第58話 失墜の悪魔
天候が狂い始めているのは"失墜"の力の影響だろう。
彼は環境を軸にした術を多用する。
悪魔の使う能力の中でも無難な部類だが、特に"失墜"は精度が高い。
名の支配は克服はしていないものの、実力は一級品であった。
(だいぶ昂ぶっているようだ)
私は失墜の悪魔を観察しながら思う。
一方で少年は、驚きと困惑を覚えていた。
「不死身ってことは、ペナンスでも勝てないのか!?」
「違いますよ。殺せないだけで、我々の地力には雲泥の差がありますから。君の隣にいるのは世界最悪の怪物――悪魔の中でも異端中の異端なのです。そんな彼でも僕は殺せませんが」
失墜の悪魔は流暢に語る。
その顔は余裕の笑みを浮かべていた。
私を怪物扱いする割には微塵も怯えが見られなかった。
(よほど自信があるらしいな)
でなければ堂々と現れることもないだろう。
私は彼の誇る不死身について、少年に説明する。
「今代の"失墜"は転生の周期が極端に早く、魂の修復力も高い。ここで私が殺しても、すぐに近くで蘇ることができる」
「殺しても死なないってことか……」
「その通り。だから不死身と呼ばれているのですよ」
"失墜"は悠々と述べる。
彼は他の悪魔からも嫌われている。
そのため何度となく消滅を狙った強襲を受けているが、いずれも失敗していた。
魂が頑丈すぎる"失墜"はすぐに復活して報復に移ることができるのだ。
私は粘液の鉈を生み出しながら告げる。
「お前とは何度も戦って対処法を心得ている。再生力を削いで半殺しにするか、魂の修復が追い付かない速度で破壊し続ければいい。消滅はさせられないにしても、契約履行までは無力化できる」
「そう簡単にいくと思いますか?」
「どうも思わない。たとえ不利でも押し通すまでだ」
構えを取った私は、小声で少年に指示をする。
「援護に回ってくれ。奴の注意は私が引きつける」
「分かった」
頷く少年を見ると同時に私は動き出した。
粘液の濁流を発して"失墜"を呑み込みにかかる。
エルフの怨念が練り込まれた濁流は、怨嗟の声を上げながら大地を蹂躙していく。
その先に立つ"失墜"は、軽々と跳躍して上空に逃れた。
彼は空中を歩きながら濁流を俯瞰する。
「怨念を溜め込んだ粘液の操作……相変わらず悪趣味ですねぇ」
「私にはこれしかない」
そう返した私は、跳び上がって鉈で斬りかかった。
往復させた刃が"失墜"の首と腹を薙ぐ。
しかし傷は瞬時に塞がった。
魂の修復速度を肉体にも共有させているのだ。
斬られた箇所を撫でた"失墜"は、感心した顔で呟く。
「おっ、速くなってますね」
「復讐には力が必要だ」
「あなたの場合は過剰でしょうに」
嘲笑する"失墜"が小さく指を振る。
刹那、降り注ぐ稲妻が私の身体を連続で打った。




