賑やかな晩餐
目的地に着いたのか、徐々に馬が走る振動は小さくなってゆっくりと止まった。先にクリスタが騎座から降り、手を借りてルルも慎重に飛び降りる。
辿り着いたそこは、左右対称の2つの建物が中央の橋で繋がった商業施設。グランデスと呼ばれるここは、中に所狭しと小さな店が入り、商品と多くの客で賑わっている。
ルルはクリスタに手を引かれながら片方の店に入ったが、不思議そうに周囲を見渡していた。何だか、市場よりも人の気配があるのに、その数の多さと話し声の少なさが見合っていない気がするのだ。
クリスタは彼の様子でその疑問に気付いたのか、他の客と合わせて声を潜める。
「ここは量よりも質を求める人が多いんだ。集まっている店もそれに見合っていて、市場より規模は小さいけれど、揃っているのは上質な物ばかり。だから大声で話すのは、マナーとして頂けないんだよ」
『そっか、だから……静かなんだね』
「そう言う事。せっかくなんだから、ここで良い物を買いたくてね。ルルに選んでほしいんだ」
『ねぇ、それって……完成品じゃなくても、いい?』
「と言うと?」
『材料だけ買って、家で……僕たちの手で、完成させたいんだ。その方がクゥも、喜んでくれると、思って』
「なるほど、それは確かに素敵だ。何がいいかな」
『ん…………身に付けられる物?』
「あぁ、それならいいのを思い付いたぞ」
クリスタは背中を屈め、ルルの宝石の耳元に提案を囁く。ルルはその案が気に入ったのか、コクコクと首を縦に振ってくれた。
『切れにくいの、何だろう?』
「店を見ながら周ろうか。クーゥカラットが仕事から帰るまで、まだ時間はたっぷりあるからな」
ルルはクリスタと手を繋ぎ、多く立ち並んだ店を一軒一軒、丁寧に見て周った。
時間がかかると思っていたが、作る目的が決まっていたためか、素材は早く集まった。それは宝石の糸と小さなビーズと言った簡単な材料。空気に触れるたびにキラキラと光るそれを紙袋に入れる。
「さぁ、早速帰って作ろう。夕飯も豪華にしたいしね。食材は持って来てるんだ」
『うん。晩ご飯、僕も手伝う』
「ありがとう」
2人は人混みを避けながら店の外へ出て、待たせている馬に乗ってグランデスをあとにした。
帰りは近道を選んだのか、行きと異なるのをルルは音で判断していた。少しして、聞き慣れた林の木々が揺れる音や鳥たちの声に包まれ、帰って来た事に無意識に安堵する。
ルルはプレゼントの素材を入れた紙袋を手にし、食材が入った袋を両手にしているクリスタの代わりに玄関の鍵を開けた。
テーブルの上に、紙袋をひっくり返す。バラバラと落ちるビーズを捕まえ、ルルはガラスの断片の様なカラフルなそれを指で掴むと、宝石の糸に1個ずつ丁寧に通していった。
クリスタから色の組み合わせやアドバイスを貰いながら、全てのビーズを通して最後に輪っかにする。出来上がったのは髪留めだった。
クーゥカラットの髪はルルほどまでは行かないが少し長く、普段は縛っている。しかし最近、昔から使っていた髪留めがとうとう切れてしまったらしい。クリスタはそれを知っていたため、髪留めをプレゼントに提案したのだ。
「上手だよ。本当に器用だな、ルルは」
『ありがとう。次は……料理だよね』
「ああ、それなりに時間が必要だし……もう作ろうか」
そう言いながらクリスタは上着を脱ぎ、意気込みに軽く肩を回す。
ルルも食材を入れた重たい袋を持ち、ワクワクしながらクーゥカラットが驚く姿を想像し、クリスタとキッチンに並んだ。
~ ** ~ ** ~
塔の中で本を捲る音と、紙面をペンが走る音がよく響いている。1人残って仕事を片付けていたクーゥカラットは、眠気に欠伸をしながら背中を伸ばし、凝りを解すと立ち上がる。
時計を見れば夜遅い。外へ出ると、食卓を囲む時間だからか、辺りは様々な夕飯の匂いが漂っていた。
ルル1人ならば長時間の留守は不安だが、会話からしてクリスタが居てくれるから安心だ。しかしそう思っていたら、いつもより長居していたらしい。
(真っ直ぐ帰れとも言われたしな)
一体何を企んでいるのか、クーゥカラットは答えが出ない予想を繰り返してクスクスと楽しそうに笑う。
待たせていた馬に水を飲ませてから跨り、もう人も少ない夜道を駆けた。
林の中は一層暗くて視野も狭く、少しだけスピードを落とさせる。しかしそれまで何事も無く進ませていた馬を、クーゥカラットは突然止めた。
「……?」
彼は何も言わず、息を潜めて目だけで周囲を見渡した。何かが居る気配を感じる。それも、動物や魔獣ではない人の気配。しかしそれはクーゥカラットが止まったと同時に、まるで逃げる様に消えてしまった。いくら目を凝らして視界を闇に慣らしても、その頃には草木以外には何も無かった。
クーゥカラットはその掴み切れない不愉快さに眉根をしかめる。
「ドーゥ!」
呼び掛けにすぐガサガサと背の低い木が震え、ドーゥが顔を出した。
クーゥカラットは、小さな耳をパタパタさせながら駆け寄るドーゥの喉を優しく撫でる。ドーゥは彼を出迎えるようにグルグルと低く喉を鳴らし、気持ち良さそうに目を細めた。
「ただいま。起こしてすまないな。尋ねたいんだが、今日……この林に、ルルやクリスタ以外が訪れたか?」
ドーゥはそれに、鳴らしていた喉を止めてクーゥカラットを見つめた。しかしその真っ黒な瞳は不思議そうで、ドーゥは小さく首をかしげる。そしてクーゥカラットの手の平に頭をグイッと押し付けて甘え始めた。
「……そうか」
言葉の通じない魔獣相手に話しかけるなんて、おかしいと見られるかもしれない。だがドーゥはこの林の門番に等しい存在でもある。何か異常があればすぐに伝えてくれる筈だ。
ドーゥがいつも通りの様子ならば、ただの取り越し苦労か、それとも魔獣にすら気付かれないほどの手練れか。願うのは前者だ。
「ドーゥ、もし俺に何かあったら、2人を頼んだぞ」
最近は何事も落ち着いて平穏を歩んでいるが、やはり完全に忘れる事など出来ない。何も無いだけで、解決はしていないのだから。
「ありがとう。ゆっくりお休み」
ドーゥはクゥクゥと高く鳴くと、林の奥深くへと帰って行く。クーゥカラットは小さな友人の帰りを見送り、ゆっくり草を食んでいた馬に合図を送って走らせた。
鮮やかな庭の花畑は夜でもよく目立つ。クーゥカラットは花を踏まないよう騎座から降り、馬を林に返してから玄関に国石を翳した。カチャリと音が鳴って扉は自然と開かれたが、中は何故か暗闇。
予想外の事に眉根を寄せ、慎重に足を踏み入れる。先程の事もあり、彼らに何かあったのかと不安に駆られた。
しかし次の瞬間、家の全ての灯りがつき、クーゥカラットは突然の眩しさに目を細める。目が光に慣れた頃、パンッと派手な音が響き、思わず肩を小さく跳ねさせた。次いで、そんな彼へ友人の声が飛ぶ。
「誕生日おめでとう、クーゥカラット!」
「……は?」
全身から力が抜けたせいで、間の抜けた声を出してしまった。
誕生日? と、言葉の意味を理解出来ずに目を瞬かせる。すると今度は、頭の中で弾んだ声が聞こえてきた。
『クゥ!』
「わっ?!」
しかしそれは声だけでは無く、もれなくルルの体もぴょんと腕の中に飛び込んで来た。クーゥカラットは突然の事に、彼を受け止めながらその場に倒れる。衝撃に閉じた目を開けると、ルルの微かな笑みが目と鼻の先にあった。
『誕生日、おめでとう』
「……あぁそうか、今日は……」
クーゥカラットは目の前に広がる虹の瞳を見つめながら、ようやく頭の中で理解した。
ルルは何も言わない彼に首をかしげ、体の上に跨っていると気付き慌てて退いた。
『ごめんなさい、大丈夫……?』
「あ、ああ、ただ驚いただけだ。もしかして……今日の用事ってこれを言うためか?」
「まさか」
「じゃあ何を?」
「混乱しすぎだよ。匂いで気付かないかい?」
クーゥカラットはクリスタの手を借りて起き上がる。促されて鼻を動かすと、腹の虫がうるさく鳴きはじめた。家中が食欲をそそる香りで満たされているのだ。
視線をテーブルに向けると、鳥一羽を焼いたチキンや大盛りのサラダ、チーズたっぷりのグラタンなど。他にも目を惹く物が沢山あるが、最も目立っているのは、中心に置かれた飾り物の様な3段重ねのケーキだろう。こんな豪勢な料理で彩られたテーブルを見るのは何年振りか。
それでも未だにポカンとしているクーゥカラットの顔に、クリスタはしてやったと愉快そうに笑う。
「くっははは、その顔を見れて僕は満足だよ」
「お、お前なぁ……悪趣味め」
ハッとしたクーゥカラットの顔はクリスタの想像通り赤くなり、照れ隠しにいつもより顰めっ面になった。
『クリスタから、聞いたんだ。だから今日……お祝いしたかったの。誕生日って、とても大切でしょ? それに……僕はこの日、すごく嬉しい。だって、クゥが生まれて、きてくれた日だから。僕と家族に、なってくれて……ありがとう、クゥ』
クーゥカラットは噛み締める様に言うルルに、静かに目を丸くして堪らずに彼を抱きしめた。
思ってもなかった言葉に思わず目頭が熱くなる。生まれてからこんなに自分の生を望まれただなんて。
「俺の方こそ……ありがとう。こんなに嬉しい事はない。ありがとうルル、クリスタ」
「ふふふ、喜ぶのはまだ早いぞ」
「まだあるのか?」
クリスタはルルに目配せ、彼はその視線に応えてポケットからプレゼントを取り出した。クーゥカラットは彼の薄青い両手に乗せられた輝く贈り物を拾い上げる。
「これは……髪留め?」
「ああ。髪がそのままだと鬱陶しいって言ってただろ?」
「まさか、作ったのか?」
『うん。クリスタと一緒に』
髪留めを灯りにかざすと、色鮮やかなビーズがより美しく輝く。様々な色で繋がれ、虹になっているそれはルルの瞳の色とよく似ていた。
「綺麗だ……。ありがとう、大切に使う」
クーゥカラットはルルの頭を撫でてから、クリスタへ手を差し出す。彼は少し照れ臭そうに、それでも嬉しそうに手を握り、背中に腕を回した。
肩に着く濃い赤色の髪を緩く纏めて縛る。黒に近い赤色に鮮やかな虹は良く映え、揺れるたびにチラチラと瞬いた。
「さぁ、そろそろ食事にしよう。冷めたら勿体ないからね」
「そうだな、せっかくのご馳走だ」
『うん。クゥが、好きなもの……沢山、あるよ』
3人は料理が所狭しと並んだテーブルにつき、それぞれ飲み物が注がれているグラスを持ち上げた。グラス同士を軽く合わせて一口飲み、小さくも賑やかな食事が始まる。パーティーは、紫色の空が白む頃まで続いていた。




