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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と言葉の国】
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遺された魔法

 ジャスパーの短い悲鳴と共に、バチンッと大きく爆ぜた音が大図書館全体に響き渡った。瞬間の爆発音の直後、手から仮面がこぼれ、カランと乾いた音を立てて床に落ちる。


『ジャスパー……?!』

「う、ゥっ」


 ジャスパーは激痛で空中から床に落ちると、体を縮めた。その綺麗な白い手は、仮面の触れた場所が赤く焼けている。ルルは慌てて立ち上がり、小さく呻く声を辿って体に触れる。彼は微かに震えていた。


『どうしたの……っ?』

「わ、分から、なイ。手が熱くなって、体が痺れて……仮面に触ッタラ、急にっ」


 バタバタと1人の走る音が聞こえたと思った時、ジェイドが顔を見せた。


「ジャスパー、ルル!」


 この静かな空間にあの爆発音が響いたのだ。非常事態だと判断し、駆け付けたのだろう。

 ジェイドは床に伏せるジャスパーと、彼に付き添うルルに目を丸くする。


「どうしたんだ?!」

「ジェイド……」

『僕の仮面を、ジャスパーが触ったら』


 ジェイドはそう言われ、ルルの目が露わになっている事に気付く。彼らと落ちている仮面を交互に見てからジャスパーに駆け寄った。


「ルルは仮面を」

『う、うん』

「ジャスパー、見せてくれ」

「ン……う……」

「怪我は……ふむ、手が火傷を負っているな。少し待ちなさい」


 仮面を掴んだ指先だけ、軽く赤くなっていてまだ少しだけ熱を感じる。ジェイドは背中の荷物から、平たい瓶を取り出して蓋を開けた。中は薄黄色をした塗り薬がいっぱいに詰まっている。

 ルルは仮面を胸にし、心配そうにこちらを見ている。ジェイドは2人へ安心させようにと微笑んだ。


「大丈夫だ。この程度の火傷なら、この薬を塗って翌朝には治る」

『本当? 痛みは……?』

「これを塗れば和らぐよ。大丈夫だ」


 ジェイドは傷口へ優しく火傷用の薬を塗ったあと、それぞれの指に葉をそこへ乗せて包帯を巻いた。葉はミヤと呼ばれる木から生える物だ。それには傷口を早く治す効果がある。


『ジャスパー、どう?』

「うん……ヒリヒリしなくなってキタ。体モ楽になったヨ。モウ大丈夫」

『そう……良かった……。ごめんね、痛い思い、させて』

「ううん悪くナイよ、ルルは。ボクもごめんね、心配させたネ」


 ルルはそっとジャスパーの手を取り、包帯越しに火傷へ口付けした。ジャスパーはそれでも不安そうに目を揺らす彼を優しく抱きしめる。

 ルルは両手に乗る仮面に目線を落とす。自分が持っても着けても、全くの問題が無い。しかしあれはまるで、拒絶を見せる様な攻撃だった。


(クゥが持っても、平気だったのに)

「ふむ、しかし仮面を触ろうとして、か。ルル、少し見せてくれないかね?」

「……」

「大丈夫、触らんよ。見るだけだ」


 ジェイドは、美しい瞳を濁らせるルルの頭をそっと撫でる。ルルは彼へ、恐る恐る仮面を見せた。

 装飾品に知識の無い者が見ても、この仮面は高級品だと分かる。上品に宝石や金、銀を散りばめた逸品だ。もちろん珍しい見た目でもあるが、貴族の間では流通しそうな物にも見える。

 ジェイドは品定めしたあと、触れない程度で、仮面に手を近付けた。すると細いエメラルドの目を驚愕に見開く。


「これは……ただの仮面ではない」

『え?』

「一般的に持ってるヨウナ物じゃナイの? アヴァールの国で」

「ああ、そもそもこれは売り物ではないな。ルル、これは誰から貰ったんだね?」

『僕を助けて、くれた人。僕の家族だよ。外に、出る時のために……これと、このマントも、用意してくれたの』

「ふむ、なるほど。そういう事か」


 ジェイドの声には納得の中に、まるで共感する様な柔らかさが混ざっていた。


「ルルの家族は、随分と君を大切に想っていたんだろうなぁ。これには、魔力が込められているのだよ。それも、君を守護するための力だ。ルル以外は触れぬようにと」

『どうして?』

「仮面を外す、マントを脱ぐ……そしてそれを他人が触れようとする。それで簡単に予想出来るのは、ルルの危機だ。きっと奴隷商人や、宝石狩りにあった時を想定したのだろう。だからジャスパーが触れようとしたのを、それは拒絶したという訳だ」


 ルルは初めて知った遺された魔法に目を丸くした。まさかこれは彼の手作りだったのか。クーゥカラットの優しい手が、自分の未来を考えて丁寧に作り上げる様子が描かれる。彼はやはり、自分が旅立つ事を知っていたんだ。

 ルルの瞳から雫がポロポロとこぼれ始める。ジェイドとジャスパーは、仮面を抱き締めて静かに涙を流すルルに慌てた。


「ルル、ドウシタノ?! どっか痛い……?」

『ううん……違う。嬉しいの。その人、魔力を昔に……大きく、消耗させいてたから。なのに、クゥ……僕のために』


 2人は彼の様子に、互いの顔を見合わせて安堵に微笑んだ。ジャスパーは彼の涙を水晶になる前に指で掬って、慰めに目尻へキスをする。


「ねェルル、聞きたいな、ボク。ルルが大好きな、その人の話。なんか、可愛らしい名前ダネ。クゥ、だっけ?」

『あ、それは僕が、呼んでいる名前で……本当は違うんだ。本当は、クーゥカラット』

「クーゥカラットだって?」

「ン? 知ってるの? ジェイド」

「ああ、もちろん。アヴァールの五大柱で、他国にも有名だよ」

「へ~、スゴイ人なんだ」


 感心するジャスパーとは対照的に、ルルは少しだけ不安そうにジェイドを見た。生前、あまり彼のいい話を聞いた事が無かったからだ。冷酷、残虐、悪魔……アヴァールの国民は好き勝手に言っていた。

 ジェイドはルルの視線の意味に気付き、ポンポンと頭を撫でる。


「もちろん、いい噂だけではないがね。だが、彼の活躍は大きかった。その活躍のお陰で、今は奴隷制度が確実に減っているんだよ。そうか、クーゥカラット殿ならば…確かにルルを大切にしただろうな」

『クゥを、悪く言わない人……クゥの友達以外、初めてかもしれない。ありがとう、ジェイド』

「いいや、私も彼のやり方は引き継いでもらたいと思っているからな。最近はあまり噂を聞かないが…元気かね?」

『クゥは、2年前に、死んでしまったんだ。クゥの親を、恨んだ人に』

「えっ?」

「あぁ、そうなのか……。すまない。悪い事を聞いた」


 ルルはジェイドの小さく、申し訳なさそうな声に目を閉じて頭を振った。彼はソファに座り直し、そこに立て掛けた剣を胸に抱える。


『クゥともう、一緒に居られないのは……寂しい。でも僕、今はもう、悲しくないんだ。僕もクゥも、独りぼっちにならないために、約束を、しているから』

「約束?」

『うん。この剣…………クゥが、死んでしまう時に、この中に、自分の魂を宿らせる……そして、僕の終わりまで、見守るって……言っていたの。だからこの剣は、その約束のお守り』


 そう囁いたルルの声が頭に聞こえたと同時、ジェイドの目には、剣に装飾された宝石が応えるように瞬いたのが見えた。


『いろんな約束を、してるの。だから僕は、それを叶えたいから、僕の、やりたい事をするんだ。クゥが、教えてくれた事を、一緒に暮らした時を……悲しいだけに、したくないから。僕が終わった時、楽しく、話が出来るように。だからね、ジェイドも、謝らなくていいよ』

「そうか。お前さんは、本当に大切にされていたんだな」

「その人とどんなフウに過ごしたの? 色々聞きタイ」

『いいよ。クゥとは、セルウスショーでね──』

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