第49話 王国の選択
それから二日が経過した。
警戒する街のそばを通ったところで、彼方から人影が歩いてくる。
少年はすぐさま警戒する。
目は見えなくなったが、知覚能力は大幅に向上していた。
距離があっても相手の気配を察知できたようだ。
「誰か来るぞ」
「敵意はない。ここは私に任せてくれ」
「……大丈夫なのか?」
「問題ない」
話している間に人影は近くまで来た。
静かに歩いてくるのは、灰色の制服を纏う糸目の女性だ。
武装はしておらず、穏やかな微笑を浮かべている。
彼女は私達の前で足を止めて一礼した。
「復讐の悪魔ペナンス様ですね」
「そうだ。お前は調停の悪魔だな」
「よくご存じで」
「顕現中の悪魔は把握するようにしている」
調停の悪魔は特殊な存在だ。
核となる人格がよほど厳選されているのか、どの時代でも上位悪魔となっている。
そして名を支配した者として行動するのだ。
調停の悪魔の行動原理は単純だった。
中立的な立場から争いを止めることに尽きる。
暴力は伴わず、話し合いでの解決を試みる。
過去に調停の悪魔とは何度も遭遇していた。
頻繁に消滅しているが、そのたびに新たな人格を得て活動を再開している。
どの人格になってもやることは同じである。
ただ争いを止めるためだけに存在しているかのようだった。
こうして現れたのも、私の殺戮を止めるためだろう。
契約の都合上、大規模な復讐の際にはよく出会うので分かっていた。
そしてここからの展開も知っている。
「どこの国から派遣されたんだ」
「王国です。降伏を表明するので報復を中断してほしいとの伝言を預かっています」
「私はまだ王国に侵攻していないが」
「王はいずれ自分の番だと確信しているようです」
王国はこちらの行動をよく分かっている。
おそらくは専属の悪魔が忠告してのではないか。
悪魔の中で"復讐"の名を知らない者はいない。
語る際の口ぶりは様々だが、大抵は嫌悪感を覚えていると思われる。
私の行動指針も読みやすい。
ただ復讐を代行するだけだからだ。
帝国に攻め込んでいるのは周知の事実であり、戦争に加担していた王国が警戒するのも当然のことだった。
(そして、勝てないと悟って降参したのか)
背景の事情を察した私は、その上で調停の悪魔に断言する。
「私は復讐を止めない。それがエルフ族の総意だ」