言葉をいまいち理解出来ず、難しそうな顔をした。


『どうしてジャスパーが、そうなる必要が、あるの?』

「え?」

『分からない。だって、姿が変わっても、君自身は……何も、変わらないんだよ。人は違うものなのに、そんなに、おかしいの?』


 ルルにとって、何故ジャスパーだけが姿を変えなければいけないのか、理解出来なかった。何故姿形で、人々からの意見が変わるのかが分からない。盲目であるがために彼は知らないのだ。人にとって、同じ世界に異色があるのを嫌う事を。


『クゥもね、自分の色を……嫌いだって、言っていたの。僕は、綺麗だと、思ったのに』


 そっと、彼の髪へ撫でるように指を通す。風を必要とせずに靡くその綺麗な髪は、一切指に引っかからない。しかしなんだかジャスパーには、指の愛おしそうな動きに後ろめたさに似た感情を覚えさせる。


「……それは、盲目だからサ」

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