第50話 調停の悪魔
躊躇わずに即答すると、調停の悪魔は表情を変えずに確認する。
「どうしても止めてくださりませんか」
「ああ、私は契約を完遂する」
「調停の悪魔の提案で契約を放棄した場合、力の低下は発生しません。それでも復讐を続けますか」
「当然だ。私は私自身の意志に基づいて行動している。誰に何と言われようと放棄はしない」
途中で投げ出すような契約なら、最初から請け負うことはない。
私は契約相手に多大な代償を要求している。
彼らの覚悟を試してその心意気を認めた以上、こちらだけが無責任な真似はできなかった。
たとえ調停の悪魔の提案だろうと関係ない。
その上で私は彼女に尋ねる。
「歴代の"調停"と私の接触記録を調べたか」
「はい。ペナンス様は八億七千五百九十二万四千八百二十三回の調停提案を拒んでいます。提案前に我々が殺害されたり、復讐が完遂された場合を含めますと倍以上の回数となります。そのうちあなたが調停に従ったことは一度もありません」
調停の悪魔は流暢に答えを述べる。
そこに感情は含まれていない。
彼女は淡々と事実を述べただけといった具合である。
特殊な立ち位置にある調停の悪魔は、自らの記憶を物質化して記録として保管する。
それを次の代の"調停"に引き渡すのだ。
これによって別人格でありながら歴代の記憶を保持していた。
現在の"調停"にもそれは継承されているようだ。
一方、少年が驚きと呆れの混ざった顔で私を見てきた。
「八億って……ペナンス、そんなに断ってるのかよ」
「大半が命乞いだ。死の恐怖に耐え切れず、己の所業を棚に上げて助かろうとした」
形ばかりの懺悔に意味などない。
彼らは手遅れになってから謝るが、命が惜しいのなら、最初から暴虐な振る舞いをしなければいい。
人間とは本質的に欲深く愚かしい。
いつの時代でも同じ過ちを繰り返すのだ。
「王国に調停契約を持ちかけたということは、戦力的に私が有利と判断したのだな」
「はい。王国側には"暗殺"や"庇護"を筆頭に、多数の悪魔が属しています。しかし、あなたを食い止められる者はいないでしょう」
調停の悪魔は、不利と思われる陣営に現れる。
先んじてこちらに接触してきた場合は、私が復讐相手の戦力に劣っていると判断した時だ。
もっとも、最近ではそういった事態もまずない。
調停の悪魔が介入する時は、今回のように復讐相手に契約を持ちかけるのが恒例となっていた。
「王国ほどの規模なら、無所属の悪魔を追加戦力として囲い込めるのではないか」
「それも滞っているようです。帝国や連邦と競合しているのもありますが、何より悪魔側がこれを拒んでいます」
堅実な思考を持つ悪魔ならば、私とは敵対したくない。
殺されるだけならまだいいものの、こちらの判断一つで消滅させられる恐れが生じるためだ。
既に数々の犠牲が出ている以上、不利な王国の味方となる悪魔は少数派だろう。




