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宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と霧の国】
123/217

もう一人の客人

 下の階へ行くと、いい香りがさらに腹を刺激する。しかし降り切ったそこは、先程までの客間ではなかった。空間の変化にキョロキョロとしたルルに、アンブルが応える。


「お疲れ様、ありがとう坊やたち。さっきの客間は、食事をするのに適していないからね。魔法でリビングに変えたんだ」

『魔法って、凄い』

「ははは、家と契約しているから、簡単さ。さて、材料は全部揃ったね」


 アンブルたちがキッチンに並べたのは、様々な木ノ実と野菜、イナ。イナは親指の爪ほどの大きさで丸く、冷水で浸けて食べる主食だ。壺の中で、すでに冷たくモチモチになっている。


「さて、今日はホーンモウの肉巻きだ」


 アンブルは腰に両手を置いて、意気込むように言った。アガットが楽しそうにルルの手を握って上下に振る。


「たくさんの食材を好きに選んで、お肉に巻くんですの。選ぶ時間も楽しいから、きっと気に入りますわ」

「その分、準備に手間がかかるけどね。だから客が来た時のとっておきなのさ」


 ルルはアガットとアンブルと一緒に、細かな食材の準備を。アウィンはジプスと肉を一人サイズに切って、果実水に漬ける準備をする事になった。


 木ノ実は大きな包丁で砕き、米と混ぜる。こうすると互いの食感が引き立つ。次に用意された多肉植物から花だけを摘み、四方に生えたぷっくりした葉を剥ぐ。これは甘じょっぱく、プチプチとした食感だ。摘んだ花は染色に使える。

 包丁を使うのは久しぶりだが、ルルはなんとか全ての食材を切り終えた。上手くいったのは、アガットが終始褒めてくれたせいだろうか。

 全ての食材を、ずらりと並んだ皿の上に盛り、テーブルに飾った。その頃にはジプスたちの準備も済んでいた。それぞれの椅子の前に、ホーンモウの肉が盛られた皿と、果実水が注がれたコップが置かれている。


「ありがとうみんな。それじゃあ食べようか」


 席に着き、用意されたグラスを手にする。


「ルル、アウィン、この国でいい思い出を作っておくれ」

『迎えてくれて、ありがとう』

「お世話になります」


 言葉の終わりと同時に、涼やかに甘い水を一口飲む。ささやかな歓迎会が始まった。


 皿に添えられた細く尖った木製の針で、一枚の肉を取る。甘い汁にひたひたになったそれを葉の上に乗せ、上に好きな食材を詰めて巻く。それを頬張るのだ。

 食べた事の無い食材が多い中、一つも舌が拒絶をしなかった。どの食感も肉の滑らかさと喧嘩しない。あんなにしょっぱかった肉は、果実水のおかげで程良い塩気になっている。噛めば噛むほど楽しい。あんなにしょっぱかった肉は、果実水のおかげで程良い塩気になっていた。口の中で他の食材と溶け合って、いくら食べても飽きる気がしない。

 アウィンは味を噛み締めながら、ルルは目を鮮やかな色に輝かせながら歓迎の食事を味わった。


 食後、アンブルは用があるらしく、「ゆっくりしてくれ」と言い残して席を立った。

 食器を片付けたあとに、ジプスとアガットが、摘んだばかりのクランカで紅茶を淹れてくれた。淡く白い紅茶の隣に、クッキーが添えられる。


「それは、乾燥させたクランカの花びらを入れたクッキーです」

「たくさんクランカを採っていただいたのを、ジプスから聞きましたわ。わたくしクランカが大好きで……お礼に是非、味わってくださいな。甘くてサクサクで、とっても美味しいんですの」


 だからあんなにクランカの鉢が多かったのか、とアウィンは頷いた。他の植物よりも倍はあると感じたのだ。

 ルルは目を輝かせ、早速クッキーを半分かじる。砂糖とはまた違う、ほのかでも深い甘味がまた次の一口をせがむ。少し固めで、頭の中にザクザクと音が響くのが楽しい。これは少しずつ食べて楽しむべきだろう。紅茶菓子に最適だ。

 紅茶は透明で、中心に先程採ったクランカが沈んでいる。味は無い。しかしそれが分からないくらい香りは芳醇だ。クランカの花びらからする甘い香りは果物のようだ。

 するとアウィンは飲みながら、頭がふわふわとするのを感じた。それはアルコールの作用と似ている。


「もしや、アルコールが入っているのですか?」

「いいえ、香りが似ているんですよ」

「ワイン紅茶なんて言われるくらいですわ」

「ほう」


 そんな珍しい物があるだなんて。これだから旅はやめられない。土産に持ち帰りたくなるが、そこは我慢だ。不用意に広めて絶滅に追いやってはいけない。

 ふと、頭に何も感想が来ない事に気付く。興奮気味な言葉が紡がれると思っていたのに、ルルはやけに静かだ。彼を見ると、アウィンは思わずクスリと笑った。黙々とクッキーと紅茶を交互に口へ含み、とても満足そうにしている。言葉を作るのを忘れるほど気に入ったようだ。

 アガットはその様子に嬉しそうだ。自分の好きな物を共有し、さらに気に入ってもらえたのだから。不意に、視界の隅に見慣れた指先が映る。ジプスの手だ。彼はアガットの口元に付いた欠片を、慣れた手付きで取って食べる。その自然な仕草は初対面の相手が見ても、初めてではないと分かった。


「お二人は仲がよろしいのですね」

「あ、はい。僕たち、夫婦なんです」

「何ですって?」

『そういえばアガットって、僕より歳上、なんでしょ?』

「ええ、28ですわ」

「……わ、私は……酔って耳がおかしくなったのでしょうか?」

「うふふ、正常ですわ。その反応も」


 アウィンは唖然とする。信じられない。こんな幼い見た目で、ルルよりも自分の方が歳が近いだなんて。アガットはそんな彼が心底可笑しく楽しいのか、口元に緩く握った手を当ててコロコロと笑う。


「この姿になったのは、実は最近ですの。本当は、年齢通りの見た目ですわ」

「それは……その腕と関係が?」


 恐る恐ると言った様子で尋ねたアウィンに、アガットは笑顔のまま頷く。


『腕、痛いの?』


 ルルは不思議そうに目を瞬かせて首をかしげる。盲目で魔力を感じられないとなれば、彼らの会話が分からないのは無理もない。ジプスは心配そうに彼女を見つめた。


「心配なさらないで、痛みはありませんわ。わたくしは──」


 しかし、御伽噺を話すように柔らかな声色で紡がれようとした言葉は、壁からの物音に遮られる。何か重たいものが落ちたような音だ。


「あら、何かしら?」

「見てくるよ」


 ジプスは席を立ち、ドアを開ける。少し進んだ所にある階段に、見慣れない姿があった。階段に座り込み、項垂れているため顔が見えない。この家に侵入者などありえない。そう訝しんだ時、誰かはゆっくりと顔を上げた。

 一瞬湧き上がった警戒心が、すぐに静まる。目の前の男は、ルルたちの他に幻覚の霧を超えた人物だった。気を失っていたが、どうやら目が覚めたらしい。


「大丈夫、ですか……?」


 顔色が悪い。頬のコケ具合も、とてもじゃないがまだ起き上がってもいい状態には見えなかった。しかし病人だからと言って、まだ彼が敵じゃない保証は無い。刺激しないよう、それ以上は返答を待った。

 案の定、彼の濁った黄の瞳は焦点が合っていない。こちらを見ているようだが、目が合っている感覚がなかった。


「まあ、気が付いたのですね?」


 緊迫した状態で、突然の穏やかな声にジプスはビクッと肩を跳ねさせた。振り返ればやはりアガットの姿がある。彼女だけではなく、その後ろにルルとアウィンも居た。

 こんなに大勢が現れたら混乱させないだろうか? そう思っていると、男の乾いた唇が小さく開いた。


「──ここは、どこだ?」

「ここは、イリュジオンという森の中にある、僕らの家です」

「俺も……ここの住人なのか?」

「え?」

「ここに居たか。まだ動くなと言ったろう」


 男の問いに反射的に投げた疑問を遮ったのは、アンブルだった。彼女の用事というのは、男の看病だったらしい。

 男は、階段を降りてきたアンブルを見上げる。その瞳は不安に揺れていて、彼女は仕方なさそうに溜息を吐いた。それからジプスたちへ視線を向ける。


「客室へ行こうか」


 ジプスは頷き、壁へ手をかざす。そうして出来上がった扉をくぐった。彼の背を追ったアガットに、ルルとアウィンも続く。


「ほら、お前さんもだよ」


 アンブルは、他人事のように呆然とその様子を見ていた男の腕を引き上げ、共に扉へ入った。

お読みいただきありがとうございます!


賑やかな晩餐後の、穏やかな茶会。それを遮った彼は一体何者でしょうか? ジプスへの受け答えが妙でしたね。彼自身も目覚めて混乱している様子。混乱の理由は次週明らかに。


次週でまたお会いしましょう!

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