第89話 復讐の終着点
私は懐柔の悪魔の死を見届ける。
特に心の揺らぎはない。
今まで何度も悪魔の脱落を目にしてきた。
永劫を生きられる力を得ても、いつか精神に限界が訪れる。
そうして彼らは消滅して輪廻転生の輪に戻る。
失われた魂は修復と漂白されて、いつかまた常人と同じように生まれる。
その際は悪魔の記憶も残っていないだろう。
(私は生き続ける。悪魔をやめるつもりはない)
改めて決意して背後を振り返る。
半壊した謁見の間には、溢れ返るようにして無数の死体があった。
懐柔の悪魔に操られていた者達だ。
大半が帝都の住民で、そこに悪魔憑きや悪魔が混ざっている。
いずれも少年が一人で殺したのだ。
数に圧倒されてもおかしくなかったが、彼はやり遂げた。
何度も限界を超えながら乗り越えたのだろう。
そんな少年は、少し離れたところで剣を構えていた。
彼が対峙するのは皇帝だ。
"懐柔"が操った者のうち唯一の生き残りである。
他はすべて少年が殺した。
よほど強力な悪魔が憑いているのか、未だに生存していたらしい。
皮肉にも復讐相手を最後まで取っておくという結果になった。
少年はかなり消耗している。
粘液の鎧は、部分的に剥がれて維持できていない。
剣も欠けて本来の威力が発揮できない状態だ。
ここまで膨大な戦闘をこなしてきたのだから当然の結果だろう。
むしろ死なずに済んでいるのが奇跡である。
ひとえに彼の執念と言えよう。
それほどまでに復讐にこだわっている。
悪魔憑きの皇帝にはまだ余力があった。
虚ろな表情で、ほとんど無意識に戦ってきたようだ。
おそらくは内在する悪魔の戦闘本能が発露したのだろう。
それでも消耗した少年にとって十分すぎる脅威である。
皇帝は両手に魔力の刃を帯びている。
それを双剣のように扱うことで戦っていたのは知っている。
皇帝の精神性と馴染んでいるのか、平均的な悪魔憑きと比べて高い実力を持っていた。
両者を客観的に見た場合、有利なのは皇帝だろう。
(しかし、それでも手出しはできない)
私は一定の距離から動かずに傍観する。
その気になれば、皇帝など一瞬で始末できる。
兼ねる悪魔として能力を用いることで、ただの一つも反撃させずに完封が可能だろう。
だが、それではいけないのだ。
この復讐は少年のものである。
彼は私に助けを求めてこない。
つまり自分だけでやり遂げるつもりなのだ。
私はその意志を尊重したかった。




