第57話 不死身の男
失墜の悪魔は私から視線をずらすと、今度は少年に目を付けた。
彼は値踏みするような調子で話しかける。
「どうも。悪魔の力を手に入れた気分はどうです?」
「最高だよ。これで復讐ができる」
「なるほどなるほど。あなたが認めるのも納得の精神性ですね。環境に恵まれれば、さぞ大成したのではないでしょうか。まあ、既に寿命が僅かのようですが」
失墜の悪魔は嫌味を隠さずに言う。
しかし少年の顔色に変化はない。
覚悟をした者の表情だ。
少々の揺さぶりに引っかかるほど弱くはないのである。
それを察した失墜の悪魔は露骨に顔を歪めた。
私は追い打ちをかけるように告げる。
「彼は代償を受け入れている」
「口ではどうとでも言えるものですよ。一時の感情に流された人間ほど愚かしい存在はいませんから」
失墜の悪魔は、軽蔑の念を滲ませながら語った。
やさぐれ気味の態度には、少なからず本心が見え隠れしている。
悪魔は人間の醜い部分を目にして生きている。
故に弱く下等な生物として見下すことが多かった。
元を辿れば悪魔も人間の人格が宿った存在なのだが、その事実は不思議と無視されている。
嘲るように声を上げる"失墜"に対し、少年が粘液の剣を向けた。
少年は敵意を隠すことなく発言する。
「おい」
「何でしょう?」
「お前こそ口しか動かせねぇのかよ」
それは宣戦布告に等しき言葉だった。
口を開けて呆けていた失墜の悪魔は、我に返った途端に笑う。
「……くくっ、育ちが悪いお坊ちゃんですねぇ。これは躾が必要なようで」
失墜の悪魔は濃密な殺気を放出する。
それは周囲が淀むほどの圧を形成していた。
些細な視線の動きが大地を割り、晴天だった空が曇り始める。
すぐに頭上から雨が降ってきた。
少年の挑発がよほど効いたらしい。
馬鹿にされたことが許せないようであった。
一連の超常現象を前に、私は少年に忠告する。
「気を付けろ。"失墜"は中位悪魔だが、純粋な実力は上位にも匹敵する。何より唯一無二の特徴がある」
「特徴?」
「失墜の悪魔は不死身だ。私にも殺すことができない」
私がそう言うと、当の"失墜"はさぞ嬉しそうに口端を吊り上げた。
そしてこれ見よがしに拍手をする。
乾いた音は一定の間隔で鳴らされた。
歯ぎしりしながら笑う失墜の悪魔は、狂気と怒りと喜びに溢れた表情になっていた。