第64話 正しさ
少年の放った一撃が"失墜"の命を絶った。
驚愕に染まる"失墜"の表情が泥のように崩れて、首から胴体へと伝播する。
すぐに全身が溶けて液状化した。
失墜の悪魔の痕跡は、血だまりのみとなる。
それも少年の持つ粘液の剣に取り込まれて消えた。
微かな力の残滓が彼の鎧へと還元される。
少年は小さく息を吐いて呟く。
「意外と弱かったな……」
「それだけ相性が良かったということだ。他の悪魔だとこうはいかない」
今回の結果は、幸運による圧勝を否めないものだった。
悪魔の戦いにおいて、相性の比重はかなり大きい。
そこだけで事実上の勝敗が決してしまうことも珍しくなかった。
失墜の悪魔は、たまたま少年の倒しやすい相手だった。
たとえば快楽の悪魔なら、対人間においてほぼ無敵である。
勝敗の結果は正反対になっていただろう。
彼女を殺せる人間などこの世に存在しない。
仮にいるとすれば、その人物は人間という種族を逸脱している。
たとえ強くなった少年でも"快楽"が相手ならば一蹴されていたはずだ。
快楽という根源的な感情には誰も逆らえないのである。
少年は周囲を見渡すと、増援の悪魔が来ないことを確かめた。
帝都に属する勢力の報復を警戒しているのだろう。
何もないことを確信した彼は訝しむ。
「失墜の悪魔は囮だったのか?」
「結果だけ見ればそうだが、実際は独断で仕掛けてきただけだろう。彼は私に執着しているようだった」
「ペナンスは色んな悪魔に恨まれているんだな」
「それだけのことをしている。私の主義は時代錯誤なのだ」
やや自虐気味に述べると、少年が肩を叩いてきた。
彼は不敵な笑みを湛えながら励ましてくる。
「他の奴らには好きに言わせておけよ。ペナンスは自分の信じる道を進めばいい」
「どうしてそう思うんだ」
「世の中、強い奴の言い分が通るだろ? つまり何をしてもペナンスが正しくなるってことさ!」
少年は目を輝かせて主張する。
彼の純粋な言葉が胸に響く。
その姿は、記憶を保持して転生する悪魔が持ち得ない力を持っていた。
(強さこそが正しさ、か)
胸中にて反芻した後、私はその感想を口にする。
「傍若無人な考え方だな。まるで悪魔のようだ」
「その悪魔から力を貰ったからな! もう半分以上は人間じゃないぜ」
少年は勝ち誇ったように反論する。
契約の代償で迫る死をものともせず、少年は生き生きと笑うのであった。




