第5話 王権崩壊
私は城内を駆け回っていた。
前方の兵士達が迎撃の術を放ち始める。
火球や雷撃、風の刃が乱れ飛ぶ。
私は床を蹴って加速する。
重力を無視して壁を駆けて、魔術の間を縫い進んでいった。
時には鉈で切断する。
どれだけ強力な魔術だろうと関係ない。
悪魔と人間には根本的な力の差があった。
この程度の攻撃で傷付くはずがない。
私は目視不可能な速度で兵士達の只中に突進する。
赤い鉈を一閃して着地し、そこで動きを緩めた。
鉈に付着した血を振り払うと、固まった兵士達の間を歩いていく。
奇妙な静寂が訪れた。
刹那、兵士達の鎧が解体された。
衣服が裂けて散り散りとなり、皮膚の切れ目が入ってめくれ上がる。
さらに脂肪や筋線維が割れて鮮血が迸った。
ついには関節を断たれた骨格が崩れる。
兵士達は均一の大きさでばらばらになった。
「あっけないな」
私は血だまりを踏みながら呟く。
体内に蓄えたエルフの魂が歓喜していた。
それに伴って底無しの憎悪が沸き上がってくる。
これでもまだまだ足りないらしい。
エルフ達は凄惨な復讐を望んでいる。
別にその要望を叶える義理はない。
侵略に関わる三国を滅ぼせばいいだけなのだから。
過程である兵士の殺し方は関係ない。
それでも私はエルフ達の望みには沿う主義だった。
だから様々な方法で兵士を殺している。
工夫した甲斐もあって反応は上々である。
私は復讐の悪魔だ。
力の代行者で、無念を抱いて死んだ者達の希望である。
基本的には何もかもが手遅れの状態で契約する。
私にできるのは、被害者の心が晴れるように殺戮するのみだった。
悪意を悪意で塗り潰す。
それが私の存在意義なのだ。
「誰も救われないのだろうな」
真顔でぼやいてみるが、いつものことなのだ。
復讐の契約は往々にしてそうあるべきだと思っている。
どれだけの理屈や感情論で隠しても、これは決して善行ではない。
人間を抹殺することが善いはずがないのだ。
それを承知で私は復讐の代行者に徹している。
「そろそろ次に向かうか」
赤い鉈に注目する。
艶の無い刃が切っ先から溶けて、一本の糸になり始めた。
束になって足元に積み重なっていく。
鉈はあっという間に糸束に変わった。
残る柄を握る私はそれを素早く振るう。
引かれた糸が縦横無尽に跳ねる。
手を止めて少し待つと、地鳴りのような音が聞こえてきた。
床が壁が天井が斜めにずれていく。
極細の糸になった刃が、城そのものを切断したのだ。
美しきエルフの城は、轟音を立てて崩れ始めた。