第63話 計算外
勝敗はもはや明白だった。
失墜の悪魔は私への対策を徹底していたが、少年のことを考えていなかった。
元より敵として勘定していなかっただろう。
そこが最大の敗因であると言える。
慢心は悪魔にとって永久の欠点だった。
その恒例から抜け出せず、彼は覆せない劣勢を強いられている。
不快そうな"失墜"は、雷撃の連発で距離を稼ぎながら愚痴る。
「どうして、君がそこまで力を出せるんです? 他の悪魔と契約でもしましたかね」
「してねぇよ。俺に力をくれたのはペナンスだけだ!」
少年は無数の雷撃を斬り伏せて吸収しながら応じた。
力強い刺突が"失墜"の腹を貫いて、彼をよろめかせる。
失墜の悪魔は、魔術で少年を吹き飛ばしながら後退した。
押さえた腹から臓腑が覗いている。
激しく動くたびに傷口から出血した。
痛みも相当なものだろう。
彼は目に見えて弱っている。
蓄積した傷は甚大だ。
いつ死んでもおかしくない。
魂が特別に頑丈な"失墜"だからこそ、まだ生きているのだった。
用心深い彼のことだ。
まだいくつかの切り札を残している予感がするが、逆転できるほどではない。
この段階でそれらを使わないということは、少年に通用しないと確信しているのだ。
無駄な消耗を避けようと行動しているのが丸分かりである。
名の弱点を突かれた状態では、小手先の策など無意味なのだ。
能力が劇的に低下して逃げることもままならず、彼は進退に窮している。
ここまで圧倒しながらも、少年は一切の油断をしていなかった。
双方の能力を正確に把握して、隙を見せずに立ち回っている。
それでいて大胆だ。
攻めるべき瞬間を逃さずに追撃を加えている。
(優勢のようだが援護しておくか)
私は両者の戦いを眺めながら決断する。
このまま介入せずとも少年が勝ちそうだが、無駄に長引かせることもない。
他の悪魔が襲来する可能性もあった。
今のところは城に控えているものの、隙を晒せば特殊能力による遠隔攻撃が飛んでくるだろう。
役目を終えた"失墜"には退場してもらおうと思う。
私は粘液を放出して"失墜"の足下を侵蝕した。
表面が蠢き、エルフ達の手が"失墜"を掴んで動きを妨害する。
突然の援護に足を滑らせた彼は尻餅をつく。
そこに少年が大上段から振り下ろしを炸裂させる。
硬質な粘液の刃が、失墜の悪魔の顔面を叩き割った。