第65話 契約破棄
私と少年は城の前に到着する。
そこには五人の悪魔が立っていた。
彼らは何もせず、ただそこでこちらを待っている。
少年は全身を鎧に包み、静かに剣を構えた。
研ぎ澄まされた精神は僅かな緩みも許さずに保たれている。
彼は小さい声で愚痴る。
「また殺し合いかよ……」
「いや、そうではないようだ」
私は訂正を挟む。
五人の悪魔に殺気は無かった。
攻撃の予兆はなく、戦うつもりがないのは明らかだった。
それを知りながらも私は形式的に尋ねる。
「私達を止める気か」
「いえ。我々の交わした護衛契約は破棄されました。あなたを妨害する義務はありません」
悪魔の一人が答えた。
顔は知らないが、内包した力から考えるに中位悪魔だろう。
他の四人も同格かそれに劣る程度だった。
彼らの力を感知しつつ、私は知るべき内容を訊く。
「契約破棄とはどういうことだ」
「皇帝は我々のやり方が気に食わなかったようです。あなたを殺し得る最大限の策を提案したつもりなのですが」
「……帝国全土の魂を生贄にした儀式魔術か」
「ご名答です。よく分かりましたね。最終手段だったのですが、断られてしまいまして」
それは悪魔の常套手段であった。
代償の大きさに伴って、それに見合う力を提供するのが契約の原則だ。
魔術に関しても同様の傾向にある。
上位悪魔は、基本的に格下が倒せる存在ではない。
弱点を突けない場合は尚更だ。
それでも倒さなければならない時、選択を迫られた悪魔は契約者に犠牲を要求する。
今回は帝国の民そのものであった。
大量の魂を糧に儀式魔術を発動し、私を死に至らしめようとしたのだ。
それを容認できなかった皇帝は、提案した悪魔を追放したのである。
(数万人の生贄ならまだしも、国内全土の魂が必要となれば、皇帝もさすがに認められまい)
私を殺せたとしても、民が死滅した時点で国は滅んだも同然だ。
だから契約破棄に踏み切ったのである。
私は城内を感知し、幾重もの結界を無視して内情を改めて把握する。
「まだ皇帝に従う悪魔がいるようだな」
「あなたに恨みを持つ者や、成り上がりを目論む者です。生贄を要求せず、自力で戦うと表明したので契約を破棄されなかったのです」
つまり城内の悪魔は厄介者ばかりということだ。
彼らは契約内容を重視せず、私情を以て私の殺害を狙っている。
そういった悪魔は、手段を選ばずに暴走することが多い。
戦闘面で後れを取ることはないものの、彼らの動向には注意した方がよさそうだ。




