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宝石少年の旅記録  作者: 小枝 唯
【宝石少年と旅立ちの国】
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愛を知らない子ども

 クーゥカラットが奴隷を連れてやって来たのは、ガネール城から南に数キロ離れた小さな林だった。たどりついた拓けた場所には、一軒家が建っていた。二階建ての家を中心に、小さな花が咲く庭が広がっている。

 クーゥカラットは、ネックレスのペンダントヘッドであるシトリンを黒い服の中から取り出して、蔦の絡まった木製のドアに晒す。カチャリと音が扉から聞こえると、ゆっくりと開いて2人を迎え入れた。

 中に入るとクーゥカラットは、空いている右手の指を擦らせパチンと軽い音を鳴らす。それを合図に、家中のランタンやシャンデリアに明かりが灯った。明るくなった部屋を見渡すと、それまで険しかった彼の顔が穏やかに緩む。


「久し振りに来たな。思えば城じゃなくて、ここで寝泊りをすれば良かったんだ」


 ここは、クーゥカラットが幼い頃から使っている隠れ家だった。彼にとっては、今も大事な思い出が詰まる暖かな場所だ。もちろん面積を見ればガネール城とは比べられないほど狭い。それでも必要最低限、生活出来るようにはなっている。


「さて、この子をどうするか…だな」


 クリスタに連絡をして、この子の家族を探すのが最善だろう。別に、主人になるために買ったわけではないのだから、これからはこの子の自由だ。

 しかし何の手がかりも無い今、まずはコミュニケーションを取れるようにしたい。

 クーゥカラットは暫くその場で考えていたが、取って置きを思い出す。小さな手をそっと離すと、とりあえず頭をポンポンと撫でてから部屋の奥に入った。

 奴隷は頭に何をされたのかと目をパチクリとさせる。試しに自分の頭を同じように触ってみるが、結局は分からなかった。


 クーゥカラットは部屋の隅にある棚の引き出しを漁る。


「確かここに……」


 1番下の引き出しを開けると、そこには細かな装飾がされている茶色の小箱があった。クーゥカラットが探していた物だ。

 中には、紐に括られてネックレスとなった真っ白な宝石が1つだけ、クッションの上で眠っている。手の平サイズの宝石を持ち、見つめながら小さく言葉を囁く。すると宝石は囁きに応えて淡く輝き、自身を赤紫に染めた。

 クーゥカラットはその姿に満足そうに頷き、箱だけを戻して子供の元に向かった。目の前で膝をつき、宝石と繋がっている紐を細い首に掛けて両手を握った。


「はじめまして。聞こえるか?」

「!」


 子供は頭の中に突然響いた音に宝石の目を丸くし、一体何なのかと辺りを見渡す。クーゥカラットはその反応を『聞こえた』ものだと判断し、ホッと胸を撫で下ろした。

 彼に渡した宝石は希少で、アレ自身が主人と見なした存在の命令により、自由に変化する物だ。ただしその力はたった一度のみで、変化するともう二度と元に戻る事も出来ない。以前クリスタから貰ったのだ。

 今この宝石は、クーゥカラットの望みによって通話石となった。この石を持つ相手へ声を投げかければ、それは本人に伝わる。そしてこの子が話したいと思えば、石を通じて、相手へ音を届ける事が出来るのだ。


 落ち着かない様子の子供に、クーゥカラットは頬に手を添える。それに導かれ、輝く虹色の双眸が静かにこちらを向いた。


『………そこに……居る、の…?』

「え?」


 クーゥカラットの頭の中に響いたのは、まだ幼く、ゆっくりとした透き通る声だった。声は低くも高くもなく、どちらかと言えば少年かと思う音だ。

 それは確かに宝石が通す少年の声なのだが、クーゥカラットは思わず戸惑いを見せる。少年はそれに不思議そうにした。


「しゃ、喋れるのか?」


 クーゥカラットは、てっきり彼が言葉を喋る事は出来ないと思っていたのだ。先程の反応からして、彼は初めて声を聞いた筈だ。だからこそ、言葉自体を知らず、作る事が出来ないと判断していた。

 少年はその指摘に目を瞬かせ、暫くすると首をかしげた。言われてみれば、どうして自分は目の前の人と、普通に会話が出来るのだろうか。


「言葉を習った事があるのか?」

『ううん……今が、初めて。でも、どうしてかな……僕が、喋るべき言葉も…貴方の言葉も……僕は、知ってる』


 彼は独り言の様に言うと、左右に首をかしげる。

 だがこちらに聞こえる言葉一つ一つのゆっくりさがぎこちなく、慣れていないのが分かる。会話が始めてという事は確かなようだ。


 しかし何はともあれ、少年は言葉を手に入れた。意思疎通が初めて出来るようになったのだから、いろんな事を喋りたかった。たとえば、目の前の人が誰なのか、ここはどこなのか。そして、手、足、首に重みが無い理由を知りたかった。

 少年は自分が奴隷から解放された事を知らないのだ。


『貴方は………だぁれ…?』

「俺はクーゥカラットっていうんだ」

『クー、ラ…?』

「あぁ、難しいか?」

『くー、クゥーラ…クー………クゥ?』

「それが呼びやすいなら、そう呼んでくれ」

『ん…。ねぇ、クゥ、今日は…いいの?』

「何がだ?」

『腕とか、足とか……首に付ける、重たいの』


 クーゥカラットはその言葉が何を指すのかが少しの間分からなかった。しかし視界に入った彼の手首の傷跡に気付き、それが少年を縛っていた枷の事だと理解する。


「あぁ…もう必要無いんだ」

『どうして?』

「もう、奴隷じゃないんだ。二度とあんな枷は付けなくていい」

『どれい……? 僕は、奴隷…だったの?』

「知らなかったのか?」

『うん。覚えている、最初の記憶から……枷はずっと、付いて、いたから』

「……、…」

『クゥ?』


 少年は自分の頬に触れてくれる暖かな手が、急速に冷たくなったのを感じた。

 クーゥカラットは絶句し、彼に応えられないでいた。まさか、物心付いた頃から奴隷として捕まっていただなんて、想像していなかったのだ。これでは少年の家族を見つけるのは難しい。

 だが彼にとってそれは悲しいという感情を持たせないだろう。だってそれが当たり前なのだから。考えるだけで心の奥が凍り付き、喉が詰まった。


 クーゥカラットは少年の腕を引き寄せ、力強く抱き締めた。突然体がぬくもりに包まれ、少年はキョトンとする。


「すまない…お前を、不幸にしてしまった」

『どうして、あなたが、謝るの…?』

「俺が止められなかったからだ……。でも、これからはそんな不幸には遭わせない、絶対にだ」

『僕、どうなるの?』

「これから、お前の家族になってくれる人を探すんだ」

『かぞく?』


 首をかしげる少年に、クーゥカラットは抱擁を解いて微笑み頷いた。クーゥカラットはこれから、彼を一個人として、養子に迎え入れてくれる存在を探そうと思っていた。少年を愛してくれる人を。

 しかし当の本人はどこか分かっていない様子で、目をパチクリとさせる。そしてクーゥカラットの手をそっと握った。


『クゥと、一緒?』

「何だって?」


 クーゥカラットは少年に見当違いな返事をして唖然とする。まさかそこに自分の存在を求められるだなんて思っていなかった。


「いいや、俺とじゃない。お前を愛してくれる、大切に思ってくれる人の所だ。俺とは、その人が見つかる間だけだよ」

『どうして?』

「俺は……お前を、幸せには出来ない」


 家族の愛なんて知らないのに彼を幸せにするなんて、クーゥカラットは想像すら出来なかった。考えれば考えるほど、もしかすれば少年を不幸にするのではないかという、形の無い妄想が渦巻いて止まない。

 少年は少し寂しそうに目を伏せ、もう1度首をかしげる。


『クゥと、一緒に…いちゃダメ、なの?』

「…駄目だ」

『何で?』

「………俺は…酷い人間だからだ」


 少年は小さく掠れた言葉に、虹の両眼でじっとクーゥカラットを見つめた。その瞳に数秒間、自分の情けない顔が映る。心までも見透かし、汚れたものすら美しく溶かしそうな瞳はまっすぐに捉えてきて、こちらも逸らせない。

 少年はクーゥカラットの大きな手を自分の頬まで持って行く。


『じゃあ、叩いて』

「え?」

『僕を、叩いて……あなたが、ひどい人だって……僕に…教えて?』

「…、……」


 少年にとって、クーゥカラットの手は初めての優しさだった。おぼつかず、小さな歩幅である自分が転ばないようにと歩く彼が、酷い人間だなんて信じられない。

 クーゥカラットの目線がそこで初めて、戸惑いに泳いだ。彼を突き放すためとは言え、手をあげる事は出来ない。

 クーゥカラットは迷いに迷って、恐る恐る口を開いた。


「……幸せに出来ないかもしれない。お前のような子供と、一緒に居た事なんて無いんだ」


 少年は何も言わず、優しい瞳でコクリと頷く。クーゥカラットは出掛けた言葉を、口の中に留めて1度噛み砕く。そして、不器用な笑みを作った。


「…………俺と…なるか? 家族に」


 クーゥカラットの小さな震える声に、少年は返事の代わりに広い胸元に抱きついた。クーゥカラットはそれに一瞬体を強張らせたが、細い少年の体を優しく抱き締めた。


 クーゥカラットは小年の額に優しく口付けする。少年は安心に目を閉じると、お返しする様に彼の顔にすりっと頬を擦り付けた。

 クーゥカラットは思わずくすぐったそうに笑うと、体を離して目を合わせる。


「それじゃあ、お前の名前を決めよう」

『僕の…名前?』

「そうだ。これからのお前を導き、表す名だ」


 こちらを見つめる虹の宝石は、少年の首をかしげる仕草に合わせ、色を変えた。今はクーゥカラットの瞳を反射し、赤と紫を基調にした虹を見せる。

 やはりそれは幻と言われるだけある美しさだ。しかしその魅力はきっと宝石だけではない。彼の瞳だからこそ、その宝石は美しさを存分に発揮しているのだと、クーゥカラットは感じていた。そう、つまりは『ルルの宝石』は彼自身。


「……ルル」

「?」

「瞳と心臓の宝石の名前だ。お前だからこそ、その石はとても美しい。その名はお前を表すのに相応しいと思うんだ。きっとこのせいで不幸を見たかもしれない…。けれどそれだけではない、その美しさが導く幸せもある筈だから」

『………クゥはそれを…僕として、呼んでくれる?』

「ああ」

『それなら…いっぱい、呼んでほしい』

「あぁ、ルル。ルル…これからよろしくな」

『うん、よろしく…クゥ』


 彼に呼ばれると、不思議と胸が暖かくなる。まるで遥か昔からその名であったかの様だ。

 ルルと名付けられた少年は、低く優しい声に心地良さそうに目を閉じた。

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