第70話 蹂躙の波
城内には、人間の他にも悪魔の死体が散乱していた。
私達が来た時には既にこの状態だった。
氾濫したエルフの魂に負けたらしい。
彼らにすら勝てないとなると、悪魔の中でも力が弱い部類になる。
帝国に残る戦力も、かなり質が落ちてきたようだ。
所属していた数人の上位悪魔も、大半はどこかで離脱したのかもしれない。
(或いは皇帝が契約を破棄したのだろうか)
城内では生命の気配を感知しづらくなっている。
私は何もやっていないので、おそらくは向こうの悪魔が細工を施したのだろう。
そのせいで悪魔の正確な数が把握できなかった。
これも彼らの策略なのかもしれない。
何らかの手段で私達を始末する算段なのだろう。
だからと言って、行動を変えることはなかった。
私はそこまで器用ではない上、やれることは限られている。
微かに感じられる皇帝の気配を追って進み、その命を断つだけだ。
ちなみに逃亡の心配はない。
この城は封鎖済みだ。
外周部を粘液で固めており、誰も出入りできない。
たとえ悪魔の能力でも、私に感知されずに抜け出すのは不可能だろう。
加えて城内はエルフの魂が徘徊している。
彼らは兵士から奪った武器を手に獲物を求めていた。
さらに見える範囲の死体が痙攣してむくりと起き上がる。
死体は歓喜の声を上げながら駆け出すと、どこかへ走り去っていった。
あれは死体に粘液が馴染み、エルフの魂が入り込んで動かしているのだ。
擬似的なアンデッドに近い。
私は命令していないため、エルフの魂が本能的に理解して実行したのである。
肉の身体に憑いたのは、殺す感触を深く味わうためだろう。
死者の魂が復讐のために力を発展させるのは珍しくもないことだ。
魂は常に進化する。
たとえ肉体を失ったとしても、暴力を模索する。
それが生命の性であった。
醜い本性だが罪ではない。
誰しもが持ち得る感情であり、醜さも人間性の一部だった。
「どこもかしこも死に埋まっている……すごい場所だな」
隣を歩く少年が神妙に呟く。
彼は城内の感知に努めていた。
常人では認識できない量の情報を掴んでいるはずだ。
そして、復讐心に燃えるエルフ達が、今まさに報復活動を蔓延させているのも分かっているに違いない。
彼はそれについては言及しなかった。
触れるべきではないと考えているのかもしれない。
他ならぬ少年自身も復讐心を抱えてこの場にいる。
この国――ひいては皇帝に対する恨みを果たそうとしていた。
客観的に復讐を目にしたころで、その醜さを感じ取ったのかもしれない。
それでも少年は足を止めない。
半端な執念でないことは、私が吟味して確信していた。
少年は命に代えてでも皇帝を殺すだろう。




