第83話 真髄
「悪魔の力とは真実の積み重ねだ。契約を繰り返すことで深みを増す。他者を妬み、自己研鑽に励むようではまだ青い」
私はそう告げながら片手を"懐柔"に向けてかざす。
手から漆黒の炎が飛び出した。
噴き上がったそれを"懐柔"は躱す。
炎は生物のように蠢いて加速し、先端が竜の頭部を模した形状となった。
そして、彼女の腰に喰らい付く。
「うぐぃっ!?」
"懐柔"が奇妙な声を上げる。
彼女は手を焦がしながら炎の竜を引き剥がすと、膝蹴りで粉砕しようとした。
強烈な威力を秘めた蹴りはしかし、炎を霧散させるばかりで効果がない。
再び竜となった黒炎は、直下する軌道で"懐柔"へと襲いかかった。
「半端野郎が、舐めるなよッ!」
"懐柔"の咆哮が力を伴い、衝撃波となって炎の竜を粉砕した。
今度は形が戻ることなく散って消えてしまう。
能力を強く乗せることで相殺してきたのだ。
床を蹴って再び高度を上げた彼女は、乱れる呼吸を整えながら笑う。
「今のは"破滅"時代の能力だったよなぁ。懐かしいもんだ。漆黒の炎であんたは何度も世界を焼いてきた。何億もの人間が死んだよな」
「契約履行に力を尽くしたまでだ」
私は毅然と返しながら別の能力を発現する。
今度は城の壁や天井から無数の白い茨が生えてきた。
まるで陶器のような質感だが、本物の植物のように伸びて"懐柔"に絡み付こうとする。
「チッ、今度は"救済"か! もう捨てた名前なら能力を使うなよっ!」
「過去が現在を形成している。克服した名も私の一部だ」
茨は動き回る"懐柔"を捕えようと急成長していく。
彼女の身体を掠めるたびに力を吸収し、それを養分にさらに加速した。
懐柔の悪魔を枯らす勢いで室内を埋め尽くしていく。
(いずれの能力も私だ。すべてが繋がっている)
兼ねる悪魔は、克服してきた名に紐付けられた力を引き出すことができる。
私の場合は現在の"復讐"を含めた十種の能力を持っていた。
炎や茨も、かつて別の名で活動していた際に使っていたものだ。
現在の粘液に該当する力だった。
これまでも過去の名から抽出した能力を粘液に付与し、戦闘に役立ててきた。
しかしそれは、あくまでも性能を上げるだけだ。
兼ねる悪魔の本領とは程遠かった。
この局面で過去の能力を使い始めたのは、懐柔の実力を認めたからに他ならない。
ただの復讐の悪魔のままでは敵わないと悟ったのだ。
故に上限を解放し、いつぶりかも分からない本気を出そうとしている。




