第52話 調停失敗
鮮血が噴き上がって地面を濡らした。
調停の悪魔は苦痛にも表情を変えず、ただ真っ直ぐと私達を見つめる。
その眼差しは、真の中立を主張していた。
如何なる私情も持たない彼女は、掠れた小声で最後の言葉を述べる。
「調停は、失敗しました。皆様の、健闘を祈り……ます」
そこで身体が倒れ、彼女はうつ伏せになって動かなくなる。
首筋の傷から流れ出す血が大地を染め上げていった。
警戒していた少年は愕然とする。
しばらく口の開閉を繰り返し、やがて膝をついて調停の悪魔に見た。
「な、なんでこいつは……」
「争いを止められなかった時、調停の悪魔は自害する。魂も消滅して人格も漂白される。そうして残された記録を次代の"調停"が回収するのだ」
調停な悪魔は特殊だ。
自らの役目を果たせないと命を絶つ。
魂ごと破壊して、次の"調停"にすべてを託すのだ。
ただの一度の失敗すら認めないその潔癖的な信念こそが、調停の悪魔となるための条件なのだろう。
古よりこの法則に従って"調停"は行動してきた。
少年は私の説明を反芻し、困惑と疑問の混ざった横顔で呟く。
「こんな悪魔もいるんだな。死ぬのが怖くないのか」
「躊躇するような魂は"調停"に選ばれない」
「じゃあペナンスも復讐の悪魔に相応しいから選ばれたってことか」
「……それは分からない」
若干の間を置いて答える。
もし私が復讐の悪魔として相応しければ、名の克服などしないはずだ。
克服とはすなわち、逸脱や放棄に近い。
言うなれば邪道なのだ。
悪魔の本質的な在り方を考えた場合、名を支配するのが順当であろう。
私のような立ち位置は、定義を根幹から揺るがしている。
相応しいか否かで自問するのなら、否と答えざるを得なかった。
少年の素朴な言葉に断言できなかったのは、ひとえに心の揺らぎのせいだ。
それでも私は、太古よりこの名を冠してきた。
今後も誰かに譲るつもりはない。
「行くぞ。もうすぐ帝都に着く。復讐を果たす時だ」
私は少年を促すと、調停の悪魔のそばを抜けて歩き出す。
少年も遅れて付いてきた。
(適性なんてどうでもいいのだ)
大切なのは事実だけである。
私は復讐の悪魔で、エルフと交わした契約を果たさねばならない。
それだけ分かれば十分なのだ。
他に余計な思考を挟むことはない。
無欠の機械を演じて回り続ければいい。




