表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と芸術の国】
207/217

思いを形に

 まだひと気の無い道を、ルルとアウィンはピンクローズへ向けて歩いていた。ルルは早起きだ。時間を数字で読めないから、朝特有の空気の変化と、鳥の声で起床する。そんなルルを胸に抱きしめるように寝ていたアウィンも、必然的に目が覚めた。

 しかしルルの足取りは、アルティアルに訪れた頃から少しも変わらないように思える。ここ数日、ずっと緊迫感の中で動き回っていたというのに。それも、昨日はたくさんの鉱石を作っただけでなく、国宝も新しくした。

 さすがに昨晩は疲れもあっただろうが、ひと晩寝たら、何事も無かったかのようだ。アウィンはまだ、若干疲労に引きずられている。永く生きる彼らと人間の差なのだろうか。


『用事って、なんだろうね』

「ええ。しかし、少し早く来すぎたかもしれませんね」


 アウィンは胸元にしまった懐中時計に視線を落とす。壁に囲まれたアルティアルに朝日が訪れて、まだ数時間と経っていない。普段ならば、ピンクローズも開いていないだろう。するとルルは確かめるように、仮面越しで遠くを見つめた。

 この時間、しかも芸術祭への仕上げ時期。外に出ているのはルルとアウィン。そしてもう1人、遠くに気配があった。


『足音、するよ。たぶん、ファルベが待ってる』

「なぜファルベ殿だと思うのです?」


 ここまででは、流石に気配を感じられても、それが誰のものなのかまでは分からない。それでも判断できたのは、足音の伝わり方だ。

 一箇所に留まりながらも、まるでその場で足踏みでもしているかのように鳴っている。そわそわしているのだと分かる足音を鳴らすのは、ファルベである可能性が高い。それに、気配と音の距離を測っても、ピンクローズがある付近だ。


『早く、行ってあげよ』


 ルルは足音のそわそわにつられたのか、少し楽しそうにアウィンの手を引っ張った。

 小走りに向かうと、肉眼でピンクローズが見えてきた。すると店の入り口に人影があった。どこか落ち着きのない様子のその影は、ルルの予想通りファルべのもの。石畳を踏んだ時の鉱石の音で、ファルべも2人に気付いたのか視線が合った。


「おはよう2人とも」

『おはよう、ファルべ』

「おはようございます。ずいぶんと待たせてしまったようで」

「あぁ、いや。こっちから誘っておいて、寝坊なんてするわけにはいかないから」


 そうしたら、思ったよりも早く起きてしまった。ファルべはそう言って、少し恥ずかしそうにはにかむ。

 2階ではなく、ほの暗い店内に案内された。昨日の疲れが出たのか、住居スペースでは、マリンがまだ寝ているのだ。

 2人をテーブルに用意した椅子に腰を下させ、ファルベは「少し待っていてくれ」と、商品が重なった壁に覆われた奥へと入る。言葉の通り、数十秒という短さでテーブルに帰ってきた。薄桃色の手には、宝石で装飾された小綺麗な小箱。ファルベはそれを、2人に見えるように置いた。ルルの鉱石の耳が、中から綺麗な石の音をそれぞれ2つ拾った。じっと見つめる虹の目でそれを察したのか、ファルベは微笑んで頷き、焦らす事をせず蓋を開ける。

 中で静かに煌めいているのは、2つの腕飾り。頑丈な宝石の糸で編んだレースに、所々丸く研磨された宝石が装飾されていた。レースの幅が短いものと長いもの、2種類がある。


「美しいですね。ファルべ殿の作品で?」

「ああ、昨日の夜に作ったんだ。2人にと」


 ルルとアウィンは、予想外の事にお互いの顔を見合ってキョトンとした。ファルべに手を出して欲しいと言われるまま、彼らは片手で器を作る。アウィンには、レースの幅が短く上品なもの。ルルには幅が長く、少し派手なデザインをしたものを、それぞれ渡す。

 シャラシャラと流れる綺麗な音。手触りも良く、丈夫でいて軽い。ほの暗いここで、僅かな光を集めて星のように煌めいている。思わず手元で見惚れたあと、アウィンは我に返ったのかハッとして慌て出す。


「い、頂けません、こんな素晴らしいものを……!」

「2人のために作ったんだ。貰ってくれないと、むしろ困るよ」


 そう言われると、アウィンはうっと押し黙った。ファルべは無下にしたくないという思いで、彼が無理には返さないと分かっていたようだ。少しファルべにしてはイタズラ気に笑う。しかしすぐ、優しい微笑みを浮かべた。


「もうすぐ出て行ってしまうんだろう? だから何か……言葉だけじゃなくて、他の方法で、形に残るものを渡したかったんだ」


 しかしファルべの声は、ほんの少し申し訳なさを感じた。それは彼が元旅人だからだろう。危険を伴う旅路で、荷物というのは命綱。最低限で、必要なものを持つのが当たり前。そこにお土産なんてものは不要でしかない。

 腕飾りには、旅の無事の願いを込めた。それこそ、糸1本1本に。それでもこれはファルべの自己満足にすぎない。

 空気に触れている片方の目が、罪悪感に彷徨う。そんな視界に、薄青い手が腕飾りと一緒に差し出された。返すのか。そう思った直後、頭に言葉が並ぶ。


『着けてほしい』

「えっ? あ、あぁ」


 腕を酷使しても取れないよう、細かな金具を2、3個掛け合わせる必要がある。そもそもルルは、通話石以外のアクセサリーを付けた事がないから、分からなかったのだ。


『これ、水に触れても、平気?』

「うん、水に強い石だから」

『そう』


 ルルは手首に巻かれた新鮮な重みに、どこか満足気だった。


『旅に出る時、剣と宝石と、カバンだけだった』


 ルルは目が見えない。そんな彼にとって、嗜好品はただの気配の塊でしかなかった。だから人との交流を好み、本にするのだ。しかしルルがこの腕飾りを外す事は無いだろう。これは、ファルべの思い自体だから。

 ルルはアウィンとファルべに飾りを見せながら『似合う?』と尋ねる。アウィンはクスクス笑って頷くと、自分のを手首に巻いた。


「ああ、ぴったりです」

「職業柄、触れたら、大体サイズが分かるんだ。あ、無意識だから、考えて測ってるわけじゃないよ」

「ふふ、ええ。ありがとうございます。これは……有り難く頂きます。旅の中で、心の支えになってくれるでしょう」


 ファルべは嬉しそうに手首を飾る煌めきを触る2人に、ホッとしたように微笑んだ。この国の危機を救ってくれた2人には、もっと盛大な礼をしたい。本当だったらするべきなのだろう。しかしそれこそ必要ない。彼らにとっては、充分国のみんなの気持ちが伝わっているから。

 2人にとって、アルティアルは旅のほんの一瞬の出来事にすぎない。それは儚くあっけない。しかしそれでいいのだ。それが旅人には必要なのだ。


 用意した紅茶を飲み終え、ルルたちは椅子から立ち上がる。ファルべは見送りに腰を上げた。いつの間にかそれぞれの旅の話になって永遠に話題が出そうだが、そろそろお開きにしなければ。全員、芸術祭に向けた予定がある。そのために朝に予定を組み込んだのを、忘れてはいけない。


「それじゃあ、また」

「ええ、お互い励みましょう」

『楽しみにしてる』


 明るくなった道を歩く2人を見送ったファルべは、改めて気合いを入れるように「よし!」と姿勢を正した。


 リッテが泊まる宿に向かうアウィンと別れ、ルルはしばらく目的地を決めずに歩いていた。もちろんアルナイトの待つ工房へ向かうのだが、少し国を見て回りたかったのだ。

 目的を決めずにと言ったが、足は不思議とルルを導くように迷いなく進んでいく。無意識に、辿っている音があった。平たい鉱石の地面から聞こえるものよも小さく、それでも聞き慣れない綺麗な音。いざなわれてたどり着いたのは、瓦礫が広がる国の壁。ここはまだ真新しい記憶、昨日ジオードを救った場所だ。


(どの声だろう。とても、小さい)


 それでも鉱石の耳がハッキリ拾うのは、きっと聞いた事のない新鮮なものだからだろう。

 ルルは大きく崩れた壁の一部を足場にし、音の根源を探した。まるでルルを呼ぶように鳴く石は、大きな瓦礫の間に挟まっていた。それは見知らぬ、灰色の鉱石。まるで星屑を中に閉じ込めたようにキラキラしている。

 壁とは違う性質を持つ石だ。壁が崩れる時に巻き込まれて落ちたせいで、端のほうが崩れている。触ってみると、知っている感覚がした。


(なんだっけ……たしか、ここに来て、初めて知った)


 アルナイトに教えてもらった。そうだ、これは絵の具となる鉱石の手触りにそっくりだ。アルナイトへのお土産にすれば、喜ぶだろうか。ルルはそれをカバンに入れ、工房へ向かった。

お久しぶりの更新となって申し訳ありません!小説が中々に不調でして……。


ルルが荷物を少なくしているのは、他者からの助けが必要になるからです。そうすれば必然的に人々と交流し、思い出が増えます。ファルベからの贈り物は、その思い出の一部です。


次回はアルナイトたちの工房へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ