第60話 盲点
私は猛速で殴打を繰り返す。
既に潰れ果てた"失墜"は、攻撃のたびに弾けるばかりだった。
再生力を超える速度で破壊しているため、身動きが取れないのである。
それでも私は手を止めない。
過剰な対応に見えるかもしれないが、彼はまだ死んでいない。
この程度で死ぬのなら、私がとっくに消滅させている。
故に追撃を止めるわけにはいかなかった。
(このまま行動不能になるまで痛めつけたいものだが……)
その考えを否定するように、頭上から特大の落雷が降ってきた。
落雷は私に直撃して爆発する。
身体が弾き飛ばされて勢いよく転がった。
全身の血が蒸発して肉が炭化してしまったが、やはり行動には問題ない。
粘液の骨格を利用して立ち上がる。
落雷で抉れた大地から、無傷の"失墜"が現れた。
丁寧にも衣服まで修繕されている。
凄まじい再生力だ。
中位悪魔どころか、上位悪魔と比べても別格である。
(しかし、攻撃を完璧に無効化されているわけではない。必ず弱点は存在する)
一見すると無敵のようだが、そのような悪魔は何度も目にしてきた。
そして彼らは長くは持たずに死滅する。
抱く驕りが油断に繋がり、自らの綻びとなるのだ。
己の本分を忘れた悪魔を抹殺することも、私の役割の一つであった。
失墜の悪魔は両手に氷の剣を生成し、それらを回転させながら発言する。
「あなたはもう時代遅れなんですよ。高い代償で搾取する悪魔なんて不要です。もっと気軽に契約できた方が人間も助かると思いません?」
「悪魔の力は、世界に大きな影響を及ぼす。軽々しく行使できるものであってはいけない」
「その思想が迷惑なんですよねぇ。他の悪魔も煙たがっていますよきっと」
失墜の悪魔は肩をすくめて嘲笑する。
私に対する嫌悪感が見え隠れしていた。
その風潮については私も気付いている。
悪魔達は自らの力を振るう機会に飢えていた。
昔のように重い代償を要求せず、気軽に力を貸す者が増えていた。
私のような主義は露骨に嫌われている。
「あなたは絶大な能力を持っていますが、決して倒せない存在ではない。無敵の悪魔なんていませんからね。そうでしょう?」
「…………」
「途方もない時間を生きて、精神的に摩耗しているでしょうから、そろそろ次の世代に席を譲りましょうよ。あなたより優れた"復讐"が現れるかもしれませんし」
軽薄に笑う"失墜"が剣を構えた。
そして一歩踏み出す。
「さあ、大人しく――」
発言を遮るようにして、彼の胸から粘液の刃が飛び出した。
それが変形して縄となって"失墜"を縛り付けていく。
背後から刺した少年は、殺意を発露させて告げる。
「ペナンスを、傷付けるな。死ぬのはお前だ」




