宝石の花
サクサクと、足元から少し硬い草を踏む音が聞こえてくる。ルルはジェイドの後ろ姿を追う途中で、時々立ち止まって周りを見渡した。ここはエムスの林。細く背が高いのが特徴的だ。その細さは全て均等で、160のルルが抱き付いた先で自分の手を触れるくらいだ。天辺は遠すぎるせいで霞むほどだ。
ジェイドもそんな彼を後ろにしながらも、置いて行かないよう、一定の距離を保ちながら先を行く。またしばらくの間木々の中を進むと、彼は足を止めた。
「さて、ここら辺でいいだろう」
ルルは改めて林を一周見回し、深呼吸して緑の香りを味わった。
手紙の主への手土産にと、ジェイドと共にこの雑木林にやって来たのだ。近くにある木へ手を伸ばし、ツルツルと滑らかな木肌を撫でる。ジェイドはエムスの木自体に用があるらしい。
『この木を、どうするの?』
「コイツの根元から、少し樹液を拝借して……それに水を合わせる」
ルルはしゃがんだ彼の真似をして膝を折り、作業を始める手元を眺めた。
ジェイドは背中にした荷物を地面に下ろし、中から試験管と小さなナイフを取り出した。刃がエムスの木肌に小さな傷を作り、中から半透明な樹液が溢れ出て、試験管の中へと垂れていく。やがて樹液が止まる頃にはちょうど、水の入った試験管の半分まで満たされた。
ジェイドは興味深そうにしているルルへ、試験管を差し出した。ルルは慎重に受け取り、試しに鼻を近付ける。しかしツンとする臭いは決していいものとは思えず、珍しく顔をしかめた。
『すごい匂い……』
「はっはっは、何故こんな臭いだと思う?」
『んっと……。身を守るため、とか?』
「その通り。虫の歯を避けるには、最適な香りという訳だ。そのまま持っていてくれ。そこにな……おぉ、あったぞ」
そう言って彼が拾い上げたのは、小指の爪程度の花の種。それをルルに持たせた、樹液を入れた試験管の中に落として、軽く振るって混ぜる。
「種を入れたら、仕上げだ」
ジェイドが荷物の中から取り出したのは、丁寧にたたまれた小さな紙。それを広げた中には、陽の光に当たると黄金色に煌めく白い粉が包まれていた。
それを試験管に入れ、少しの間中の液体を見守る。
『…………どうなるの?』
「まぁ待ちたまえ。もうすぐだ」
その言葉を合図にした様に、ルルは試験管が小刻みに震えて熱を持つのを感じた。
やがて中で震えていた種が割れ、亀裂から小さな芽が顔を出した。その芽はあっという間に成長し、高く伸びて試験官から頭が飛び出すと、真っ白な花が咲いた。幾重にも花びらが重なった花から甘い香りがふわりと漂い、ルルは仮面の下で目を丸くする。
『これ……花が、咲いたの?』
「ああ。錬金術の一種さ」
『魔法みたい。すごい、ジェイドッ。ねぇ、僕も、その人へのお土産……何か出来ないかな?』
「ふむ、そうだなぁ。おぉそうだ、取って置きがある。君の力を貸してもらえれば、これは最高の土産物になるだろう」
『何をすれば、いいの?』
「オリクトの民が、自身の手で宝石を生み出せるのは知っているかね?」
『うん』
「それと同様に、触れた物を鉱石に変える事が出来るのだよ」
『そんな事、出来るんだ。どうやるの?』
「まず変化させたい物に触れ、自分で好きな宝石をイメージしてみたまえ。そして、触れている対象をそれにしたいと強く思いながら、力を注ぎ込む様に息を吹きかけるんだ」
ルルは試験管をジェイドに渡し、花を両手で包み込む。意識せず呼吸を浅くさせながら、形をなぞるように撫で、それを辿って頭の中に1輪の花を描いた。
(……アメジストになったら、綺麗かな)
そんな事を心の中で呟き、花へ向けてふぅっと息を吹きかける。その時、頭の中でキィンと石が鳴いた音を聞いた。
すると、彼が触れていた花びらの1枚1枚が、絵の具を沁み込ませるように紫へ変わり始める。その広がりは、花にとっては2度目の開花となった。パキパキと音を鳴らし、しっとりと柔らかかった花びらが徐々に冷たい鉱物と同じ硬さになるのを、手の中で感じた。輝きは指の隙間からこぼれ、もう1つの太陽のように木々を照らす。光が収まった頃、ルルは恐る恐る手を離した。
現れたのは、見事な宝石の花。白かった花びらは、黒にも見える深さから透明に見えるものまでと、様々な紫色を持ったアメジストになっている。花本来の、力を加えれば壊れてしまいそうな繊細さは残されたままで、その作品は、職人でも根を上げそうな仕上がりだ。
重くなった花の頭が、茎からポトリとジェイドの手の中に落ちる。傾いた太陽の陽を浴びた宝石の中で、取り込んだ光が美しく爆ぜている。
「ふむ……純度も高い、美しい宝石だ。実際は初めて見るが、やはりオリクトの民の力は素晴らしいな…。だがルル、力を使って体はどうだね? 具合が悪くなったりはしていないかい」
ジェイドはルルの手にそっと宝石の花を持たせながら、呆然としたままでいる彼の顔を心配そうに覗き込む。ルルはハッと我に返ると、慌ててジェイドに頭を振った。
『大丈夫。ただ、びっくりしただけ。こんな事出来るんだね。本当に宝石……。でも、どうして?』
「これは単なる説だがね。オリクトの民は、人間と異なって自然界に近い存在。だからこそ、彼らは自在に変化させる事が出来るのではないかと言われている。その力が何なのか、それはまだ解明されてはいないが」
『不思議だね……。そういえば、今から会う人、宝石が好きなの?』
「ん? あぁいや、宝石に限らず美しい物が好きなのさ。自分も美しくあろうと姿を変える」
『美しい物?』
「ああ、ルルの事も気に入るかもしれんな。悪い奴じゃない事は確かだよ」
『そうかな。でも会うの、楽しみ』
「ふっふっふ、準備も整ったし……夜が来る前に大図書館へ行こうか」
『うん』
ルルは宝石の花を大切そうに包み込み、再びジェイドの背を追って街へ向かった。




