第9話 憎悪の荒波
赤いエルフが津波のような勢いで兵士達に襲いかかる。
兵士達は慌てて魔術や弓で迎撃をするも、命中したところで意味はない。
エルフ達は衝撃で少し形が崩れるが、すぐさま元通りになるからだ。。
些かも速度を落とさずに突進を続ける。
形と魂を得たとはいえ、身体は粘液なのだ。
物理攻撃はおろか、魔術攻撃も効果が薄く、多少の反撃では損傷になり得ない。
今やエルフ達は私の能力の一部である。
常人に貫けるはずがなかった。
そうして赤い津波は、ついには軍隊の最前線に到達する。
呑まれた兵士達は足を滑らせて転倒するか、衝突の弾みで吹き飛ばされた。
そこに群がるのは憎悪に狂うエルフ達だ。
彼らは近くの武器を拾うと、躊躇いもなく兵士を殺害する。
武器のない者は兵士に圧し掛かって溺死させた。
歓声と怒声を交えながらひたすら暴力に徹している。
無事な兵士達は、戦線を下げながら撤退の準備に移っていた。
もはや自分達の手には負えないと判断したようだ。
少しでも犠牲を減らしながら生き残ることに方針を切り替えたらしい。
兵士達は仲間の死体で赤い津波を堰き止める。
魔術で足元を破壊して穴を作り、少しでもエルフ達の侵攻が遅くなるように工夫した。
さらには家屋を倒壊させて同様に進路を妨害する。
(対応が早いな。優れた指揮官がいるようだ)
私は城の跡地を歩きながら戦場を観察する。
今回の氾濫で殲滅できるかと思ったが、兵士達の撤退が想像以上に上手い。
このままだと逃がしてしまうだろう。
正直、それでも構わなかった。
私がエルフの女王と契約したのは、侵略に関わる三国の滅亡である。
この地における兵士の犠牲者は相当な数になっており、最初の反撃としては十分な成果だった。
さらなる犠牲は不要とも考えられる。
加えて兵士を逃がすことで、私の存在を周知させることができる。
復讐の悪魔に目を付けられたのだと知れば、執政者達は恐怖に慄くはずだ。
忍び寄る死の気配に怯えながら日々を過ごすことになる。
それも報復の一環になるだろう。
物理的な死だけは物足りない。
精神まで極限に追い詰めることで、復讐として成立するのだ。
(つくづく残酷だな)
私が他人事のように達観しながら思う。
この間も赤い津波は次々と兵士を呑み込んでいた。
断末魔もエルフの喜びに紛れて聞こえない。
命が次々と失われていく。
虐げられるばかりであった弱者が牙を得た瞬間だった。
悪魔に魂を売ったエルフ達はどこまでも残虐になれる。
この快感はもはや麻薬すら比較にならない。
ただひたすらに堕ちてゆくしかないのだった。