第80話 奈落の天井
"懐柔"が起き上がり、少年の前に跳んだ。
ゆっくりと着地した彼女は語る。
「君は力を貰ったわけだが、それは復讐の悪魔としての部分を一割だ。あいつの能力の総量からすれば、ごく僅かに過ぎないのさ。どうだ、化け物すぎやしないか?」
「…………」
少年は沈黙する。
彼は真剣な顔で懐柔の悪魔を凝視していた。
まるで何かを見極めようとしているような目つきだ。
その内心を読み取ることはできない。
一体何を考えているのか。
そんな少年をよそに、懐柔の悪魔は流暢に話を続けた。
「様々な心を克服した先にいるのが兼ねる悪魔だ。欲望と契約に溺れる悪魔の本質とは相容れない存在ってわけだな。君が復讐の悪魔と呼ぶあいつは、あらゆる心を失った空っぽな奴なのさ」
「それがどうした」
「強がるなよ。事実を知って怖気づいたか?」
「お前こそ強がるな。ペナンスに勝てないくせに」
少年がぽつりと言った。
先ほどまで上機嫌だった懐柔の悪魔が固まる。
彼女は真顔で少年を見下ろすと、張り詰めた気迫を発しながら尋ねた。
「――今、何て言った?」
「お前は弱い。悪口ばかり言うだけで、ペナンスには絶対に勝てないんだァッ!」
少年は大声で断言する。
その瞬間、懐柔の悪魔が動いた。
彼女は強烈な膝蹴りを少年に打ち込もうとする。
私はそこに割り込み、両手を添えた鉈で蹴りを防御した。
衝撃が粘液の骨格を痺れさせるのを知覚しつつ、懐柔の悪魔を正面から見据える。
彼女は牙を剥きながら冷酷に宣言する。
「殺す」
「そうはいかない」
私は鉈を押し込むようにして振るった。
"懐柔"はひらりと躱して後退すると、空中を蹴って殴りかかってくる。
その一撃が私の頬を抉った。
肉が潰れて骨が割れ、首が悲鳴を上げながら裂けていく。
強烈な打撃を振り切った"懐柔"は笑って怒りながら言う。
「無感情に復讐を代行する気分はどうだ! それとも"殺戮"だった時代の影響で楽しんでいるのかい?」
「お前に話す義理はない」
頭部が爆散しながらも、私は反撃を強行する。
鉈の刃先が"懐柔"の太腿を切り裂いた。
彼女はよろめいて近衛騎士に激突する。
倒れた近衛騎士の胸部を踏み潰すと、悪態を吐きながら片手を掲げた。
「クソ野郎がよォ……真の混沌を見せてやる」
懐柔の悪魔が指を鳴らす。
刹那、室内の上下が反転した。




