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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と芸術の国】
178/217

女神像の仕掛け

 太陽が朝を知らせるため、地平線から顔を覗かせる。しかし高く聳えるアルティアルの外壁は、まだ夜を残していた。それでも空気は新しい一日が幕を開けたように新鮮だ。そんな頃、まだ誰も居ない祭壇広場に、アルナイトは走ってやって来た。探すと、ベンチにルルがもう座っている。

 早起きな鳥が、唄声を響かせながら薄暗い空を飛んで行く。約束通り、それを合図に二人は集まった。アルナイトは早朝に慣れないから、なんとか目覚ましの力を借りて起きた。ルルはいつも鳥と共に目を覚ますため、慣れっこだ。

 彼女は背負った荷物を漁ると、ルルに何かを包んだ布を差し出した。結び目を解いた中には、たっぷりな具材を挟んだ丸いパンが四つ。


「へへ、朝ごはん。探索行くのに、腹に力が入らなかったらダメだろ?」

『僕の分も?』

「もっちろん! あ、嫌いだった?」

『ううん、美味しそう。ありがとう。僕もね、アウィンがミルクを、持たせてくれたんだ』


 パンとミルクは最高の組み合わせだ。アルナイトは目を輝かせながら、パンにかぶり付き、ミルクで喉を潤す。「うんまぁ!」という声は、静かな世界にはよく響いた。

 アルティアルでの食事は、軽食が多い。作業のついでに食べられる物を好むのだ。一食分の栄養を持つクッキーなどで済ませる者もいる。ちなみにアルナイトの荷物の中にも、その携帯品も入っている。


『どこの穴が、川に繋がってるか、分かる?』

「ん? んー! えっとな、道の途中にある四つの穴は、川に繋がってるんだ」


 地形が器の形をしていると言っても、完璧な円ではない。それこそ、人が丸まって寝たような、少し不完全な縦長の形をしている。

 住宅地は四つに組み分けられていて、そこにできた比較的大きな穴に、雨は集中して流れていく。


『じゃあ他は、別の所に、繋がっているんだ』

「いや、繋がってるのは一個だけなんだ」

『そうなの?』

「それが、ここ」


 ルルは目をパチクリさせて『ここ?』と繰り返した。アルナイトは不思議そうなルルの手を取って立ち上がらせると、女神像と向かい合う。


「この女神像の下に、みんなが知らない穴があるんだって」


 アルナイトは昨晩、今日に備えて少しだけ調べてみた。するとどうも、深くに繋がっているのは川に続く穴の他、一つしかないようだ。それが、女神の座る場所。

 つまりは誰かがこの一つの穴の中に入ったという事だが、詳しい記述がない。どうやら女神像が立つ前の出来事で、もう資料は古く再生できないのだ。それとも、何か別の理由があるか。


『でも、中に行くには』

「そーなんだよな~。これを動かさないといけないわけだけど」


 アルナイトは女神像が座る土台に両手を付くと、ぐっと押した。いくら全力で、全体重を乗せても、一向に動く気配はない。「うがあぁあ!」とうめきながらも、彼女の足が地面を滑るばかりだ。

 祭壇広場は、砂で敷き詰められていて、下の地面が見えない。だから、押す力に負けて滑った足の跡で下の岩肌が見えた。その瞬間、それまでなかった鉱石の香りがルルを呼んだ。


『待って、アルナイト』

「んぇっ? ルルも押す?」


 ゼーハーと肩で息をしながら尋ねられ、ルルは首を振る。女神像の下でしゃがみ、砂を手でかき分けた。不思議そうにしながら、アルナイトも手伝って隣の砂を退かす。

 そこから出て来たのは、オニキスでできた石板。そしてその中央に、少し濁った虹の石が嵌められていた。


「うわ、なんだこれ!」

『ここの砂は、最初に、ここに来た人が、わざと、やったんだね』

「これを隠すために? じゃあ穴はこの中にあるんだ! でも……開かないぃ!」


 地面と石板の僅かな間を広げようとするアルナイトに、ルルはふふっと可笑しそうに笑うような息を吐く。彼女の肩に、手を添えて止めさせる。


『力じゃ、無理だよ。仕掛けがある』

「えぇ~、オレ頭悪いから無理だぁ」


 アルナイトは忙しなく喜怒哀楽をコロコロ変えながら、今度は石板の石に気付く。明るい灰色の瞳が、正体を見抜こうとじっと見つめた。


「なんだろ、この石。いろんな色がある……なのにちょっと汚れてる?」


 どの石の特徴にも当てはまらない。ルルも、その石の匂いは初めて嗅いだ。しかし知っている。長い時間が経ったせいか、穢れてはいるが。


『開けられるかも』

「ホントっ?! ルルすっげぇ!」


 アルナイトは立ち上がると、慌ててルルに場所を譲った。ルルはそこに座り、そっと手を添える。

 薄青い両手の平が、に汚れた石を抱きしめるように包む。少女のような指の隙間から、眩しい虹の光が漏れた。視界に痛みを覚えるくらい強い光なのに、目を瞑るのを忘れて見惚れるほど美しい。

 強い突風に、ルルの顔を隠すフードが取れる。膝に届く長い髪を乱暴に撫でた所で、光は収まった。そこでルルは、石が下に沈む感覚を覚える。手を離すと、岩を引きずるような、鈍く重たい音が地面から響いた。


「わ、わっ! ルル危ない!」


 アルナイトは咄嗟にルルを抱き寄せ、女神像から数歩離れる。やがて音が止まったそこを、二人はそろぉっと見下ろした。そこには岩を荒く削った階段が闇へ続いていた。


「すっご! なんだこれぇ! ルル、なんで開けられたんだ?!」


 大興奮に、アルナイトはぎゅっとルルを抱きしめ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。ルルは落ち着かせるように、抱き返した手で背中を優しく撫でた。


『内緒』

「え~!」

『僕が、オリクトの民だから、だと思う。石が、反応してくれたの』

「そっかぁ。だったらオレらには開けられないな!」


 曖昧な答えで、彼女は納得したようだ。その愛しい単純さを利用するのは心苦しいが、今はこう言うしかない。

 あの石は、間違いなく【ルルの石】だった。開けられたのは、その石を瞳に持つルルだからこそ。


(一体、これを作った人は、何を見たんだろう)


 ルルを石を持っていなければ、開けられない。そんなの、普通は不可能だ。なにせルルの石は神が愛でた幻と言われているのだ。もちろん貴族などの地位や、代々伝わっているという理由で持つ者はいるだろう。それでも、限られている。

 アルナイトに誤魔化したのは、ここが外だからだ。彼女に警戒したわけではなく、他人に勘付かれたくない。つい昨日、リッテからアヴィダンの件も聞いているから。


「よし、中行こうぜ!」

『うん』


 ルルは遅れて入り、出口に手をかざす。穴の縁からパキパキと音がした。そこから少しずつ中央を、アルティアルを作っている鉱石が埋めていった。カモフラージュだ。もしここを不審に思っても、同じ岩で蓋をしていれば気付かれない。


 明るくなってきた空が塞がれ、穴の中は冷たい闇に沈む。しかしすぐ、暗闇にふんわりと青い灯りが広がった。

 アルナイトが持つ丸い形をしたランタンに、白い鉱石があった。時折、白の中に水のような青色が混ざり、揺れている。そのつど灯りの強さは変化し、ルルが聞こえる音も、呼吸のように変わっていった。


「これな、月の花って言うんだ。夜、ムーンストーンを水に入れて月光で育つんだぜ」

『綺麗』

「先生には、もっと明るいの持って行けって言われたけど、コレが好きなんだ」

『僕も好き』


 アルナイトは月の花を見るルルに「へへへ」と嬉しそうにする。二人は手を繋ぎ、薄暗い中冷たい色をした光に守られながら、奥へ進んだ。


~ ** ~ ** ~


 太陽がようやく、神の寝床に光を与える。時刻は九時になったばかり。アルティアルの衣装屋であるピンクローズは、いつもそんな頃に店の鍵を開け、看板で客を誘う準備をする。


「ごめんください」

「!」


 ピンクローズの亭主、ファルベは背後からの突然の声に、びくっと体を跳ねさせる。彼の店はアルティアルの国民、全員が親しむ場所。だから大抵は誰が声をかけたか分かり、驚く事はしない。それでも反応が大きくなったのは、聞き慣れない声だったからだろう。

 それでもお客はお客。失礼な反応をしてしまったと、反省しながらファルベは振り返った。


「はい」


 声をかけたのは、腰の曲がった老人。服装に見覚えはあるが、アルティアルの国民ではない。派手さはないが上質な服なのを見て、世界を旅したファルベには、どこかの国の商人だと予想できた。

 商人はにこにこと優しい笑顔で彼を見上げる。


「アタクシ、リベルタから参りました、アヴィダンという商人でございます。商売について、お話をと」

「あぁ、例の。中へどうぞ」


 アヴィダンは案内に背を向けたファルベに、細く小さな目を細める。その表情は、彼の中身を見ようとするような、どこか下品なものだった。

 キョロキョロと、小さな瞳が左右を行き来する。アルティアルで親しまれるだけあると、納得できる。店の規模に対して商品が多いが、丁寧な管理やレイアウトのおかげか見えにくくない。商品を愛しているのが分かる。

 視界に気になるものが入った。それは小さなスペースだが、商人には主張しているように見える。


「あちらは?」


 皺のある指が示したのは、ルルが置いた装飾品。あれが気になるとは、やはり商人だけに目が肥えている。

 ファルべはそこへ案内し、商品の机を挟んで座った。


「これは、今訪れている旅人が作った物なんだ。その人が滞在するまでの間の限定品として、ここに置いてある」

「ほうほう……これは……素晴らしい」


 アヴィダンは一番手前にある腕輪を手に取り、光に照らして眺めたり近くで見つめたりと繰り返した。これが単なる鉱石を削って作ったものではないと、すぐに分かった。これは間違いなく人間以外の生き物──鉱物にしか出せないものだ。

 ついっと、アヴィダンの目がファルベを眺めた。視線に気づいた彼は首をかしげる。


「お仲間の髪の毛……とかですかな」

「! ……さあ、私はそこまで深くは」

「失礼致しました。いやはや、素晴らしい作品でしたので。ちなみに、貴方のその瞳は……おいくらで売られたので? 片方は、アタクシが買い取っても?」


 先程までは人の良さそうな笑顔だった。それは急に、ニタニタとしたいやらしい表情に変わる。髪の毛で隠しているが、簡単にバレてしまった。

 ファルベは美しい顔を嫌悪にしかめ、話を切り上げようと腰を上げる。


「そういった話は、申し訳ないが受け入れる気はない。出口まで送ろう」

「そんなタダで、なんて思っちゃあいませんよ。眼球の一つや二つ、無くなったって貴方らは苦労しないでしょう? さあ、言い値で」


 ファルベの手に、淡い光が灯る。これ以上しつこくするのなら、この男を鉱石で固めてやろう。オリクトの民を装飾品としてしか見ていない、愚かな人間の頭を冷やしたい。

 しかし、後ろから肩をくいっと優しく引き寄せられ、バランスを崩す。


「じいさん、ここは奴隷商じゃない。他を当たって」


 そう言ってファルベを胸元に抱き寄せたのはマリンだった。外へ人形劇をやりに行こうと、二階から降りて来たのだ。名前を呼びかけた時、肩を抱く腕にぐっと力がこもる。

 彼はいつもの笑顔だ。しかし怒っているのが、ファルベには伝わってくる。今は大人しくしておこう。


「おや、おやおや……長寿の耳長族とは、これまた珍しい種族同士。貴方が主人ですか?」

「恋人だ。悪いけど、髪一本すら誰にも渡すつもりはないし、値段もつけない。つけても、到底払えないよ。分かったらさっさと帰った方がいいんじゃないかな? 怪我はしたくないだろう?」


 マリンのまだ残っている青い瞳が、仄暗く瞬く。互いに譲らず、じっと見つめ合う。地獄の沈黙は、アヴィダンが微笑んだ事で終わりを告げた。


「では、今日は失礼いたします。ごきげんよう」


 彼は折れた腰をさらに深く曲げ、ピンクローズから去って行った。小さな後ろ姿が消えた事に、ファルベは無意識に体から力を抜く。するとマリンに抱きしめられ、解放されたと思えばすぐ頬を両手で包まれた。


「ごめんよファルベ、気付かなかった。大丈夫? 何もされなかった?」

「あ、あぁ……うん、大丈夫。心配かけてすまない」

「いいんだ。でも君は美しいから、そう簡単に知らない相手と二人きりにならないでくれ。もう二度と、君と離れたくない。本当に、そんな事があったら、僕は死んでしまう」


 悲痛そうな表情で語られる甘い言葉は真実だろう。きっとマリンは、本当にファルベが居なくなれば生きられない。彼が生きる意味であり、全て。それが分かっているファルベは、大げさだとは笑わない。

 キスをねだられ、恥ずかしそうに軽く口づけをした。マリンは強く彼を抱きしめる。


「僕の愛しい人、アレはどう名乗った?」

「アヴィダンだと。多分、家名の方を名乗っていたと思う」

「ふぅん? 本名を言わないなんて、後ろめたいか、よほど家に誇りがあるかだね」


 基本、初対面でも皆名前を名乗る。家名は家族が揃っている時か、家自体の事を語る時くらいだ。


「……どうしよう」

「ん? どうしたの?」

「あの商人、ルルの商品を見て、すぐオリクトの民の髪だと判断したんだ。私が迂闊だった」


 胸元で悔しそうに、不安そうにするファルベを、マリンは慰めるように優しくさする。透き通るような青とローズクオーツの義眼が、じっと店の外を見つめた。

 ふっと体が解放されるのをファルベは感じた。少し寂しく、思わずマリンを見ると頭をポンと撫でられる。


「少し出てくるよ」

「マリン」

「大丈夫、下手な事はしない」

「……じゃあ、ケーキを焼くから、冷める前には帰って来てくれ」

「愛情たっぷりで頼むよ。愛してる」

「私も───」


 ファルベは嬉しそうに手を振るマリンを不安気に見送りながら「愛してる」と、小さく呟いた。

ご愛読ありがとうございます!


アヴィダンがファルべに対して、遠慮なく不躾な事を言ったのは、片目が無いのを察したからです。売られるために取られたのだと、代々奴隷商人だった血が囁いたのでしょう。その通りですが、実際、売られる前にマリンが取り戻し、今は彼の義眼となっています。だとしても失礼ですね。


ファルベは見た目は男性的ですが、性格は女性寄りです。マリンがオープンすぎるので、ちょっと恥ずかしがってツンデレ気味。

マリンは面食いで美人に美人だとハッキリ言う性格。なのでファルベはヤキモキしています。でも外でファルベとの惚気話をしょっ中国民に話すので、心配無用です。ファルベは自分の恋人だと釘を刺しているのもあります。

恋愛が成就してカップルになっているキャラは、私の作品で滅多に居ないので、書いてて楽しいです(笑)


次回は、女神像の下に潜ったルルたちがどうなったか。お楽しみに!

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