第30話 同行者
私は粘液を体内に戻す。
解放された少年は地面に倒れて激しく咳き込んだ。
窒息死寸前だったはずだ。
それでも双眸はこちらを睨んでいる。
恐ろしさよりも憎しみが上回っているらしい。
私は感情を込めずに告げる。
「実力の差は分かったか。命を無駄にするな」
そうして踵を返そうとしたところ、少年が果物ナイフを持って再び突進してきた。
私は右の残腕で刃を受け止める。
刺突は体内に潜り込んで骨に当たった。
抉れた部分から血が流れ出す。
私は表情を変えずに少年を見下ろす。
少年は呆然としながら後ずさった。
その手は果物ナイフを離していた。
「ど、どうして殺さないんだ。俺なんて殺す価値がないのかっ!?」
「否定はしない」
私は答えながら果物ナイフを引き抜いた。
それを放り投げて少年の前に落とす。
果物ナイフを拾った少年は、険しい顔をしながら私に問いかける。
「お前、復讐のために街を壊したと言ったな。誰に復讐をするんだ」
「この国の頂点に君臨する者――つまり皇帝だろう」
「じゃあ俺も同行させてくれ。皇帝を殺したい」
「国に恨みがあるのか」
「ああ。兵役で父ちゃんを奪われて、母ちゃんは貴族に殺された。妹は病で死んで俺一人になった。街の皆は好きだけど、この国は最低だ!」
少年は目に涙を滲ませながら主張する。
なかなか悲劇に見舞われているが、この世界では決して珍しくないことだ。
幸福のみに浸って生きられるほど甘くない。
少年は服の袖で乱暴に涙を拭うと、私を指差しながら宣言する。
「お前に付いていって、皇帝が死ぬ瞬間を見届ける。そしたら次にお前を殺す」
「私を殺すのは難しいと思うが」
「そんなこと知るか! どうせ失うものなんてないんだ。堂々とやらないと気が済まないんだよッ!」
少年は叫ぶ。
私は無言で歩み寄ると、その顔を注視した。
(復讐者の目だ)
己の弱さを知って力に飢える者は、共通してこのような目をしている。
少年には復讐するだけの素質があった。
少なくとも精神力は十分と言えよう。
絶対に敵わない相手であろうと挑める気概がある。
それは自殺にも等しい蛮勇だが、復讐を司る私にとっては特筆して評価するべき点だった。
暫し考え込んだ後、私は少年に告げる。
「勝手にするといい。私は止めない」
そのまま返事を聞かずに歩き出す。
やがて後ろから足音が聞こえてきた。
少年は覚悟を決めた。
まだ若く力も持たない彼は、血みどろの復讐の道を選んだのだった。




