表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と芸術の国】
177/217

アヴィダンという商人

 いざ探索をしようとした二人だったが、姿は外にはなく、ルルたちが宿にしている家にあった。時間は有限だが、計画を立てなければその時間も無駄にしてしまう。まずは基礎知識をつけたい。

 アルティアルは小さいと言えど、国を歩けば四日はかかる。それも、飲まず食わず眠らず歩き続けての結果だ。それこそあちこちを見て、国についてじっくり学んでなんてやっていれば、一週間なんてあっという間だ。


『みんなが、知っている事を、書いても……ここで発表するには、意味がないと思う』


 記録としては充分に成り立つが、今回は目的にそぐわない。だからこの五日間の探索は、日常生活には必要ないが、冒険心には火が付くような場所を重点的に調べるつもりだ。

 しかし何も知らないルルは、まず基礎を理解する事から始めなければいけなかった。基礎を知って、初めて冒険できる。


『歴史は少し、本や住民に聞いて、理解したよ。だから、知りたいのは、国の形状から成り立つ、文化かな』

「形状か、形状だな、よし! ……形状?」


 淡々と並ぶ言葉が、アルナイトには難しかったようだ。ルルは分かりやすい具体例がないかと、彼女と一緒に首を傾げる。そこでふと、家の天井を見上げた。


『たとえば……家とか?』

「家?」

『うん。アルティアルは、国全体が、こう……器のようでしょ? その場合、普通なら、平坦である中央に、建物が集まる。でも、わざわざ斜面に、建てられている』


 ルルはアルナイトに、今まで訪れた国の全体図を書いたページを見せる。

 国と認められるには、自然が五割以上残っているというのが絶対条件だ。だから住みやすさだけを考えた改築は禁止。そのため、どの国も形状を利用した住み方をしている。だがやはり、ほとんどの国は平坦な場所に住宅街を置く事を好んでいた。

 アルナイトは「それなら知ってるぞ!」と自信満々に立ち上がる。


「アルティアルの家って、元々自然にあった岩の柱を削って作ったんだ。んで、その利用できる柱が、斜面にしかなかったってわけだな!」

『じゃあこの家も、最初の住人が削って、今があるんだ』


 そのため、自然と斜面が住宅街となったのだ。

 ルルは椅子から腰を上げ、本棚などの家具の隙間をそっと撫でる。そういえば、アルナイトとフロゥの使う工房も、ファルベたちが経営するピンクローズも、床だけが木板で壁は同じ鉱石だった。匂いもこの国全体を作る物と一緒だ。

 アルティアルは岩の上で神が寝そべって、こういった形になったという伝承がある。大きな岩の上に寝たため、神の居た場所は平面になり、それ以外は元のままなのだ。

 巨大な岩からできた国。だから緑などの自然は、住民があとから植えた物だけ。だが国の周りは、まるで夢の中にいる神を守るかのように、豊かに緑が生い茂っている。ルルたちがアルナイトと出会ったあの川辺も、その一部だ。


『周りの自然も、行ってみたいなぁ』

「オレも! あそこに、いい顔料があるんだ。やっぱり欲しい!」

『採れなかったって、言っていた?』

「そ。あれ自体に色はないんだけどな。でも、混ぜると艶が出て、すっごい綺麗なんだ。オレの番になったら、採り行くの手伝ってくれな!」

『もちろん』


 ルルは紺色の本をめくり、端にメモを取る。ひとまずは自分用だ。隣に国を模して図を書いていると、ピタリと手が止まる。


『雨は洪水とかに、ならないの?』


 岩の窪みには、水が溜まる。しかしそれを大きくしたような国なのに、以前の雨の日、それが全く気にならなかった。


「これも自然にできたのなんだけどな、所々に水が逃がせる穴が空いてるんだ。斜めだからそこに自然と流れてくから、雨対策もバッチリなんだぞ! 普段は落っこちないように、水だけ通せる網の蓋がされてるしな」


 この形では、水の流れも長年同じだろう。そうなれば少しずつ岩は削られて行く。長い月日をかけて、今が出来上がったのだ。


『じゃあ、その中って、どうなってるんだろう?』

「それは…………どうなってるんだろ?」


 どれかは水を外に逃すため川に繋がっているはず。しかし他の穴の先に何があるか、考えた事がない。きっと誰も入ろうとした事なんてないだろう。

 再び一緒に首を傾げていたルルとアルナイトは、顔を見合わせる。二人とも、言葉を交わさずとも同じ考えなのか、表情が楽しそうだ。


「決まった!」

『うん。明日から、穴の探索』

「何時にする?」

『時計、読めないんだ。鳥の声が、聞こえたらは……どう?』

「んじゃあそのくらいに、祭壇広場に集合な!」


 おそらく、アルティアルではまだ暗い時間帯だ。しかしここの日照りは十時間もないのだから、そのくらいの時間に集まらなければ、帰りが危険になる。もちろん野宿が必要な場合も考慮するが。

 とりあえず今日は計画決めを終え、解散する事となった。お互い明日に向けて、体力を温存したい。


「じゃあまた明日な!」

『うん、また。気を付けて、帰ってね』


 アルナイトは玄関先で見送るルルへ大きく手を振り、しばらく進んだところで、今度は両手で手を振った。ルルは緩く手を振り返し、彼女が背を完全に背を向いたのを気配で知ると、ゆっくりドアを閉める。


「ルル様、今お時間よろしいでしょうか?」


 相変わらず丁寧な言葉を向けたのは、リッテだった。アウィンと歌について練っていたようだが、何やら顔が悩ましげだ。ルルは声をかけながらもなお、難しそうな表情の彼を不思議そうに見上げる。


『どうかしたの?』

「我が国のリベルタより、商人が遅れて到着した報告を受けたのです。その事について、少し」


 一階のダイニングのテーブルには、アウィンが紅茶を用意して待っていた。ルルも促されて座り、ひと口啜る。リッテは未だ迷いの時間を稼ぐかのように紅茶を飲み、深く息を吐いた。

 そんな言いづらそうな彼に、ルルから尋ねる。


『商人が来たのは、同盟の関係?』

「はい。自国の商品など、住民との身近な近付きも含めて、元より手配する予定でした。それこそ、残りの柱やアウィンの父も一緒に」


 ただ、アウィンの父であるラピスや他の柱たちは、リベルタから離れられない状況になってしまったという。だから手の空いている商人だけが、予定通りやって来た。

 ラピスたちに会えないのは残念だが、それは仕方ない事だ。同盟国と言っても距離は離れている。そう簡単に行き来できるわけではないから、商人だけでもよこすのは無難な考えだ。

 しかし何やらリッテたちが問題視しているのは、ラピスたちが来られない事でも、遅れて到着した事でもなさそうだ。


「ルルたちが帰ってくる前に、商人が到着を伝えに、ここへ来たのですが……どうやら、リッテが聞いていた話とずいぶん違うようで」

「本来四人のはずが、そのどれも居らず。さらには、来るはずのなかった商人だけが来たのです」


 つまりその商人は元は国にいるはずで、今回は出番ではなかった。それなのに、待っていた四人の代わりに、何故かその商人だけが姿を表したのだ。話によれば、馬車で来る途中、賊に遭って他の四人は助からなかったらしい。

 貴族が抱える商人なのだから、それは珍しくない。賊にとってはいい餌だ。


『その商人、もしかして……来ては、ダメな人?』

「ええ。できれば外に出したくなかった……」

「私も、それには同意です」


 アウィンが嫌うとなれば、相当性格に難のある人物なのだろう。商人は少なからずクセのある者が多いが、今回は目を瞑れないようだ。

 というのもその商人、数百年前は奴隷商人の家系だった。リベルタでは奴隷制度は禁止され、長らく平凡な商売で成り立っている。だがその男、血は争えないのか、どうにも他人を見る目が奴隷を選ぶような視線なのだ。リッテは過去、堂々と「貴方の値打ちは」などと言われたらしい。


「すぐ別の者を手配するよう、手紙は飛ばしましたが……それはまでは、アヴィダンと家名を名乗る商人が居座ります。ルル様もご注意ください。その人物の前では、決してフードや仮面の中は見られぬよう」

『分かった。でも、その人だけよく、無事だったね』

「運だけは強いやつなのです」


 リッテは鬱陶しそうにガーネットの全眼をしかめ、腕組みをしながら大きくため息をつく。


『その人が、ここに来たかった、理由……何か、あるのかな?』

「オリクトの民が居るとの情報を、どこかからか聞きつけたのだと思います」

『……そう』


 それだけにしては、無理に来る理由として弱い気がする。実際そのアヴィダンに会ってみなければ分からないが、もしかしたら別の目的がありそうだ。まだ会った事もない人を疑うのは良くないが、嫌な予感が頭を掠める。


(本当に、四人は賊に、襲われたのかな)

「そろそろ夕食にしましょうか。リッテ、食べていくでしょう?」


 もうそんな時間か。言われれば、腹が忘れていた空腹を思い出したように訴えてくる。

 アウィンに尋ねられ、リッテはうっと表情を緊張に固めた。そして、恐る恐ると言った様子でルルを見る。彼はルルに同席していいかどうか、迷っているのだ。ルルはそれに気付くと、仮面を外してマントを脱ぎ、微笑むように口角を緩ませる。


『みんなで、食べよう? その方が、とても美味しいから』

「ぜひ、ご一緒させていただきます」


 二人以外での食事は久しぶりだ。今日はもう少し、アウィンとリッテの会話を楽しめる。商人の事から今は離れ、ルルは食事の準備に席を立った。


~ ** ~ ** ~


 アルナイトはなんとかギリギリ、ジオードに宣言した通り夕食前には家に着いた。そこで、チラッと工房に顔を出す。一人座り、キャンバスに向かい合っているフロゥの姿があった。


「フロゥ、お疲れ~!」

「アルナイト、どこに行ってたんだ?」

「ルルと芸術祭の準備!」


 遊んでいると思ったのか、フロゥはやれやれと仕方なさそうな顔をする。アルナイト本人は、具体的な予定が決まった嬉しさで気付いていない。改めて描こうと、キャンバスに向き直った彼の手元を見て、ふと首を傾げた。


「なんだそれ?」

「ん? あぁ、ジオード様が買ってくださったんだ。なんでも、リベルタから商人が来たらしくて」


 そう言って見せて来たのは、キラキラと瞬く筆。一本一本が鉱石の糸で作られている高級品で、書き心地がいい。なんでも糸が色を吸収し、使えば使うほど美しい色を見せるのだとか。


「え、いいな~!」

「お前は遊んでて居なかっただろ」

「遊んでねーもん! せんせーオレもー! あ、フロゥ、そろそろ暗くなるから、気を付けて帰ってな。またな!」


 文句を言いながらも階段を降りたと思ったら、すぐ笑顔で戻って来て、またバタバタと去って行く。そんな慌ただしい彼女に、フロゥは思わず小さく吹き出した。心配しなくても、ジオードはアルナイト用にちゃんと買っている。きっと明日、嬉しそうに見せてくるだろう。

 フロゥはそんな彼女の第一声を予想しながら、密かに楽しそうに笑った。

ご愛読ありがとうございます!

体調不良により、更新を遅らせていただきました。


アルティアルはこじんまりした小国ですが、最近の国というのもあって、謎がたくさん。冒険のしがいがある国です。ルルたちが目を向けた穴の先は、一体何が待っているのでしょう?

アヴィダンという商人は、今のところ普通に商売をしているようです。前に出た商人がそのアヴィダンですが、ジオードの事を知っているようですし、何を企んでいるのでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ