第43話 禁忌の行為
蠢く粘液が少年の肉体を侵蝕していく。
少年は声にならない悲鳴を上げながらのたうち回った。
あれは途方もない苦痛を伴う状態だ。
人間の許容できない感覚を味わうことになるため、発狂したとしてもおかしくない。
しかし、他でもない少年が契約を覚悟したのだ。
途中で止めるわけもなく、骨の髄まで蝕まれてもらうしかない。
やがて一線を越えた時、唐突に少年が静かになった。
ゆっくりと立ち上がった彼は、全身に粘液がへばり付かせている。
粘液は流動し、鎧のような形状を取っていた。
隙間から覗く双眸は、血走りながらも冷め切っている。
(無事に定着したか。よく耐え切れたものだ)
私は少年の精神力に感心する。
粘液は濃密な憎悪そのもので、呑まれれば自我が崩壊ほど危険もあった。
彼は紙一重で制御に成功できたらしい。
あの眼差しが何よりも物語っている。
苦悶の果てに、悪魔の力を憑依させたのだ。
一方で使役の悪魔は、動揺した様子で発言する。
「おい……どういうことだ。あのガキはあんたと契約したのか」
「やり取りを見ていただろう。私と彼は契約を交わした」
「ふざけたことを言うのも大概にしろよ! あんたはエルフと契約済みだ。二重契約はどんな悪魔にもできない。名を騙るのと同列の禁忌だッ!」
使役の悪魔が怒鳴った。
焦りと苛立ちが混在した様子で、先ほどまでの態度は消え去っている。
よほど余裕がないのだろう。
それだけ彼にとっては衝撃的な出来事なのだ。
「契約の形を取らずに人間を助けるのは可能だが、悪魔の間では不正行為とされている。あんたは生真面目な上に私情で動く性質じゃないから、この線も違うのだろう」
「だから正式に契約したと言っている。別に何らおかしなことではない」
「二重契約が一番おかしいだろうがッ! あんたは絶対の法則を破りやがったんだ!」
使役の悪魔は神経質に怒鳴り続ける。
よほど認めがたいらしい。
しかし、現実として起きているのだから、否定するのは無粋であろう。
何事にも例外はつきものだ。
使役の悪魔はそれを理解しなければならない。
「あのガキに力を渡したんだな。粘液を操ってやがる」
「復讐の悪魔の能力を一割。それが譲渡した分だ。彼が死ねば私に返還される」
「対価は何だよ」
「少年の視覚と味覚、それと寿命の九割だ」
「破格の条件だな。たったそれだけであんたの力を貰えるのなら、俺だって生贄を差し出すぜ?」
「私は少年の覚悟を買った。同一の条件を受けるつもりはない」
使役の悪魔の精一杯の嫌味に、私は淡々と返すのだった。




