第31話 素朴な疑問
私は街道に沿って黙々と歩く。
少年は若干の疲労を見せながらも後ろに付き従っていた。
別にここで加速して置き去りにすることもできる。
しかし、それを実行するつもりはない。
私は彼の末路に興味を持っていた。
無力な少年がどういった道を進んでいくのか純粋に気になったのだ。
これも復讐の悪魔の性なのかもしれない。
そうして日が暮れ始めた頃、私は街道の脇で足を止めて少年に尋ねる。
「本当に帝都まで付いてくるつもりか」
「当たり前だ。俺は皇帝とお前を殺すと決めたんだ!」
「帝国の次は王国と連邦も残っている。殺されている暇はない」
私が平然と答えると、少年はぎょっとした。
彼は顔を引き攣らせながら確認する。
「大陸の三強国を滅ぼすのか……?」
「エルフの女王とそのような契約を交わした。彼女が代償を払った以上、全力で遂行するのが私の責務だ」
悪魔の契約は破棄できない。
それをしたのがどちらであろうと死を以て償うことになる。
契約内容を誤魔化すことでこの境界線を曖昧にする悪魔がいるが、そういったことする者は強くなれない。
大抵は中位で足踏みすることになり、いずれ他の悪魔に殺される。
私の場合、意図的に復讐の基準を明確にしていないのは、依頼者の暴走を防ぐためだ。
過度な暴力を望まれてそれを実行すると、双方にとって損益でしかない。
それは復讐ではなくなる。
線引きを曖昧にするのは、契約を破らずに進めるために考えた妥協案だった。
暫し無言になった少年はふと疑問を呈する。
「どうしてエルフは三強国を憎んでいるんだ?」
「なぜだと思う」
私は訊き返す。
少年の年齢ならば、エルフが奴隷種族なのは常識のはずだ。
その経緯も知らないのではないか。
だからこそ、彼なりの答えを聞いてみたかった。
問い返された少年は真剣に考え込む。
難しそうに唸るその横顔は、物事の真実を掴もうと懸命に頭を働かせていた。
少ない情報に推測を重ねて答えを探し求めている。
やがて少年の意識は、疑問の海から浮上してきた。
彼は何かに気付いた表情で呟く。
「……今の扱いが不満だったのか」
「復讐の悪魔と契約したことで、エルフという種族は残らず命を落とした。一矢報いるため、欠片の未来も捨て去ったのだ」
「俺と、同じだ。恨みを我慢できなかったのか」
「辛抱できるほどの想いなら、そもそも私が契約を持ちかけることはない」
復讐の悪魔は、滅多に契約を交わさないことで有名だ。
それは私が軽い気持ちで復讐を代行すべきではないという主義だからである。
故に私が動く時、他の悪魔は反応する。
それが殺戮の始まりだと知っているからだった。