紡いだものを。
芸術祭の開催式は、大きな花火の音で始まる。出店に夢中になっているお客は賑やかな音に誘われて、青空の下に設置された舞台に集まった。観客の中には、ルルたちも居る。開幕はまず、アルティアルの起源から。神の寝床に1人、また1人と増えて色彩豊かな国へ変わる物語。
そこからはみんな待っていたように、思い思い舞台の上を舞っていく。彼らの表情はとても晴れやかで、評価はただの余興に過ぎないのが分かる。これまでの成果を存分に発揮する。その喜びはとても単純で、それでいてハツラツとした生き物の美しさを感じさせた。
次に音楽と共に出てきたのは、一体の人形。マリンによる、人形劇だ。いつもは操り手のマリンも一緒に出てくるが、彼は遅れて登場した。寝そべる人形を優しく抱き起こして、音楽に合わせて踊る。動きは抑揚があるが、規則正しいダンスではない。これは1つの物語を音楽に合わせて表現するミュージカルだ。
離れて触れて、また離れる。なんだか切なく、愛おしく、美しい。人形を見つめるマリンの目は、傀儡を誰かに見立てているようだ。それにはみんな既視感があった。ファルベを想った目に似ているのだ。そうこれは、ファルベと出会ってから今までの物語。抽象的だが、それでも分かる。やがて人形とマリンは静かに抱きしめ合い、観客へ腰を折ると舞台を降りた。
「綺麗だったなぁ」
「ああ、こっちも胸が鳴るくらいだった」
舞台は次々彩りを変える。魔獣を操る者、剣舞なんかも見事なものだ。何人か終えた頃、マリンが舞台を観客としてルルたちと合流した。何やら急いで来たのか、息を荒げている。
「やあ、良かった。間に合った」
次はファルベだった。彼の舞台は衣装を着て披露することだけではなく、神に嫁いだ女神の歌に合わせて舞う。流れるのは幼い少女が紡ぐ言葉。
- 弱き人、しかし強く生きた人。切なる祈りは神への歌に -
- 答えた神は、歌に言葉を授けた。人への言葉、それは道となる。神への道となる -
- 人は求める、純粋なることを。人は求める、神の御心を -
言葉に合わせて、ファルべは祈る仕草をし、時には懇願するように空へ両手を伸ばした。宝石の糸で一本一本紡いだ衣装。純白な布は青空から差す太陽の光によって輝き、彼を何倍も美しく見せる。
歌に合わせて翻る衣装は、よく見れば花嫁衣装の形をしている。この恋物語に合わせたのだろう。
(純粋なること)
見えないルルは、ファルべの動きを気配の影で追いながら、歌を反芻する。その人が求めたそれは、なんだかオリクトの民が持つもののように思えた。ビジュエラの人々は美しさにこだわる。だから別に、珍しくない歌詞だろう。だがルルには、なんとなくそう思えた。その人は、なぜ純粋を求めたのだろうか。
いつの間にか歌は踊り、ファルべは全てを終えた達成感に恍惚な表情で、観客へ頭を下げた。美しさと見事な踊りに、観客は割れんばかりの拍手を与える。ルルは思考から醒め、遅れて拍手を贈った。
「ルル、ファルべから聞いたよ。僕の人形がみんなの作品の邪魔をしたって。そしてその件をあの子がかぶりそうになった所を、助けてくれたんだろう?」
『うん。無事に完成して、良かった。みんなのも』
「芸術祭に無事参加できるのも、僕らが濡れ衣を着なかったのも、ルルたちのおかげだよ。ありがとう」
ルルはそれに一泊置くと、ふるふると首を横に振った。
『僕はあの時、姿を晒して、いなかった』
「え?」
あの時、人々は呪いと国石の穢れによって錯乱し、正常な判断ができなかった。そんな人物を相手するのは慣れていたし、解決法も分かっている。それは仮面を外して目を見ながら話すこと。しかしアルティアルの人々は、そうする前に冷静になった。
『マリンが、そんな人ではないと、誤解を解いたのは……国民の1人だった』
それはマリンとファルべが、アルティアルで築いた信頼があってこそだ。ルルの言葉は、今回はきっかけにすぎない。それを知ったマリンは驚いた顔をしたが、すぐにどこかくすぐったそうに笑った。
「この国に来て、本当に良かったよ」
ルルが頬を緩めて頷いた時、隣のアルナイトが肩をちょんちょんと突く。
「次、アウィンだぞ」
直後、ポーーンと聞き馴染みのある音が聞こえてきた。それと同時に観客は静かになる。オーアトーンの音だ。リッテの赤い指先が丁寧に音を並べていく。そこに、中央に立ったアウィンが深く息を吸い、言葉を乗せていった。
初めは穏やかなメロディだが、夜が明けるように、少しずつ軽快なリズムに変わっていく。その様子はアルティアルの人々を聴いているかのようだ。そこに、よく通る低い声とまるで女性のような透き通る高い声が、祝福を歌う。
(音、いつもより、伸びてる)
ルルも少しだけ心配していた。しかしアウィンの声は、オーアトーンに負けることなく、自由に伸びている。今の彼からは、恐れも緊張も感じられなかった。ただ純粋に楽しみ、乗せた想いを届けるために歌っている。
歌が終わり、余韻を残してオーアトーンが最後の音を鳴らす。空に溶けるように消えた瞬間、大きな拍手や口笛が2人を包んだ。アウィンは立ち上がったリッテと優雅に腰を折る。高揚した様子でリッテに振り返ると、珍しく彼も満足そうに笑って頷いた。
~ ** ~ ** ~
太陽が真上から少しだけ体をずらした頃、人々が訪れるのは展示館。普段はここに、老若男女問わず絵画やオブジェを展示している。五大柱に許可さえ取れば、名声があろうが無かろうが関係ない。そんな国にとって大事な場所だ。
外に設置されたベンチで、ルルは1人座ってアウィンたちを待っていた。アルナイトとフロゥは、展示品の説明や講評のために別行動している。マリンたちも舞台の講評で、あの場に残った。先にルルだけで回って、あとで合流するのも良かった。だがせっかくなら一緒に展示を見たい。どんな作品なのかを聞きながら回れたほうが、ルルにとって楽しめる。
フロゥもアルナイトも、無事、最大限の技術を駆使して絵を完成させたと言っていた。アルナイトに至っては、モデルはルル。だからどんなものかとてもドキドキする。実際にこの目で見られないのが、本当に残念だ。
「?」
一瞬、ルルの頭に小さな石の声が聞こえた。ただの声ではない。国宝の声だ。しかしアルティアルの新たな国宝、クリソベリルのものではない。
「ルル、ここにいらっしゃいましたか」
「お待たせいたしました。いかがしましたか、ルル様?」
音はすぐに消えた。おそらく新しい国宝の呼ぶ声だろう。不思議そうにしたアウィンとリッテに、ルルはなんでもないと頭を横に振る。これを見届けたら旅立つから、もう少しアルティアルに居ることを許してほしい。
ルルはベンチから腰を上げると、合流した2人へ、事前に買っておいた飲み物を渡した。
「おや、いいのですか?」
『うん。お疲れさま、2人とも。あのね、とっても良かった。昨日まで、聞いていたのに、全然……全てが違った。すごく美しい、音と言葉だった』
「ふふふ、ありがとうございます」
「そう言っていただけて、光栄です」
早く感想を伝えたくてうずうずしていた。ルルはアウィンとリッテの手を繋いで、間に入る。
『アルナイトと、フロゥたちの絵、一緒に見よ?』
「ええ、もちろんです」
「僭越ながら、お供させていただきます」
展示館の中は、3種類の部屋に分かれている。まずは観客が触れたりできる、五感を駆使して感じる展示品の部屋。次に、立体を主にした展示室。そして最後に、絵画の展示室だ。アルナイトとフロゥは、この最後の展示室で観れる。それぞれの展示室の最初に、これまでの芸術祭で優勝を飾ったものが展示されているらしい。
アルナイトから、芸術は絵だけではないとは聞いていた。しかしここまで自由度が高いとは、ルルの想像を超えていた。歩けば音が鳴る床や、触ると四季を演出する小さな洞窟を模した小部屋。子供たちがはしゃいでいるが、気持ちがよく分かる。
楽しいだけではなく、きちんとした技術の上に成り立っているのがよく伝わる。絵画や立体展示品とはまた違う、想像の限界の目指し方。まるでこの建物自体が、芸術作品のようだ。
次は立体作品の展示室。これはまた違った圧巻さを感じる。天井まで届く巨大なものから、細かな装飾を施した手の平サイズのものまで。それぞれ、自分の手でしか生み出せないものを存分に刻んでいる。触れないものがほとんどだから、アウィンとリッテから情報を貰いながら、形を想像する。実際の形をルルは判断できないが、それだけでも不思議と胸が高鳴った。
お読みいただきありがとうございます!
今日この日のために仕上げたものを、みんな紡いでいきます。一瞬で過ぎ去るものですが、経験や記憶として一生残るもの。
蛇足ですが、作者は芸術系の専攻を受けたので、講評会を何度も経験してます。夢に出るくらいにトラウマです。技術不足だったので仕方ないのですが、二度と受けたくないですね……。
次回はアルナイトとフロゥの絵。そして結果と別れ。ついにアルティアルの章、最終回です!




