表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石少年の旅記録(8日更新)  作者: 小枝 唯
【宝石少年と2つの国】
100/217

消えた少女の末路

 暗い中、外からの光があった。部屋の扉が、誰かによって開かれる。そこに居たのは、コランとヴィリロスだった。彼らは室内の惨状に目を瞠り、血の香りに鼻を手で抑える。


「一体何をやっているんだ!」


 コランの口調は珍しく荒んでいる。アダマスは思ってもなかった参入に、顔を歪めて舌打ちをした。


 部屋の汚染のせいか、今まで頼りにしてきた加護による光が消える。しかしその残り香で、ヴィリロスの視界に映った者が居た。震えているのは、片足を切り落とされた少女。恐ろしさに敵味方の区別もつかず、こちらにも怯えた顔を向けていた。

 彼女には見覚えがあった。思い出すのは、比較的新しく出た捜索願いの届け出。まだ世間に出される前の、行方不明になった生娘だ。


 少女は逃げようと這うが、体中に絡んだ鎖が邪魔をしている。床に溜まった血のせいで、肘をすべらせた。その音にアダマスは我に帰り、逃れようとした線の細い背中を容赦なく踏みつける。激痛の呻き声は、喉に溜まっていた血のせいか鈍い咳き込みに消えた。

 赤が飛び散った足に、鋭い痛みが走った。反射的に退かして見れば、蜘蛛の糸の様なワイヤーが生き物の様にうねっている。ワイヤーは主人であるベリルの手元へ戻っていった。


「アダマス、足元に居るのは、3日前に新しく行方不明となった少女では?」


 部屋の暗さによって、コランの背後に居たヴィリロスに彼は気付かなかったようだ。面倒臭そうに顔を顰めたが、その口角はすぐに引き上がる。


「その通り。我が血肉となってもらっていたのだよ! 知っているか? 生娘の血肉は、不老不死の助けになるという伝承を」


 彼はこの5年、選んだ生娘に洗脳を施し、夜な夜な地下牢まで来させて監禁。そして時が経てば、この拷問部屋で捌いていたのだ。

 ルルは彼の言葉に納得していた。これまで感じていたブラックダイヤだけではない、人でありながら人にはない力の源を。汚れなき生娘の体は神に愛される。そのため、少女たちの血肉によって手に入れたとされる様々な力は、伝承として古から語り継がれていた。今その歴史は禁忌とされている。

 彼も人を超えたのだ。この、最も冒涜的なやり方で。


『鉱石病を、流行らせたのも、貴方だね』

「そうだ。オリクトの民の血肉を手に入れるためだ。お前が大人しくしてさえいれば、国民が鉱石病に苦しむ必要は無かった。悪足掻きしおって……材料は、大人しく人間を着飾る道具となればいいのだ」


 ここまで見られてしまえば、取り繕う必要も無くなったのだろう。本来ならば美しいと称されるアダマスの顔は、醜悪さに笑顔を歪めている。これまで作られていた優男の様な表情とは、まるで人格が違った。


「貴様っ」

「ヴィリロス、この者たちを捕らえろ!」


 言葉に応えるように、首を飾るブラックダイヤモンドが黒く瞬く。同時、ヴィリロスの脳は、奥で痛みにも錯覚する耳鳴りを響かせた。だが襲ってきたのはそれだけで、それらは衣服の中で揺れる『お守り』のぬくもりによって消える。

 ヴィリロスはアダマスへ歩み寄った。彼はすっかり洗脳に掛けられたと思っているらしい。そんな淡い期待に浮かぶ顔を、静かに見下ろした。


「今までそうやって、私を洗脳していたのか」


 瞬間、アダマスの漆黒の瞳はこぼれ落ちそうなほどまで見開かれ、飛ぶ様に退くと距離を取った。


『彼にはもう、力は通じないよ』

「また貴様の仕業か! 材料ごときで邪魔をしおって、ただでは済まさん……! だが時間は充分稼ぎ終えている。血は満ちた。泣いて喚いてももう遅い!」


 苦し紛れなはずの言葉は、何故かそうは聞こえない。国全体へ響きそうなほどの声が止んだ時、ルルは国石に妙な香りが混ざるのを嗅ぎ取った。それは以前鼻腔をくすぐった、血と国石が混ざり合う香り。

 本能的な行動だった。彼はそばに居たベリルとルービィの国石を、引ったくるように攫って捨てる。


『みんな、国石を捨てて』

「えっ?」


 戸惑いに遅れたコランの国石を、ヴィリロスが自分の物と共に投げ捨てる。


「無駄だ!」


 扉が乱暴に開かれる。侵入して来たのは、残りの五大柱と彼のの従者たち。全員の目はどことなく虚ろで、操られているのは分かった。

 各々手に持つ武器で5人に襲いかかった。刃を合わせていがみ合う中、ルルは1つの視線が妙な動きをしたのを感じた。それはアダマスのもの。捉えているのは自分ではない。それは、ベリルの隣に向いている。


『ルービィ!』

「娘を捕まえろ!」


 命令と共に、薄青い色をした手が伸ばされる。しかしそれによって敵への意識が疎かになった。隙を見た拳が、ルルの頭を床へ叩き伏せる。


「ルル……っ!」


 駆け寄ろうとした彼女を、主人の声にいち早く動いた2人の従者が拘束した。全員が、相手にしている敵を無視して彼らへ刃を向ける。


「動くな!」


 怒声にも似たアダマスの声で、部屋が静まり返った。腕の中でルービィが逃げ出そうと身じろいでいるが、びくともしない。

 アダマスは、痛みに耐えながら起き上がるルルを見下ろし、勝ち誇るような笑みを見せる。


「旅人、名を、ルルと言ったな。コロシアムに来い。ただし貴様1人でだ。それまで娘には手を出さないと約束しよう」


 今更信用する気はないが、おそらく本当に手を出す気は無いだろう。アダマスは今までの事を含めてルルに対し、憎悪を膨らませている。だからこそ、ただ殺すだけでは気が済まないのだ。


『分かった。コロシアムへの道を、案内して』


 しかしだからと言って、必要以上に動いて刺激してはいけない。ここは従うのが聡明だ。

 従者がルルを挟む形で、部屋から連れ出される。扉から出る時、悔しげな視線を背後から感じた。その中でも強い視線を向けるコランが握った拳から、一雫の血が滴る。


『……大丈夫。誰も、死なせないから』


 自分を理由に、誰かが死ぬ事は絶対に許さない。皆へそう囁き、ルルは拷問部屋をあとにした。


 連れて来られたのは、コロシアム内に設けられた選手控え室。室内にはルル1人だけ。扉がゆっくり開かれた瞬間、大勢の気配と声が手招きしてきた。

 戦場へ足を踏み入れると、興奮に溺れた歓声が湧き上がる。入場を出迎えたのはアダマスだけではなく、何百という席を埋めた国民たちだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ