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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と芸術の国】
213/217

それぞれの舞台へ

 芸術祭は優秀作品に3人、最優秀作品に1人が選ばれる。4人の中で舞台と展示から2人ずつだ。ルルはその場には居なかった。発表の場は創作者たちだけの決まりなのだ。特別に招待される形での参加を申し出てもらえたが、ルルは断った。参加を辞退した身なのだから、特別を受けるには相応しくない。

 ルルがアルナイトたちと待ち合わせ場として居るのは、祭壇広場。芸術祭の終わりに、労いの意味を込めた小さな宴がここであるらしい。きっと今日がアルティアルで過ごす最後の日になるから、目一杯楽しもうと今からわくわくしている。

 ルルは本に記したアルティアルの様子や姿を、思い出を巡るように指でなぞった。指が、最後に小さな文字をなぞる。ルルにとっては、国についてではないメモ。しかしこれからの旅で忘れてはならないものだ。それは神に嫁いだ人という文字。純粋なることを望んだ人間。本当に居たのか、それとも逸話なのかわからないその人が、ルルは気になって仕方なかった。

 祭壇広場の中心にいる女神像。それがその人だと言う。ルルは石を切り取って作ったベンチから腰を上げると、優しく俯いて目を閉じるその顔へ手を伸ばした。


「ルルー!」


 薄青い手が石造りの肌に触れる直前、元気な声に思わず止まる。別に触れても問題なかっただろうが、なんとなくやめておこうと体が動いた。

 ルルは手を引くと、声に振り返った。瞬間、アルナイトの体がぶつかる勢いで飛びついてきた。ルルは慣れたように、彼女の体を受け止める。上機嫌で興奮しているのがわかる。ルルは遅れてやってきたフロゥへ、どうだったかと虹の目を向けた。


「アルナイトとファルべさんが、優秀作品に選ばれた」

「うん、納得の審判だよ」


 マリンは後ろでうんうんと頷いている。

 最優秀作品に選ばれたのは画家だった。その作品は神と女神を描いたもので、見た全員が見事だと思えるものだったそうだ。そんなに素晴らしいのを見られなかったのは残念だ。フロゥとマリンは残念ながら選ばれなかったが、個別での審査員との会話や自分の実力を最大限出せたことに満足しているようだ。もちろん、精進は惜しまないが。

 結果よりも皆晴れやかで、ルルも嬉しそうに目を細める。参加者全員、どの賞を獲るかは余興の中の1つに過ぎないのだ。最優秀賞を獲った画家もそれは同じ。

 ルルは苦しいと思えるくらいに強く抱きしめるアルナイトの頭を、優しく撫でた。すると彼女はばっと体を離し、えへへと笑う。


「先生に、頭撫でてもらえたんだ! 上手に描けたって!」

「……僕も」


 少し恥ずかしそうに呟いたフロゥの頭を、マリンも撫でる。すると彼の顔はもっと赤くなった。だがそれを聞いて、ルルも納得した。アルナイトがずっと興奮していたのはそれだったのか。


「でも、ルルの本が見られなかったのは、ちょっと残念だなぁ」


 本来は展示される予定だったのだから、そう思われるのも無理ない。しかしルルは大丈夫だと、笑みを浮かべるように頬を緩める。この本を完成させたら、訪れた全ての国に1冊置いてもらう予定だ。それを頼める相手がいるから。ルルはそう言ったあと、マリンに「今見る?」と本を差し出した。すると彼は首を横に振る。

 その宣言はとても壮大で無謀だ。しかしきっとルルなら有言実行すると、確信的に思えた。だから遠慮しておこう。楽しみは取っておいたほうが、生きるのが楽しくなる。ケーキのトッピングを最後に残して心待ちにする時と同じだ。


「……宴が終わったら、発つのか?」


 皆が心の中で思っていたことを代弁したのは、宴に興じようとやってきた芸術家たちに紛れたジオード。ルルは彼に視線を向けて頷いた。


『そのつもり。さっき少しだけ、国宝の音が、聞こえたから』


 尋ねるように白い目を向けられたアウィンも、同調するように頷いた。寂しいが、それが運命。短いこの歳月は、関わった者たちにとって永遠になる。だったらあとは、宴を盛り上げて見送るだけだ。

 それに永遠の別れではない。アウィンたちの母国と、ここアルティアルは同盟を結んだのだから、縁は永く続く。


「リッテ、お前には別の席があるが、どうする」

「申し出は有難いが、ここに居させてもらう」


 用意されているのは、同盟国代表としての席だ。ジオードはリッテの返答がわかっていたのか、ただ頷いただけで強制する気はないようだ。これは形式上の会話にすぎない。

 しかしふとアウィンは、隣に立つリッテの様子に首をかしげる。


「リッテ、寝不足ですか?」

「いや……」


 否定はするものの、リッテは歯切れ悪く目元を顰める。ここ数日、時々視界がぼやける時があるのだ。瞬きをすれば治るからと、これまでは特に気に留めていなかった。しかし今はそれだけじゃない。脳の奥底から、何かが呼ぶような音が聞こえてくる。

 だがリッテは首を横に振って濁した。これから宴だ。茶々を入れたくない。もしこれ以上悪化すれば、抜ければいい話だ。


「宴にはな、いろんなご馳走が出るんだ! ルルも甘い飲み物、好きだろ?」

『うん』

「アルナイトが好きな、ラフの実を搾ったジュースがあるんだ」

『ほんと? ラフの実、僕も、大好きなんだ。宝石以外で、初めて、食べた物なの』


 アルナイトはそれを聞くと、好物が同じだと嬉しそうにはしゃいだ。まだ屋台が並ぶまで時間があるが、お腹が空いてくる。空腹を紛らわすように水を飲んだアルナイトは、「ルルも飲むか?」とコップを差し出す。しかし頭の中で返答が来ない。

 彼は目が見えないから、アルナイトはそれまで水筒を落とさず渡せるようにと、手元を見ていた。だからそこでようやくルルの顔を見て、その虹の目が空を見ていることを知る。


「ルル?」

『……声、が』


 頭に聞こえた言葉は、心の内を零したかのような辿々しさ。小さなルルの声は皆に聞こえたのか、全員「声?」と周囲を見渡す。確かに宴の準備で賑やかだが、特別意識を引くような音は聞こえない。

 その瞬間、ルルがその場にしゃがみ込んだ。すると、それに続いてリッテが目元を抑え、義足をふらつかせた。ルルをフロゥとアルナイトが、リッテをアウィンが咄嗟に支える。


「ルル、リッテ!?」

「ど、どうしたんだ2人とも!」

「目、が……熱いっ……!」

「リッテ、見せて」


 アウィンは硬く瞑ったリッテの目を、なんとか開かせる。深い赤色をした、ガーネットの全眼。その奥底から、普段はない光が見えた。


「これは一体……?」


 しかし原因がわからないまま、光は赤に溶けるようにして消えていく。それと同時に、2人の体から強張りも治った。ルルは抑えるように触れていた鉱石の耳から手を離し、アルナイトたちに支えられながら立ち上がった。


「ルル、だ、大丈夫か……?」

『…………国宝の音。呼んでる』

「やはり国宝……? しかし、それならなぜリッテの目が」


 アウィンの疑問が途中で止まる。そして改めるようにリッテを見つめた。本人はわかっていないのか、ただ先ほどの感覚を不愉快そうに目元を顰めている。


「リベルタの国宝は、ガーネット。リッテ、お前の目がルルが聞こえる国宝の音と共鳴をしたのなら」

「まさか……!」


 聞いていた全員、驚いたようにリッテとルルを見比べる。つまりは、世界の王を呼ぶ次なる国宝はリベルタのガーネット。なんて偶然だ。


「でも、収まったんだろ?」

「ええ、そのようですが……。ルル、どうですか?」

『……行かなきゃ』

「えっ」


 先ほどまでの国宝の呼び声は小さく、まだ数十と時間の猶予がある。だから急いでいなかったが、今のは違った。この国宝の叫びには、既視感がある。


『国宝以外が、国宝の力を借りて、僕を呼んでる』


 以前の幻想の森と似ているのだ。これは国宝が、別の人物の手によって救いを求めている。この感覚は、あくまでもルルにしかわからないだろう。しかし彼がそう言うのならば、ここに留まるわけにはいかない。


「ルル、行っちゃうのか……?」


 人よりも少し冷たいルルの手を、アルナイトの暖かい手がそっと、縋るように握った。ルルは表情を探るように、彼女の頬に手を添える。彼女の頬は少し汗ばんでいるように思えた。緊張に強張っていて、必死に言葉を紡ごうとしている。


「宴もまだだし、まだ、いっぱい話たいことあるんだ! だから」

「アルナイト」


 止めるように、アルナイトの肩にジオードの手が回される。アルナイトは泣きそうな顔でジオードを見上げながらも、いつの間にか強く握りしめていたルルの手を解放する。彼女は堪えるようにズボンをぐっと握りしめ、声を上げずにポロポロと涙を流し始めた。

 わかっている。引き止める資格だってない。だけど、それでも……いざ別れとなれば、悲しいものは悲しいんだ。

 ルルは鼻を啜る音と涙の匂いに、ジオードを見上げる。彼は視線に何かを感じ取ったのか、アルナイトの肩に置いた手をそっと離す。それから数歩後ずさったのを音で聞くと、ルルはアルナイトを抱きしめた。アルナイトは彼をぎゅーっと強く抱き返す。


『僕、世界の王(ぼく)を必要とする人の所に、行かなきゃいけない』


 わかっているけれど、アルナイトは堰を切ったように泣き出した。隣にいるフロゥはつられたのか、慌てて顔を逸らして目元を乱暴に拭う。

 ルルは旅人。しかも世界を背負った者。彼の手、彼の愛を必要とするのは世界中にいる。自分よりもっと困った人だっている。だけど世界は広い。もう二度と会えないかも知れなくて、離したくなくて、苦しいと思うほどに、抱きしめる腕に力が入る。


「ルルぅ、ごめん、オレ……うぅ、やっぱさみじいぃ」


 ルルはふふっと笑ったような息を吐きながら、アルナイトの頭を優しく撫でる。そして、お伽話をするように、優しく彼女だけに語りかけた。


『よく、思い出して、アルナイト』

「んえっ?」

『僕ら、たくさん、冒険したね』


 鼻を啜りながら、アルナイトは優しい声にこくこくと頷く。2人だけで、誰も見たことのない洞窟の入って、雪のように美しい翅をした虫を見た。ハプニングのせいで離れても、お互いを信じて頑張った。これは2人だけの思い出。


『暗闇が怖いのに、1人で僕を、探してくれたね』

「ん、うんっ……」


 頭の中で『楽しかったね』と呟かれ、アルナイトは涙混じりでも思わず笑った。ルルはそっと体を離し、涙に濡れた彼女の目元にキスをする。


『だから、大丈夫。また、会える。君の絵と、僕の本が』

「うん、うんっ、そうだよな!」

『ずっと一緒。僕はずっと、ここにいる』


 ルルはアルナイトの腕を飾っているブレスレットを撫でる。それはルル自身が作った、同じ色はない特別なお守り。

 本音を言えば、アルナイトは寂しいまま。何度も経験してきたルルのように、割り切ることはできない。だが、さっきよりも大丈夫だという気持ちが強かった。きっともう、涙はこれが最後だ。


 アルティアルからリベルタは、馬車を走らせて4日ほどかかる。しかし馬車は無いから、歩いて行かなければいけない。そうなると宴に参加する余裕はなかった。

 アルナイトたちは宴の準備から抜け出して、ルルたちの見送りのために国の出口へ来ていた。それぞれ、別れを短くも惜しむように言い合う。ルルはフロゥと握手を交わしながら、彼の目を見つめる。少しだけ赤い。見えないからバレていないと本人は思っていただろうが、涙の匂いも人それぞれ違う。


『フロゥも、泣き虫だ』

「えっ……あ、い、言わないでくれ」

『元気でね』

「……うん、ルルも。気をつけて」


 アウィンはマリンとファルベに1つ、思い付いたように提案する。


「祝言をあげた際には、ぜひリベルタに報せの絵を送ってくださいませんか?」

「いいのかい?」

「ええ。こちらからも祝いを贈らせてください」

「ありがとうアウィン。旅路には、気をつけてくれ。また会えるのを楽しみにしてる」


 ジオードはリッテと、同盟国としての事務的な会話をしているようだ。しかしそれも終わると、ふぅっと息を吐いて腕組みをする。


「最初から最後まで忙しないやつらだ」

「半分はソナタらのせいだろ?」

「……それを言うな。リベルタまで長いだろ」


 ジオードは少しバツが悪そうにしたが、持ってきた布袋を渡す。中身は、小さな黒色をした歪な球体。リッテは見慣れないものに「なんだ?」と怪訝そうにする。そんな彼の隣に、アウィンがどうしたのかと覗き込んだ。


「おや、コニートの干し肉ですか。いいのですか、こんなに」

「貴重なのか?」

「他の動物よりも栄養価が高くて、旅には重宝するんです」

「まあ……詫びの品だと思え」

「ふふ、ありがたく」


 ジオードは最後、仮面とフードで身を隠したルルをじっと見つめる。ルルは視線を感じて、唯一見える口元を緩ませて見上げた。


「……達者でやれ」

『うん。ジオードも』


 ルルは頭の中で小さく呼ぶ国宝の声に振り返る。そろそろ発たなければ。


『みんな、ありがとう』

「お世話になりました」

『さようなら、また、会える時まで』


 3人の足が、アルティアルの途中から出る。去っていく背中に、アルナイトが前へ出た。彼女はアルティアルの出口ギリギリに立つと、思い切り息を吸う。


「またなーーー!」


 響き渡る声に3人が振り返る。リッテは軽く頷き、アウィンは深く頭を下げる。そしてルルは手を高くあげて、別れに大きく振った。


 宴の準備は順調だった。もう個別で経営する屋台なんかは、客寄せに精を出している。五大柱の1人であるジオードは、別れを惜しむのは短く、宴への作業に戻っていた。かと言っても、もう粗方済んでいる。彼に残されたのは、自分の絵の設置だ。1人では少し苦労するが、何も言わずともフロゥが手を貸してくれた。

 ジオードの力も弱くなる。それを察したフロゥは、力作業を率先して手を貸していた。もちろんこれはジオードを思ってのことではあるが、彼の絵を間近で見られる機会でもある。役得というものだ。


「フロゥ」

「はい、ジオード様」


 絵を吊るし終えたフロゥは、呼ばれて振り返ったが妙な感覚を覚えた。こちらを見つめるジオードの静かな目は、既視感がある。しかし、ジオードの目は少しだけいつもより優しく思えた。それでもフロゥは、無意識に背筋を伸ばす。


「知っての通り、俺は生い先短い」

「え、な、なんでそんな……あ、アルナイトが悲しみます」

「いいから聞け。俺だって長くお前たちを見ていたいが、そうもいかん。わかるだろ?」


 フロゥは言い逃れできない現実の話に、何か言いたげな口をもどかしくも閉じる。魔法の知識が比較的多い彼には、強い魔力を消費したジオードの体にどれだけガタが来ているか、嫌でもわかる。


「だから、俺が居なくなったら、アルナイトを頼む」

「えっ? ど、どうして僕に……?」

「お前、アイツに好意を持ってるだろ」


 2、3回、フロゥの紫と青を混ぜた目が瞬く。瞬間、たちまち顔に熱が広がるように真っ赤に染まった。普段ならば冷静な口も、今は意味のない言葉が漏れて、戸惑いを隠せない。しかしジオードもまさかそんな反応をすると思っていなかったのか、一瞬キョトンとしたあと可笑しそうに笑った。


「なんだ、気づいてないのはアルナイトくらいだぞ」

「え、そ、そんなっ……!」


 一度もそんな話をしたことはなかった。恋にうつつを抜かすなんて、半人前の自分には許せないから。しかし実際ジオードの言う通り、マリンやファルベにもバレバレだった。やはり愛しいものを見る特別な視線は、普通を装うには難しいのだろう。

 フロゥは顔を赤くしたまま、ジオードへ深く頭を下げる。


「ふ、不埒な目で見て、申し訳ありません……!」


 場所をわきまえて声を控えつつも、その言葉はジオードの耳には激しく聞こえた。

 ジオードは再び顔を唖然とさせながら、やれやれと言ったようにため息をつく。まったく、この男はどこまで真面目なんだ。そのせいで今もから回っている。


「落ち着け。さっき俺はなんて言った?」

「え? えっと」


 フロゥはなんとか頭を落ち着かせ、つい数秒前の記憶を辿る。思い返した彼は、再度驚いて目を丸くした。ジオードは「アルナイトを頼む」と言っていた。それは想いを認め、許しているということになる。しかしフロゥの心は、喜びよりも不安をもたげた。


「で、でも僕は」

「なんだ、お前は同性愛派だったか? 一応確認しとくが、アルナイトは女だ。まあ、男としていた時からだろうから、無理もないが」

「違います。アルナイトの性別は問題ではありません。ただ……僕は男です」


 フロゥは目を恐れているように半分伏せて逸らす。思い出すのは、湖で必死に体を洗う昔のアルナイトの姿。

 彼女は実際にされはしなかったが、複数人の男に手をかけられそうになった。だからそれを思い出した今は、異性に拒絶を抱いているはず。今はあくまでも友として、同じ師の元で励む同じ弟子としての関係だ。アルナイトがフロゥへ向けているのは、純粋な友愛。そんな信じていた相手に、違う好意を向けられているだなんて、彼女にとっては裏切りになるのではないだろうか。


「僕はアルナイトが好きです。でも、ただ笑って、一緒に居るだけで充分なんです。アルナイトを一方的な感情で傷つけたくない」


 強がりでもなんでもない。自分の感情に嘘をついているわけでもない。これは紛れもない本心だ。


「一方的、か。たしかに、今はそうかもしれんな。だが、そのうち色々と変わる」


 ジオードは俯いたフロゥの頭を、少し強めに撫でる。揺れる視界に、フロゥは穏やかな顔をした彼を見上げた。


「俺が言えた試しじゃないが、変わるのは、悪いことじゃない。アルナイトもそうだ」

「そう、でしょうか」

「まあ俺も、終わるまで隣に居るつもりだが、どのみち、お前たちは長く付き合うことになる。頼んだぞ」


 離れていく手に、フロゥはいつも通りの返事をできなかった。しかし迷いに対してジオードは焦る様子はなく、その場をあとに去って行く。遅かれ早かれ、選ぶ時がくる。その瞬間まで、間違えながら迷えばいい。2人が独りになることはないのだから。


「フロゥ~!」

「うわっ!」


 後ろからアルナイトに抱きつかれ、その場で時を忘れたように立っていたフロゥは情けない声を上げる。アルナイトはその反応に不思議そうにしながらも、目の前のジオードの絵と彼を見比べる。


「どした? 先生の絵見てたのか?」

「あ、いや……その……」


 アルナイトはフロゥの、青と紫が混ざる瞳が好きだった。いつもしっかり目が合うのに、逸らされて寂しい。きっと何かあったのだ。

 アルナイトはそんな彼に、ずいっとコップを差し出した。それは屋台で買った、ラフの実のジュース。半ば強引に受け取ったフロゥの木の器へ、自分のをコツンとぶつける。あっけに取られている彼に、アルナイトはへへっといつもの無邪気な笑顔を向けた。


「宴はまだ始まったばっかだ。ルルたちの分まで楽しまなきゃな!」


 アルナイトはフロゥの手をいつも通り握って歩き出す。しかしフロゥはまた手に力を入れられなかった。一体どうしたのかと、アルナイトは足を止めて振り返る。


「……アルナイトは、僕が怖くないのか?」

「へ?」

「だって、僕は男だ」


 アルナイトは目を何度かパチクリとさせる。言っている意味はわかるし、彼の様子がおかしい理由もなんとなく理解できた。今だってきっと、見知らぬ男に触れられたら恐怖で体が竦むだろう。だって、思い出すだけで怖いのだから。

 しかしアルナイトは少しだけ考えて、前よりも柔らかな笑顔を浮かべた。


「フロゥはオレに、ひどいことするか?」

「す、するわけないだろ」

「へへ~、だよな! 知ってる。だから怖くない。オレ、フロゥのことずーっと大好きだもん」


 彼女の言う好きは、全員へ向けた親愛。そうだとわかっているが、フロゥは思わず顔に熱を溜める。アルナイトは少し汗ばんだフロゥの手を、「それに」とぎゅっと強く握った。


「オレはオレだし、フロゥもフロゥだろ?」


 フロゥはそんななんでもない言葉にキョトンとした。そうだ、記憶が戻っても、彼女の言動は全然変わらない。変わらず無鉄砲で、放っておけないじゃないか。


「……そうだな」

「行こ、腹減った!」

「食べすぎるなよ? またお腹壊す」


 小言にアルナイト「なんだよぉ」と不貞腐れる。しかしすぐ、2人は楽しそうに笑った。一緒に走るフロゥの手は、今度こそアルナイトの手を強く握り返している。

 時が経てば、関係は変わるだろう。しかしそれぞれが描いて進むその舞台で、各々の華は美しく咲く。

また更新が開いてしまい、申し訳ありません……!!

スランプではないのですが、少し精神的に落ちる時間が長くなってしまい、調子を戻せませんでした……。少しずつ書いていますが、また更新頻度が落ちてしまうかもしれません。必ず完結まで走るので、よければお付き合いください。


【芸術の国】アルティアルはこれにて終了です!長くお付き合いくださり、ありがとうございました!

登場するキャラが多かったり、伏線が中々に難しかったりと、理想にするまでだいぶ苦労しました。ですが、そのおかげで全員大好きです。

ジオードは数年と長くない命です。きっと困難だらけでしょうが、みんなが居るから、大丈夫でしょう。

長くなりました。次回はリベルタです。国宝の力を使ってルルを呼ぶのは、誰でしょうか?更新を、お待ちいただけると嬉しいです!

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